第44話 幕間 邪神の配下

 ヴィクとカラス鳥人が、殴り合う。


「おらああ!」


 猛烈なラリアットが、カラスのアゴをブチ抜く。


「見事! それでこそ、『クラッシャー・モンク』のヴィクドインヌ! パンチの威力は、衰えておらぬようだな!」


 どうしてヴィクは、ヒューゴを先に行かせたのか。


 ヒューゴに投げかけた言葉通り、邪神復活阻止のためではない。とはいえ、全員でよってたかったタコ殴りにするのが性に合わなかったわけでもなかった。


 このファイトスタイルを、見られたくなかったからである。


 ヴィクは元々、【悪戒律ヒール】の【レスラー】として生きてきた。

 触るものはすべて、破壊する。

 酒も女も、思いのままだった。

 しかし、試合内容に納得しなかった相手レスラーが、ヴィクの愛する人に手をかけたのである。

 自分のせいで、想い人が死んだ。ヴィクは自分を許せなくなった。

 自殺を考えていたときに現れたのが、鳥人族の神【サヴィニャック】の信者だったのである。

 彼に仕え、サヴィニャックを信仰し、これからは想い人の分までしっかり生きようと誓った。

 今では自分が、サヴィニャックへの導き手だ。


 ヒューゴの力になろうとしたもの、彼の兄が恋人を自分で撃ち殺したと聞いたから。


 全力で、ヒューゴのサポートをするつもりだった。


 しかし、このカラス男を相手にするには、サヴィニャックの手を汚すことになる。

 今だけは、戒律を破ろう。

 この者を、殺すのだ。


「ヒールレスラーの復活だ! サヴィニュアックなどの軟弱な神ではなく、やはり信じるべきは己の腕!」


 あまりに攻撃的なカラス男の猛攻に、ヴィクはうちのめされる。


「オレは自らに流れる、邪神の血を受け入れる道を進んだ! ギソが、サヴィニャックに取って代わる!」


「……それは、違いますぞ!」


 カラス男のみぞおちに、ヴィクの掌底がめり込む。

 相手の余裕さから一瞬できた、わずかなスキを突く。


「ごおおおえ!」


 ヴィクの攻撃を食らって、カラス男が激しく嘔吐した。


「この技は、レスリングの技じゃねえ!」

 

「いかにも。サヴィニャックは、ワタシを見捨ててはいませんぞ! 神よ。一度だけあなたに背いたことを、許し給え。これからは、あなたも背負って、この者に、信仰を取り戻させる!」


「なにを!? ギソより優れた神など、いやしねえ!」


「愚かな。邪神がくれるものは、闇。それは、哀れな自分を見なくていいからですぞ」


 人は、自らの愚かさ、みじめさ、弱さを受け入れてこそ、初めて成長できる。 


「邪神にすがること。それは、自らの弱さから目を背け、他人にすがることなり!」


「やかましい! ならば、邪神から授かったこの力を受けるがいい!」


 カラス男の羽が、逆立つ。刃のような羽を広げ、こちらにベアバックを仕掛けた。


「くたば……なにい!?」


「その攻撃は、通じませんぞ」


 サヴィニャックの鉄壁の結界によって、カラスの刃のような羽はズタズタになる。


「すがるだけ、力をいただくだけが、信仰ではない。やり直すがよろしい」


 ヴィクは、両手を広げた。首の根元へ、両手によるチョップを撃ち込む。


 カラス男は、目を回して泡を吹いた。そのまま、地面に倒れ込む。

 

「神よ。サヴィニャックよ。彼を導き給え」


 ヴィクは、先を急ぐ。



 *



 初手のインパクトが強すぎて、お互いの武器が飛んでいく。


 キルシュとラコブは、力くらべの状態で踏みとどまっていた。


「邪神は、復活させないよ!」


「なんの。ギソ復活は、もう止められんさ!」


 力比べを解いて、また槍による打ち合いになる。


「どうしてお前はさ、邪神を求めるんだい?」


「アタイは邪神復活より、人を殺れるのがいいのさ! 混沌の中に身をおいてこそ、アタイは強くなる! そのために、ギソに従うのさ!」


 ラコブにとって、血族であるギソは単なる手段でしかない。世界が混乱することこそ、ラコブの望みだった。


「こんなノンキな世界なんて、アタイの性に合わないのさ! 趣味が人殺しの、アタイからすれば!」


「そんなの許されないよ!」


「誰の許しも、欲しくないね! 血でシャワーを浴びることでしか、アタイは生きる実感が湧かないんだ!」


 殺しが日常の一部になっている者にとって、今の時代は退屈でしかない。


 まるで、ドラゴンの一族のようだ。

 彼らも戦争が終わった途端、死んだように生きていた。人間の王都に目をかけてもらうまで、彼らは自分たちで争う一歩手前だったのである。

 おそらくこの竜人も、同じ気持ちだったに違いない。


「生まれる種族を、間違えたみたいだね」

 

「いや。これはアタイの誇りさ! ギソに身を委ねてこそ、アタイは生を実感できる。ギソに従うことによってね!」


 とうとうラコブの槍が、キルシュの槍斧を弾き返した。


 再び、キルシュは武器を失う。

 

「それは、本当の強さじゃないよ」


「ああんっ!? てめえも、ドラゴンの一族としての誇りがあるだろうが」

 

「誰かから借りた力なんてさ、ふるったところで他人の力でしかない。ウチはウチ。ドラゴンはドラゴン。それぞれに、誇りがあっていいんだ」


「そんな個人の都合に、周りを振り回そうってかい?」


「そうさ。ウチはドラゴンだけど、キルシュって個人名がある。ウチは、自分に従う。ドラゴンのバックアップなんてなくても、アンタをやっつけるんだよ」


「やれるもんなら、やってみな!」


「もうやったよ」


「んだと……おおおおお!」


 飛んでいったはずの槍斧が、ラコブの腹を突き破る。

 

 ようやく、「放り投げた槍斧」が返ってきた。


 キルシュは武器を落としたんじゃない。わざと投げ捨てたのだ。


 この武器は、持ち主のところに必ず返ってくる習性がある。


「あんたはドラゴンにしては、ちょっと邪神すぎたね」


 ドラゴンとしての自分を信じられなかったこと、それが、ラコブの敗因だ。


「キルシュ!」


 塔の上から、ヴィクが呼びかけてくる。


「こっちは終わった。急ごうか!」


「はい。参りましょう」

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