第二章 人妻ダークエルフ忍者と、旅立つ
第8話 小さな冒険者たち
ボクたちは、初めて村の外へ出る。
大人からしたらちょっとした遠出だろうけど、ボクやソーニャ姫からすると、大冒険だ。
馬車に乗っている状態だが、今にも外に出て空気を味わってみたい。
まあ、ソーニャ姫を護衛しないといけないから、外には出られないけどね。
「ドキドキしますね、姫様」
「……あのねえ、ヒューゴ」
ボクが話しかけた途端に、ソーニャ姫がブスッとした顔になる。
「どうしたんですか?」
「いつまで、あたしを姫様扱いするのよ、アンタは」
「姫様は、姫様じゃないですか」
「一度外に出たら、もう姫なんて身分は意味がなくなるわ。これからはソーニャと呼び捨てにしなさい」
「いいんですか?」
平民のボクが、姫様を敬称なしで呼ぶなんて。それこそ打ち首になっちゃうのでは?
冒険に出たばかりなのに、そんな死因であの世に冒険したくないよ。
「あなたは、あたしの召使じゃないのよ? どうして敬語なんて話す必要があるのよ?」
「平民だからですよ」
「でも、あたしと一戦交えたときは、敬語なんて使ってこなかったわ」
「あれは、とっさのことだったので!」
姫の方も、敵意剥き出しだったもんなぁ。
ならば、こちらだって本気にならないと無礼に当たる。
「それでいいのよ。あのときみたいに、無礼講でお願いするわ」
そんなあ。事情を知らない連中に、殺されちゃうよ。
ソフィーア姫って言ったら、この領地のアイドル的な存在なんだから。
「これこれ」と、ボーゲンさんがソーニャ姫をたしなめる。
「あまりヒューゴを、困らせるんじゃないよ。お前さんがいることで、みんなは結構気を使っているんだからね」
「それが余計なお世話だって、言っているのよ。冒険なのよ。有事なのは、こちらだって承知しているわ。自分の立場ってものも、心得ているつもりなんだけど」
「しかしねぇ、平民が貴族様に対して軽々しい言葉遣いなんて、できるもんじゃないのさ。誰が見ているか、わからないからね」
事情を知らない者たちからすると、なんて無礼なヤロウだと思われたって仕方がない。
たとえ、本人たちがよくても、だ。
「街の外に出るまでは、ガマンなさいよ」
「わかったわよ。いい、ヒューゴ。街から出たら、敬語禁止。敬語で話しかけられても、こっちは受け答えしませんからね。アンタはあたしの召使なんかじゃないの。仲間なのよ。わかった?」
「承知しました。ひ……ソーニャさん」
「さんもいらない」
「わかったよ。ソーニャ」
ボクがいうと、ソーニャはハッと目を見開いた。噴火するんじゃないかってくらいに、頬を染める。
「や、やればできるじゃないの」
「……おやおや、甘酸っぱいムードのところ悪いんだけどね。敵さんだ」
ボーゲンさんが御者である行商人さんに声をかけた。
馬車が、急ブレーキをかける。
「敵って?」
「オークだ!」
ボーゲンさんが、馬車に防護結界を張った。
「ワシは、馬車を守る。お前さんたちは、オークを撃退してくれるかい?」
「はい。ボクたちだけで、戦えそう?」
連れて歩いているロイド兄さんは、戦力にならない。オークが迫っているというのに、怯えるだけ。本当に、冒険者としてトラウマが拭えないようだ。
「……やるしかないわね」
「うん。ソーニャはボーゲンさんと、右側を。ボクが左をやる」
「お願いするわ」
開けた右側を、ソーニャに任せた。
ボクは、森の中へ突っ切っていく。
「【マナセイバー】展開!」
ダッシュしながら、剣に魔力を込める。
オークなら、属性魔法をかけなくても斬れるだろう。
強い個体がいなければ、の話だけど。
「ぶふいいい!」
斧を持ったオークが、ボクに襲いかかってきた。
木を壁代わりにして、斧を回避する。
オークは片手斧で、木の幹を切断した。
危ない。これが当たっていたら、ボクの胴体が真っ二つになっていただろう。
「びひひいい!」
さらに暴れまわって、オークが斧を振り回す。
「【レインフォース】」
魔力で全身を覆って、肉体を強化する。
足に魔力を集中させて、オークの斧を飛んでかわした。
「ぶひい!?」
オークが、驚く。ただの人間が自分の背丈より高く跳躍したのが、不思議でならないのか。
「てい!」
魔力を込めた剣で、オークの顔を殴った。正確には斬りつけたんだけど、刃が身体を貫かない。まだまだ力不足だったか。
それでも、オークの撃退には成功した。脳しんとうを起こしたオークに、トドメを刺す。
姫の方は……。
炎の竜巻に、大量のオークが飲み込まれていた。
どうやら、無事のようである。
「問題は、なかったようね」
「どうにか、なったよ」
「でも、あんたの倒した個体がボスだったみたい」
「そうなの?」
「だって、ほら」
ボクの手には、レアの剣が収まっていた。両手持ちの、ロングソードだ。装飾も、やや禍々しい。
「その武器から、魔物の強いオーラを感じるわ。手強い相手だったみたいね」
「そうかもしれない。強い相手だった。丸太なんか、スコーンって斬っちゃって」
ボクが言うと、ソーニャが青ざめる。
「そいつ、オークのチャンピオンよ。ボスなんてレベルじゃないんだけど?」
ボクのレベルは現在「三」なんだけど、オークチャンピオンは推奨レベル「七」らしい。
「どんだけ、魔力の訓練をしたら、そんなやつを倒せるのよ?」
知らないよぉ。
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