第26話 エルンスト王子と、エレオノル王女

 身体が勝手に反応して、ボクは参列者の中に割り込む。

 

「あの、すいません!」


 馬に乗ったショートカットの人物に、ボクはひざまずいた。


「あの、エルンスト王子ですよね!?」

 

 ショートカットの人が乗っている馬が、ボクの前で止まった。ボクの声に反応してくれたのか?


「エルンストを、ご存知なのですか?」


 人物の声を聞いて、ボクは後悔した。


 その声は、女性のものだったからである。


 ロイド兄さんと旅をしていたのは、エルンスト【王子】である。


 しかし、ボクの眼の前にいるのは、女性だ。


「無礼であるぞ。少年。こちらにおわすはエレオノル王女……」


 ポニーテールのエルフ侍が、ボクの前で刀を脱いた。


 ひえええ。


 刀より、鋭い目のほうが怖い。


「おっと」と、キルシュが間に入った。


「命が惜しくば、どきなさい。キルシュネライト・ブルメ」


「やなこった。アンタこそ、その出刃包丁を下げな。民間人をみじん切りにするのが、あんたの仕事なのかい?」


 騎士二人が、殺気立つ。

 

 この二人は、知り合いなのかな?


「構いません、ザスキア。下がって」


「ですが、エレオノル様」


「下がりなさい」


 ザスキアと呼ばれたエルフ侍は、エレオノルという女性の言葉に引き下がった。


「兄エルンストの関係者なら、通しなさい」


 ショートカットの女性が、馬を降りる。ボクの前にしゃがんで、兜を脱いだ。


「わたくしはこの国の第一王女、エレオノル・シュタルクホン。兄エルンストの無念を晴らすため、旅を続けています。改めてお尋ねします。兄をご存知なので?」


ハリョール村のヒューゴヒューゴ・ディラ・ハリョールと申します。エルンスト殿下を知っているのは、ボクではなく兄の方なのですが」


「あなたは、エルンストに同行していた人物と、ご関係が?」


「はい。ロイドという兄がいまして。彼は、エルンスト殿下の雇ったレンジャーでした」


 ボクの話を聞いていたエルフ侍さんが、「あっ」と顎に手を当てた。


「ついさきほど、我々はハリョール村のロイドロイド・ディラ・ハリョールという者を尋ねたのです」


 ザスキアさんが、苦々しい顔をする。

 状況は、芳しくなかったのだろう。


「ヴェスティの街え、ボーゲンさんに看病してもらっていたでしょ?」


ボクが尋ねると、ザスキアさんは首を振った。

 

「導師ボーゲンに阻まれ、ロクな情報を聞き出せなかった」


「でしょうね」


 ボーゲンさんなら、そうするはず。仲間を売るようなマネは、あの人ならしない。


「不躾なのですが、ヒューゴさん。あなたの方から、ロイドさんに情報提供をお願いできませんか?」


「できません」


 ボクは、きっぱりと断った。

 

 もう一度旅へ同行しろとか言われたら、兄が発狂しかねない。

 兄を、ボーゲンさんは守ってくれたんだ。


「あなた――」


「お恐れながら! 兄は病を患っております!」

 

 エルフさんが再び抜刀仕掛けたのを、エレオノル王女が止めた。


「あの遺跡にて、兄は多くの仲間を失いました! 自身の恋人にまで、刃を向けたとのこと! また、あなたのお兄様も助けられず、無力感に苛まれております! 再び兄に当時のことを思い出せと言われては、兄はもう現実に戻ってこられない可能性がございます! ボクには、兄をそこまで追い詰めることは、できません!」


 エルフさんの向ける殺気にも頑として向き合い、ボクは王女に告げる。


「……わかりました。申し訳ありません」


「いえ。ボクの方こそ、お詫びいたします」


「結構です。ムリを承知でお願いしたのですから。謹んでお詫びいたします。わたくしも兄を喪い、殺気立っておりました。人に戻してくれて、ありがとう」


 エレオノル王女は、兜をかぶり直す。


「帰りますよ。では、ヒューゴさんでしたね。またお会いすることはあると思います」


「そうなんですか?」


「明日のお昼、お時間がございましたら、お城にいらしてください。お昼食を囲んで、お話をいたしましょう」


 ボクの仲間も、同行していいという。


「あの、何度も申し上げますが……」


「あなたのお兄様の件は、もう結構です。では、ごきげんよう」 

 

 王女たちが、馬に乗って王宮へ帰っていく。


「ふあああああ」


 ボクは、脱力した。

 あとになって、背中から汗がドッとにじみ出る。


「いやあ。あの『首刈りザスキア』に真正面からケンカ腰とは、恐れ入ったよ」


「首刈り?」


「ああ。刀で相手の首を刈り取る戦い方から、仲間内からは首刈りって呼ばれている」


 あまりの速さに、敵もいつ首を切られたのかわからない表情で絶命するとか。


 そんなザスキアさんの刀を止めるんだから、あの王女様も相当な腕前ってことだよね?

 

「ウチは、アイツは苦手なんだよね。歳と戦闘力は近いんだけど、アイツはずっとエリートコース。で、ウチは落ちこぼれ。近衛兵とフリーの騎士だから、接点もないし」


 王女に言われたら、キルシュはダンジョンに同行することもあるという。しかし、ザスキアさんとソリが合わなくて、あまり乗り気ではないそうだ。

 

「でも、エレオノル王女から呼び出し食らうなんてさ。あんた、見込まれたのかもよ」


「そうなのかな?」


「ザスキアだって、ウチとヒューゴがつるんでるところを見て、一瞬でアンタに対する見方が変わったからさ」


「そうなの? 全然、わからなかったけど?」


「ツワモノってのは、そういうもんなのさ」

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