第34話 セニュト・バシュ遺跡

 セニュト・バシュ遺跡にたどり着いた。


「聖なる父・バシュ」という意味を持つこの遺跡付近が、ギソの故郷だという。


「ギソ一世はセニュト・バシュの直系の子孫ながら、禁忌魔法に触れてしまい故郷を追われました」


 エレオノル姫が、説明してくれた。


「名前をギソと変え、魔王討伐の旅に同行したことで、ようやく世間に名前を轟かせたのです。しかし、故郷の反応はそのままでした。禁忌魔法に触れた、悪魔の家系だと。魔王を禁忌魔法で滅ぼした、邪神崇拝者だと」


 付近にあった村では、今でもギソ一族を「忌み名」と恐れている。


「悲しいですね。死んでも、功績を上げても、故郷から追放されたままだなんて」


「ギソの時代は、保守的でしたからね。ヒューゴさんは、故郷に愛されていていいですね」


「村人としてより、冒険者として生きるほうが密度の濃い人生を歩んでいますが」


「それでいいのです。適材適所という言葉がありますからね」


 適材適所、師匠のボーゲンさんにも同じことを言われたな。


「で、セニュト・バシュはギソに呪われて滅びた、と」


「今となっては、謎のままです」


 セニュト・バシュは「聖なる」と言われている割には、密林の奥地にあった。まるで、世界から隔絶されたかのような。大きな木々に周りを囲まれ、太陽の光すら遮られていた。壁には、ジメジメしたコケが生い茂っている。キノコまで生えていて、周りも泥だらけだ。

 これが、聖地の成れの果てとは。


「この女神像は、セニュト・バシュの所有なの? それともギソの?」


「ギソの崇拝する邪神です。バシュで崇められていた像は、兄が持っているはずでした」


 本当のセニュト・バシュに入るには、二つの像が必要だったのである。

 

「一つは、バシュが崇める女神の像。もう一つが、ギソが崇める邪悪な像です。本来この二つは相いれず、台座の前で向かい合わせることで、真の財宝が手に入るとのこでした」


 しかし、エルンストはギソ討伐に急いでいた。ひとまず、神の像を台座に乗せて、宝物庫の扉だけを開いたのだ。

 その結果、ボクの兄はあんな目に。


「兄が最短で攻略を果たそうとしたせいで、世間に多大なるご迷惑を」


「いえ。お兄様は立派でしたわ。妹君であるエレオノル様が、気に病むことはありません」


「ありがとう、ソフィーア」


 ソーニャさんが、エレオノル様を慰める。


「入ろうっ。なんか寒いよ」


「そうですね。ジャングルだというのに、この冷えはなんでしょう。いくら日差しが入らないからって、少し異常ですね」


 ザスキアさんを先頭に、エレオノル様たちと遺跡に足を踏み入れた。


「えっと、こっちです」


 ボクは地図を広げて、道を指し示す。


 トラップも、大したことはない。セーコさんの解除能力で、軽く突破する。


「もうすぐ、宝物庫です」

 

「わかったわ、ヒューゴ。ファミリア、出番よ」


 ソーニャさんが、ファミリアを呼び出す。


『ちりちり~ん。みちをあけろ~』


 ファミリアが両手にぶら下げているハンドベルを、振り回した。


 さっきまで遺跡を包んでいた寒気が、一気に引いていく。


「寒気の正体は、呪いだったんですね」


「もっと早くベルを鳴らすべきだったわ」

 

恬淡てんたんの鈴】は、人から冷静な判断を奪う瘴気を、取り払う能力を持つ。


 宝物庫に入る以前から、こんなにも効果が広がっていたなんて。


 財宝がたくさん眠る場所に、到着した。

 明るすぎて、目が痛い。財宝に、ロウソクの火が反射しているのか。

 

「早く、お兄様を探しましょう」


「ええ……兄上!」


 エレオノル様が、金塊の山に横たわる死体を発見した。


「今参ります兄上……はっ!」


 財宝が盛り上がり、スケルトンの群れが襲いかかってくる。


 スケルトンの装備を見て、気付いた。

 この死体たちは、元冒険者だと。


 

 ロイド兄さんと一緒に旅立つとき、装備一式を見たのだ。

 それと同じものを、スケルトンたちは身につけている。


「埋葬してやろう」


「ええ。【メテオ・バースト】!」


 ボクは剣を振って、【ファイアストーム】を繰り出す。


 スケルトンたちが、灰になっていった。


「他に敵の気配は?」


「ございません。ご安心を」


 僧侶のヴィクが言うなら、そのとおりなのだろう。


「姫。台座に像を」


「はい。兄上、お借りいたします」


 兄エルンスト王子の手から、神の像をそっと抜き取った。

 

「こっちも、置くわよ」


 ソーニャさんが、台座に邪神の像を。

 対面に立ったエレオノル様が、反対側の台座に女神の像を乗せた。


 パッと、辺りが暗くなる。財宝もなくなった。なにもない、石造りの空間が広がっている。


「どこだここは?」


 セーコさんが、ひとりごつ。


「姫様、これを!」


 ザスキアさんが取り出したのは、ギソの迷宮の地図だ。そんなものを取り出して、なんだというのか?


「急に地図が光りだして、さる座標を示しました。このポイントは、間違いなく……」


「なんてことなの……」


 驚く姫様の側から、ボクも地図を覗き込む。


 もしかしてここって、ギソの洞窟ってこと? しかも、第九層!?


「そのとおりだ」


 ローブを着た若者が、いつの間にか目の前に立っている。


「お前が?」

 

「そう。俺がギソだ。今はな」


 ギソを名乗る男は、人間とトロルの混血種・フルドレンの特徴を持っていた。

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