第10話 四六%


 ボクたちは、セーコさんの家にお邪魔する。


 せーコさんの家は、七割が【ニンジャ】の訓練場となっている。数名の子どもたちが、ニンジャとして修行をしているのだ。もっとも、一般家庭で使用人の職につかせたい大人たちが、子どもを入れているのだが。



「ソフィーア様。ここまで大きくなられて」


「ありがとう、セーコ。でも、ここでは姫様はよしてちょうだい。あたしは冒険者のソーニャ。覚えておいてね」


「……わかったよ、ソーニャ。これからは、遠慮しない」


 秒で、セーコさんはソーニャの立場を理解したみたいだ。

 短い会話で、ここまで信頼関係を結べるなんて。


「あなたのお母様には、お世話になったんだよ。冒険者としてもパッとしなかった私を、拾ってくれたからね」


「あなたがお屋敷に入ってきた強盗を、一人で倒した伝説は、聞いているわ」


「そりゃあ、どうも」


 食事ができているというので、お招きに預かった。


 家人も帰ってきている。


「いただきます」


 セーコさん手製のハンバーグは、身が引き締まっていておいしい。


「ウチでも、こんなハンバーグは作れませんよ」


「ありがとうね、ヒューゴ坊や。ハリョールのソーセージは、うちの人も大好物なんだ。晩酌のおともさ」


「ありがとうございます」


 それから、他愛もない談笑が続く。

 主にセーコさんとボーゲンさんによる、冒険での失敗談ばかり。

 笑えるものだけをチョイスしてくれていたが、セーコさんだって厳しい現実を目にし続けていたに違いない。


 セーコさんの子どもが眠った辺りで、本題に入った。

 


 

「四六%」



 

 エールを煽ってから、短くセーコさんがつぶやく。

 旦那さんも、うなずいていた。

 

「ヒューゴ坊や。冒険者になるなら、この数字をしっかり覚えておくんだね」


「どんな意味があるんです?」

 


「冒険者の、依頼達成率さ」


 

 低い。あまりにも、低すぎる。


「冒険者は、各地域の人口に対して一〇分の一は存在する。なのに、この低さだ」


 原因は、平和すぎるからだ。

 冒険者たちは何もすることができず、高額依頼ばかり受ける冒険者が増えた。一攫千金を狙って。


「大昔、この世界を魔王が支配していたのは、知っているよね」


 セーコさんの旦那さんが、話を始めた。


「我々ニンジャ部隊も、元々は時の皇帝をお守りする任務にあたっていた」


 今ではニンジャは、主を失っている。騎士に剣術を、商人の子どもに護身術を教えているという。


 魔王討伐などの大きな目的があったときは、各地で魔物や魔族が暴れていたので、高額な依頼に事欠かなかった。


「勇者が魔王を討伐して、もう何百年にもなる。その間に、冒険者たちの性根は腐っちまった」

 

 平和になった今、冒険者では食えなくなっている。

 野盗に落ちるか、遺跡に潜ってアイテム掘りに精を出すか。あとは、討伐不可能とも言われる大型の魔物を狩るしかなくなる。


「身の程を知らない冒険者が、危険な依頼でやらかさないと思うかい?」


 ボクは、首を振った。


「そうさ。依頼は失敗に終わり、冒険者たちも廃業になる」

 

 ほとんどの依頼が反故にされ、騎士団や自治体によって解決している。


「全ての冒険者が、そうではない。ボーゲンのような良心を持った冒険者もいる。だが」


 セーコさんは、首をひねった。


「ほっとんどの奴らが使いもんにならない、って思ったほうがいい」


「そこまでですか」


「宿まで、迎えに行ってやる。そのとき、ギルドまでついておいで」


「では、同行してくれるってことでいいんですか?」


「同行は、してやる」


 ボーゲンさんの言葉に対しても、二つ返事で承諾してくれているし。


「では……」


「ただ、この街から出ることはないと思っておくれ」


 ダンナさんと相談して、冒険者として復帰はしてくれる。ただ、遠出はできないという。子どもが、まだ小さいためだ。


「ウチのチビは、料理もおつかいもできる。私がいない間は、道場で料理番でもさせるさ」


「ニンジャの修行は、させていないんですね?」


「身体に障害があってね、激しい運動ができないんだよ」


 あんなに、元気そうなのに。


「一五になるまでは面倒見るって、死んだオヤジにも約束しちまったからね」


 セーコさんが、写真立てに目を移した。


 中年の男性が、忍術を唱えるポーズを取ってカメラの方を向いている。


「この街の安全が確保できたら、一人前だ。それまでは、面倒を見てやろう」


「ありがとうございます」


 それだけでも、十分だ。


 ボクたちは、宿に戻る。


 ボーゲンさんとは、ここでお別れだ。

 

「ではここからは、彼女に鍛えてもらうんだ。いいね」


「はい、ボーゲンさん。ロイド兄さんをよろしく」


「心配しなくていい。大魔道士ボーゲンがついているからな。それより、キミ等のほうが心配だ」


「そこまでですか?」


「ギルドに行けばわかる」

 

 

 

 翌朝、ボクたちはセーコさんとともにギルドに向かった。


「やすい依頼書には、誰も手を付けていませんね」


 セーコさんが話していた通り、薬草採取などの依頼書だけ、紙が真新しい。

 

 

「オークの森に連れ去られた子どもを、助けてください!」


 成人女性が、ギルドに飛び込んできた。

 

 必死に懇願しているのに、誰も見向きもしていない。


 みんな、依頼者の服装を見ているのだ。


 女性の服はボロ布で、お金を持っていそうにない。


「誰か! お願い……」


 女性が、泣き崩れた。


「ボクが、行きます!」


 オーク討伐に、ボクは志願する。

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