第14話 不死者



「……で、浅間さんの言う特別な世界がここなの?」


 浅間さんが俺を連れてきたのは、近くにあるチェーンの牛丼屋だった。


「ふふっ。蒼井くんずっと寝てたから、お腹減ってると思って」


「……気を遣ってくれてるのは、嬉しいけどさ」


 なんかちょっと、肩透かしだなとは思う。……別にいいけど。浅間さんは拗ねた様子の俺を見て、楽しそうに口元を歪める。


「なんて冗談だよ、冗談。これは、戦いの前の腹ごしらえだから。本命はこのあと」


「なら、いいけどさ。……というか浅間さん、よく食べるね?」


「そうかな? 別にこれくらい、普通だと思うけど」


「……普通、ね」


 浅間さんが頼んだのは、特盛の牛丼と豚汁にサラダ。更に追加で、牛皿と唐揚げを頼んでいる。部活帰りの高校生くらい、よく食べる。前に一緒にラーメンを食べに行った時も、マシマシの大盛りを平気で完食してたし……。


 もしかしたら、浅間さんは大食いなのかもしれない。


「それもなんか、イメージと違うな」


 小さく呟いて、運ばれてきたマグロユッケ丼をスプーンでチマチマと食べ進める。……正直あまり、食欲がなかった。大好きなマグロユッケ丼でなければ、口に入れるのもきつかっただろう。


 浅間さんは、優雅な仕草で水を口に運んでから、言う。


「実は最近、この辺りで暴れてる不死者がいるんだよ。今日はこれから、その子と少し遊んであげようと思ってるんだ」


「暴れてるって、あの……討伐者とかいうのと、戦ってたりするの?」


「というより、暴れてるから彼らに目をつけられるんだよ。……蒼井くんが昨日会ったあいつは、いろいろと例外だけどね」


「…………」


 黙って出て行ったはずなのに、俺があの……志賀とかいう人形使いに襲われたことを、浅間さんは知っているようだ。


 俺は小さく、息を吐く。


「ちょっと気になってたんだけど、討伐者って別に不死者ではないんでしょ? なのになんで、人形を動かしたりできるの? 身体能力もまともじゃなかったし、あれってどういう原理なわけ?」


 俺の言葉を聞いて、浅間さんは考えるように目を瞑る。


「うーん。その辺はあえて説明しなかったんだよね。いろいろと、複雑だから」


「そうなの?」


「うん。いずれ蒼井くんにも同じようなことができるようになるから、その時になったら詳しく説明してあげるよ。だから今は、魔法でも使ってると思っておけば問題はないよ。心配しなくても、彼らでは蒼井くんを殺すことはできないから」


 浅間さんは当然のように断言する。……確かにあいつの犬で、俺が死ぬようなことはなかった。でも一歩間違えれば、死んでいてもおかしくはなかったようにも思える。


 それにあの人形使いの話では、不死者を殺す方法はいくつかあるらしいし、あいつの口ぶりからして、今まで何人もの不死者を殺してきているように見えた。


 ……まあでも、浅間さんが死なないと言うなら、大丈夫なのだろう。


「でも、不死者が暴れる理由って何なの? いくら死なないからって、漫画みたいに世界征服しようとする……みたいな馬鹿は、流石にいないでしょ?」


「いや、いるよ。そういう変なのも。だから、討伐者なんてのがいるんだし」


「……なんかほんと、漫画みたいなんだね」


「漫画が現実みたいなんだよ」


 浅間さんはそこでテーブルのウォーターピッチャーから、グラスに水を注ぐ。気づけば山盛りの牛丼は、空になっていた。浅間さんは、笑う。


「不死者が暴れる1番の理由はね……眠れないからなんだよ」


「眠れない……?」


「そ。人間は1日の3分の1近くを、睡眠にあてる。長い進化の過程で、どうしてそんな無駄な時間を淘汰することができなかったのか。疲労回復。記憶の整理。いろいろ理由はあるけど、人間は寝ないと精神が狂うんだよ」


 確かに俺も、不死者になってからは中々、寝つくことができなくなってしまった。そして逆に、あの人形使いに殺されたあとは、不自然なまでに強い眠気が襲ってきた。


「普通に生きてるだけじゃ、不死者は疲労なんてしないからね。まともに生きてるだけだと、どうしても眠ることができなくなる」


「……だから、暴れる」


「そ。私は別に眠らなくても平気だけど、耐えられない子は耐えられない。吸血鬼で言うところの、吸血衝動みたいなものかな。今から会いに行く子も、長い間ずっと眠れなくておかしくなってきてるんだよ。だから私が、彼女を殺してあげる。そうすればあの子も、ゆっくり眠れるだろうからね」


 浅間さんが立ち上がる。なんとかマグロユッケ丼を食べ切った俺は、その背中を追う。


「それで浅間さん、その浅間さんの知り合いの不死者は、どこにいるの? 意外と近くに住んでたりするの?」


「さあ。あの子、今はどこに住んでるのかな? 知らないけど、ちゃんと待ち合わせしてるから大丈夫だよ。……ほら、前に蒼井くんを連れて行った、廃ビルあったでしょ? あそこ。あそこなら、多少暴れても誰にもバレない」


 浅間さんは、笑う。笑って俺の手を引いて、歩き出す。


「というか蒼井くん、なんかちょっと元気ないよね? もしかして昨日、あの人形使いに襲われた以外にも、何かあったりした?」


「……浅間さんは、なんでもお見通しだな」


 見透かすような視線。俺は逃げるように、空を見上げる。今日は雲がなく、星が綺麗だ。……けれど月は、欠けたまま。まるで世界に、穴が空いたみたいだ。


「さっき……というか、昨日の夜。付き合ってた幼馴染の女の子と、話をしたんだよ」


「ああ、あの子と会ったんだ」


「あの子って、浅間さんは宇佐さんのこと知ってるの?」


「まあね。少し話したことがあるんだ。……あの子も中々、不安定な子ではあるよね」


「昔はそうじゃ、なかったんだけどね」


 良くも悪くも人は変わる。人が変われば、向ける感情も変わる。お互い、昔のままではいられない。


「まあ俺は、言いたいことはあらかた言えたし、大きな不満はないんだよ。ただ、宇佐さんも蓮吾もはっきりとしたことを言わないから、なんかスッキリしないんだよね」


「普通はそういうものだよ。と言うより、蒼井くんが思い切りが良すぎるんだよ。大人しそうに見えて、中身は全然、大人しくないよね、蒼井くん」


「普段は隠してるけど、意外と短気なんだよ、俺」


「……短気だけど、我慢強い。矛盾しているようでしていない。蒼井くんのそういうところ、凄くいいと思うよ。人間的で魅力的だ」


 浅間さんが、妖艶な顔で俺の顔を覗き込む。俺はまた、視線を逸らす。浅間さんは言った。


「とにかく、別れ話はできたようでよかったよ。これで憂いなく、私と同棲できるね?」


「憂いなくとはいかないけど、別れることはできたとは思うよ。……言わなくていいことも、言っちゃったけどさ」


 あの場であんなことを言うくらいなら、もっと以前に言うべきことはいくらでもあったはずだ。


 ……どうも、蓮吾や宇佐さんを前にすると、感情的になってしまうようだ。それだけ鬱憤が溜まっていたということなのだろうけど、なんとなく格好悪いと思ってしまう。


 俺はまだまだ未熟で、子供だ。宇佐さんや蓮吾を非難しておきながら、結局は自分のことしか考えていないのだから。


「そんなに気にする必要はないよ。どれだけ悟ったフリをしても、みんな人生1度目の人間初心者だ。失敗や挫折を悔いる必要はないし、未熟であることを恥じる必要もない」


「……そう言ってくれるのは、嬉しいけどね」


「その様子だとあの子……宇佐さんのこと以外にも、まだ何かあったみたいだね? というかそれが、君が昨日、夜の街をうろついていた理由なのかな?」


「……ほんと、浅間さんに隠し事はできないな。でも、もう着いたよ、廃ビル。その話はまた、後ででいいよね?」


 俺は、誤魔化すように笑う。浅間さんも、楽しそうに笑い返してくれる。


「そうだね。……どうやら先に来てるようだし、私たちも行こうか」


 2人して、廃ビルに入る。当然のように、鍵は空いていた。


「でもここ、意外と広いよな」


 元は何の建物だったのか。ショッピングモール……とまではいかないけど、近所のスーパーよりずっと広い。町外れにある夜の廃ビルは物音一つなく、不気味な空気が辺りを覆っている。


「……っ!」


 そこに、月光に照らされた1人の少女の姿があった。人間……ではない。背中に大きな翼があった。まるでコウモリ……いや、悪魔みたいな黒くて大きな翼。少女そのものが、闇に溶け込んでいるように見える。


 少女の地面に触れるくらい長い黒髪が、壁の隙間から吹き込む風に揺れる。


「ああ、やっと眠れる……」


 そして、その少女が倒れた。


「……え?」


 浅間さんは何もしていない。……いや、もしかしたら俺が気づいてないだけで、何かしたのかもしれない。そう思い、浅間さんの方に視線を向ける。


 浅間さんは、楽しそうに笑っていた。


「直接、会うのは久しぶりだね、志賀さん」


 翼の生えた少女の後ろから現れた男……志賀 桜天。俺を殺したあの人形使いの男は、浅間さんを無視して、俺の方に視線を向ける。


「随分と早い再会だな、少年」


 多分これは、浅間さんも想定していなかった異常事態。なのにどうしてか俺は……笑っていた。


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