第7話 第一章 完 旅立ち

 ロイド兄さんの帰還から、一夜明けた。

 だが相変わらず、兄さんは塞ぎ込んだままである。食事もノドを通らないようで、人間不信に陥っている。

 一番上の兄さんが見てくれているが、特に反応はなし。回復の兆候も、見られなかった。


 長男の子どもたちも、ロイド兄さんには近づこうとしない。


 やはり、ボーゲンさんにカウンセリングを任せるしかなさそうだ。



 出発の前に、ボクとボーゲンさんはソーニャ姫のご家族へあいさつに向かう。

 街とハリョール村とは、同じ領地内だ。とはいえ、遠出になる。正式な冒険者になったら、家族とはもう会えないかも知れない。ボクの兄みたいに、廃人化することもあるだろう。


 メイドさんに案内してもらって、客間に通された。


 食べたこともないお菓子が、ズラッと並んでいる。


 慣れた手つきで、ソーニャ姫は紅茶とともにバクパクとクッキーを食べていく。


「これはこれは、ボーゲン殿。ヒューゴくん」

 

「お世話になっています。伯爵様」


 ボクは立ち上がって、あいさつをした。


「ああ、ヒューゴくん。いつもソフィーアが世話になっているね」


 伯爵様は、ここの領主である。だからといって、威張ったりなんてしない。平民のボクにも、低姿勢で接してくれる。


ちなみに「ソーニャ」というのは、姫が外へ出るとき用の偽名だ。ただしくはソフィーア様と呼ばれている。

 

「ソフィーアったら、家に帰る度にヒューゴさんのお話ばかりなさるのよ。『また喧嘩に負けた!』ですとか、『釣り対決では勝った!』ですとか。それはもう、楽しげで」


「もう、お義母さま!」


 伯爵様の第一夫人にからかわれて、ソーニャ姫様がむくれた。だが、目を拭う義母様を抱きしめる。

 

 姫の実のお母さんは、姫様を産んですぐに亡くなった。

 だけど第一夫人は、本当の親のように姫と接しているようである。


「ごめんなさいね。こんなに笑った娘を、初めて見たものだから」


「いえ」


「あなたがボーゲン氏と娘を引き合わせてくださったおかげで、この子はかんしゃくを起こさなくなったわ」


 ボーゲンさんに捨てられたと思っていたのか、ソフィーア姫は幼くして反抗期となったらしい。


 ボクが仲を取り持ったことで、少しずつ周りとも打ち解けるようになったそうだ。

 

 そうだったのか。


「ありがとう。ヒューゴくん」


「いえ。ボーゲンさんとずっと仲が悪いままだと、さみしいと思ったから」


 お互い、強がっているだけだったんだもの。

 人間って、そんなに完璧ではないよ。

 ロイド兄さんだって、そうだった。

 人は、そこまで強くない。強くなんて、なれないんだ。


「跡取りは、息子がいます。ですが、ソフィーアは大事な娘だ。くれぐれも、守ってあげてほしい」


「お任せください」


 話は変わって、伯爵家をやめていったメイドさんの話に。


「なるほど。セーコ・タンバを同行させると」


「左様で」


 どうもセーコさんというのが、ボーゲンさんの知り合いのメイド長らしい。


「彼女に頼んだら、娘も安心だろう。では、旅のご無事を」


 伯爵のお屋敷を、後にする。


「ヒューゴ様、ありがとうございます。ソーニャ姫と、仲良くしてくださって」


 門の外で、メイドさんが頭を下げてきた。

 

「ああ、いえ。ボクなんて何も」


「いえ。姫様はああいった感じの方でしょ? 同年代のお友だちも、あなたくらいですの」


 偉大なる大魔道士の孫といえど、中身は人間だ。気性も荒く、孤立していったという。魔法だけが、ソーニャ姫と祖父とを繋いでいた。


 天才であるがゆえの孤独と、ひとりぼっちのさみしさで、ソーニャ姫はどんどんと、自分の殻に閉じこもっていたらしい。


 そこに、ボクが弟子入したと聞いて、いてもたってもいられなくなったのだろう。

 どうして自分を差し置いて、他人の子どもと仲良くなっているのか。自分の祖父なら、まず自分に会いに来るべきだ。

 そんな感情が、姫様を動かしたのだろう。


 ボクと仲良くしてくれているなんて、結果論でしかない。


「それでも、同い年の子どもとここまで楽しく過ごしているのは、奇跡なのです。あなたには、特別な力があるのかも知れません」


「そうでしょうか? まったく自覚がないんですが?」


「どうか、姫をよろしくおねがいします」


「はい。必ず無事に連れて帰りますので」

 




 出発の、朝を迎える。


 行商人さんが、次の街までついてきてくれるそうだ。


 まずはロイド兄さんを、馬車に寝かせる。


 それからボーゲンさんとソーニャ姫様が、一緒に客用の荷台に。


「ほら、あんたも来るのよ」


「待って。えっと、おばあさん大丈夫かな?」


 旅立ちの際、気になっているのは、近所に住む足が悪いおばあさんだ。

 病院について行くのも、処方箋を取りに行くのも、いつもボクの仕事だった。

 これからは、ひとりで行ってもらわないと。


「心配するな、ヒューゴ。息子と娘が、お前のマネをしたがっているからな」


 一番上のお兄さんには、二人の子どもがいる。

 二人は暇さえあれば、頻繁におつかいをやりたがるらしい。「ぼーけんしゃ」が口癖になっているという。おばあさんを連れて行くのを、冒険だと思っているようだ。


「お願いできますか、兄さん?」


「問題ないよ。ウチのチビたちは、頭がいいから」

 

 二人の子どもも、「わーいわーい」とはしゃいでいる。誰かの役に立つのが、うれしくてしょうがないらしい。


「ありがとう。じゃあ、行ってきます」


 ボクらを乗せた馬車が、村から遠ざかっていった。

 

(第一章 完)

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