第9話 ニンジャ主婦ダークエルフ、セーコ

 ビルイェル伯爵領、ヴェスティの街にたどり着いた。


 ここに、療養所があるという。


「まずは、ロイドを医者に連れて行くよ」


 ヴェスティで最も背の高い建物を、目指す。そこが、療養所だ。教会に隣接していて、心に傷を負った冒険者などを治療してくれる。


 街の中を、馬車で進んでいく。石畳で、時々ガコンガコンと身体が浮いた。この感触も、心地いい。街に入った、って気分になる。


「あら、ボーゲンじゃん!」


 一人の主婦が、声をかけてきた。小さい男の子と、手を繋いでいる。

 ふたりとも肌が褐色で、耳がやや尖っていた。瞳孔の色が、銀に光っている。ダークエルフ族か。実物は、初めて見たよ。


「ああ、セーコかい?」


 ボーゲンさんが、馬車の窓を開けた。主婦に、「セーコ」と呼びかける。


 この方がボーゲンさんの知り合いで、ビルイェル伯爵の護衛をしていた冒険者か。全然、そんな雰囲気ではない。気のいいお母さん、という印象である。とても、戦闘が得意な感じには、思えないなあ。


「今から、お話する? 今からお買い物をするんだよ。その前に、お茶でもどうだい?」


「ああ、いいね。でもあいにく、今から用事なんだよ。ただ、キミを頼ってきたのは事実だ。夕飯をごちそうになってもいいかな?」


「喜んで! 夕方には家に帰っているからさ、寄ってちょうだい」


「ありがとう。そうさせてもらうよ。酒もあるからね」


「楽しみだねっ!」


 主婦セーコと別れて、再び馬車が動き出した。


 療養所に、到着する。


 馬車の中で眠るロイド兄さんを、抱き起こした。


「さあ兄さん、歩ける?」


 ボクは、ロイド兄さんに肩を貸す。


 わずかに、薬品や薬草の香りが漂ってきた。治療院に来たんだなと、思わされる。 


「ちょっと、辛気臭い場所ね」


 ソーニャが、ハンカチで顔を覆う。

 

「仕方ないよ。治療院だからね」


 ロイド兄さんと一緒に、治療院の中へ。


 兄さんが、足を止める。少々怯えているようだ。


「怖がることはないよ、ロイド。カウンセリングをするだけだ」


「オレは、ここの厄介になるほど、悪いのか。我ながら、情けない」


 自分を軟弱者だと、ロイド兄さんは考えているみたい。


「ああ。そのとおりさ、ロイド。だが自分の弱さを、受け入れるんだ。そこから、治療が始まる。何も、恥ずべきことではないさ。誰だって、弱い部分を持っているんだからね」


「アンタは、強そうだけどな」


「とんでもない。一〇年以上、孫をほったらかしにしたものが、強いもんか。こんな小さい子から邪険にされるのが、怖くて仕方なかった。ワシは、弱いよ」


 ボーゲンさんは、精一杯励ましているつもりなんだろう。


 しかし、今のロイド兄さんには響いていないようだ。


 


*******




 セーコ・タンバは、息子と手をつなぎながら買い物をする。


「夕飯は、何にしてほしいんだ?」


「ハンバーグ!」


 元気な声が、返ってきた。


 ハンバーグは、夫も好物だ。


 息子は、だんだんと夫だけにではなく、父親に似てきている。将来は、こいつもタバコ飲みになるかも知れないと、セーコは苦笑いを浮かべた。

 

 父にお供えする、タバコと桃を買う。


 帰宅後、息子と一緒にハンバーグを作る。ダンナは、まだ道場から帰っていない。


 夫は、父の一番弟子だ。セーコはいつまで経っても夫に勝てず、頼りっぱなしだった。

 成人して二人して冒険者になった後、ともにビルイェル伯爵の元で護衛の職につく。正式には伯爵第二夫人、つまりソフィーア姫の母親の護衛である。ソフィーア姫が生まれたときに、自身の妊娠が発覚した。


 第二夫人がご病気で亡くなって、護衛の任も解かれることに。


 子どもが生まれてすぐ、冒険者に復帰した。


 だが、当時の高揚感はなくなっている。


 冒険者のモラルは地に落ちて、稼ぎのいい仕事か高い名誉だけを追い求めるようになっていた。魔王や勇者がいた頃は、みな共通の目的で動いていたのだが。

 枷のなくなった冒険者は、傭兵くずれになって戦場へ赴くか、野盗へと変貌した。

 誰も、庶民に目を向けていない。


 それでもセーコが冒険者をやめなかったのは、困っている人がいるからだった。


「お母ちゃん、どうしたん?」


「なんでもないよ。ちょいと、昔を思い出していただけだ」


 ハンバーグの空気を抜きながら、セーコは我に返る。


「よし、大成功!」


 息子が、ハンバーグをきれいに焼き上げた。この子は戦闘はからっきしだが、お料理は得意である。道場の料理番なら、させてもいいかも知れない。


 戦闘職同士の間に生まれた息子に戦いのセンスがなくて、セーコはホッとしていた。

 この子には、争いのない普通の世界で生きていってほしい。

 

 セーコは、父親の遺影に桃をお供えした。タバコをふかして、ハンバーグといっしょに並べる。

 

「お父ちゃん、今までワガママを聞いてくれてありがとう。もう冒険者やめるね。あんなの、バカがやる仕事だよ」


 写真立ての中で、忍び装束の父は印を結んでいる。


【ニンジャ】として、セーコはこれまで数々のトラップを解除してきた。父譲りの忍術も、どれだけ役に立ったか知れない。

 だが自慢の父も、病には勝てなかった。

 父の早すぎる死に、セーコは未だ茫然となっている。孫が生まれ、これからだというときに。


 ボーゲンが、こちらの家にやってきた。


「この子たちの冒険に、同行してくれないか?」


「やります」

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