第30話 吸血鬼
結局、この前と同じファミレスに連れて来られてしまった俺は、諦めて前と同じハンバーグを頼む。討伐者の少女、ルスティーチェさんはグラスに入った水を一息で飲み干し、こちらに視線を向ける。
「ここ最近、この街を騒がせている不死者が3人いる。どいつもこいつも普通の不死者とは違う、特異な連中だ。……お前はそれが、誰だか分かるか?」
「……いや、知りませんけど」
「知りません、ね。……他人事だな。私はお前たちのせいで、眠る暇もないというのに」
「……眠る暇もないって、ルスティーチェさんは不死者じゃないんですか?」
「違うよ。死ねないなんて、私は御免だ。歳を取らないというのは、少し羨ましくもあるが……そんなことがどうでもよくなるくらい苦しんでいる人間を、私は今まで何人も見てきた。だから私は、絶対に不死者になぞなりたくはない」
ルスティーチェさんは、迷うことなくそう言い切る。その目には何か、強い覚悟のようなものを感じた。……俺が浅間さんの隣で1000年生きると決めたように、きっと彼女にも何かあったのだろう。
「おっ、来たな」
そこでちょうど、ハンバーグが運ばれてくる。ルスティーチェさんは嬉しそうに頬を緩め、ハンバーグに手を伸ばす。俺はとりあえず、つけ合わせのポテトをつまむ。
「それで、暴れてる3人の不死者って、どんな奴なんですか?」
「……吸血鬼事件というのを、お前は知っているか?」
「いや、初耳です」
一瞬、さっき会っていた茜坂さんのことを思い出すが、表情には出さない。ルスティーチェさんは淡々とした口調で続ける。
「3年前、この街から少し離れた場所で、全身の血を抜かれた死体が見つかる事件があった。それも1人や2人じゃない。両手を使っても数え切れないほどの数だ」
「……そんな事件、初耳なんですけど」
「不死者絡みの事件は、基本的に表には出ない。知られたらパニックになるのは目に見えているし、不死者になりたがる馬鹿も増えるだろうからな」
「……不死者って、なろうと思ってなれるものなんですか?」
「いいや。不死者が生まれる理由は、まだよく分かっていない。……ただ1つ共通しているのは、不死者は皆一度……死んでいるということだけだ」
「…………」
確かに、そんな情報が出回ってしまえば、不死者になろうと自殺する人間も出てくるだろう。……というか、食事しながらするような話じゃない。ハンバーグを食べる手が、重くなる。
「ふふっ」
しかし、ルスティーチェさんはそうじゃないのか。彼女は美味しそうに、ハンバーグを食べ進める。
「私は当時この国にはいなかったが、私の部下である志賀が捜査にあたり、件の不死者を追い詰め……殺した。それで事件は無事、解決した……はずなのだが、3年経った今、また同じような事件が起こった」
「そんな話、聞いた覚えはないんですけど……それもやっぱり、報道規制ですか?」
「そうだ。不死者にまつわる事件は、ニュースに何ぞ流れない。特に今回は、訳あって極秘裏に捜査を進めているからな。きっとあの浅間 衣遠でも、今回の事件のことは把握していないはずだ」
「……それをわざわざ俺に話す理由が、何かあるんですよね?」
なんだが嫌な予感を覚えながら、ルスティーチェさんの方に視線を向ける。ルスティーチェはつけ合わせのブロッコリーを飲み込んで、言った。
「お前がさっき会っていた女、あれは吸血鬼事件の容疑者の1人だ」
「────」
思わず息を呑む。ルスティーチェさんは、呆れたように息を吐いた。
「その顔……お前まさか、何も知らずに会っていたのか? ……不用心な奴め」
「いや、ちょっとした知り合いでして……」
「それが不用心だと言うんだよ。この国で起こる殺人の9割が、その知り合い同士で起こっているんだ。……友達、家族、恋人、上司に親戚。好きの反対は嫌いではなく、無関心だったか? この国の言葉は、よくできている。殺意を持つほど恨むのは、いつだって近くにいる人間だけだ」
皮肉げに笑うルスティーチェさん。……口元にハンバーグのソースが付いているが、したり顔がなんかちょっとムカついたので、指摘するのは辞めておく。
「私は朝から、あの女を見張っていた。するとそこに、知ってる顔がやって来た。だから私は部下に女の監視を任せ、こうしてお前に声をかけた。ちょうどお昼も、まだだったしな」
「……でも俺、別にあの人のこと何も知りませんよ?」
「嘘を吐くな。知らない女の家を訪ねたりしないだろ? この国の人間は」
「いやまあ、それはそうなんですけど、ちょっと事情がありまして……」
とりあえずの経緯を、ルスティーチェさんに話してみる。俺の話を聞き終えたルスティーチェさんは、不機嫌そうに眉をひそめた。
「……ならお前は本当に、あの女のことを何も知らないのか?」
「知りませんよ。まともに話したのも、今日が初めてですし」
「もー! せっかく何か情報を掴めると思ったのに、どうしてこう上手くいかないんだ……!」
子どもみたいに、足をバタバタとさせるルスティーチェさん。……やっぱりちょっと、変わった人だ。
「でも、監視とか捜査とか、討伐者って意外と地味なことしてるんですね?」
「基本的に私たちは、表立って活動はできないからな。仕事のほとんどは、地味な捜査だよ」
「大変ですね」
「他人事のように言うな」
ルスティーチェさんが、ジト目でこちらを見つめる。……なんだか、嫌な予感が増してきた。
「……事情を聞かされたからって、俺は別に手伝ったりしませんよ? そんなことしてるほど、暇じゃないんで」
「そんなこと言える立場か? ……さっき言っただろ? ここ最近、この街を騒がせている不死者が3人いると。……そのうちの1人はお前だ、蒼井 進」
「……それ、本当ですか?」
確かにここ最近はいろいろあったが、街を騒がせてるなんて言われるほど、派手なことをしたつもりはない。ルスティーチェさんは首を傾げる俺を見て、真面目な顔で目を細める。
「惚けても無駄だ。お前はあの『鴉』を殺し、浅間 衣遠の血の世界を再現してみせた。上は今、お前の処遇を巡っててんやわんやしているぞ」
「……そんなことまで、知ってるんですね」
「浅間 衣遠は元より、要観察対象の1人だからな。その周囲には常に、監視の目が張り巡らされている」
「なるほど……それで貴女は、俺をどうするつもりなんですか?」
何が起きても対応できるよう、身体に力を入れる。……けれどルスティーチェさんは、幸せそうな表情でポテトを摘み、笑った。
「前にも言ったが、私はお前とことを構えるつもりはない。お前の背後には浅間 衣遠がいるからな。……まあ最も、私は強いから戦っても負けないけどね」
「けどねって……」
なんだか馬鹿らしくなって、身体から力を抜く。ルスティーチェさんは、近くを通った店員さんにルンルンでパフェを注文し、こちらに視線を向ける。
「上は、お前をどうするか判断に困っている。私としても、現状ではまだ無害なお前をどうにかするつもりはない。……志賀あたりはまあ……知らないけど」
「上官なら、ちゃんと手綱を握ってくださいよ」
「うるさいな。この国の連中はいくら手綱を握っても、食いちぎってすぐに勝手するんだよ! この国の討伐者は……ほんっとおーに、変な奴ばっかりだ」
「……大変ですね」
適当に笑って、空になったグラスに水を注ぐ。……とりあえず、今すぐどうこうとかはなさそうなので、安心した。
「そんな訳で私は、ちゃんと言うことを聞いてくれる部下が欲しいんだよ」
「そんなこと言われても、無理なものは無理です」
「本当にそれで、いいのか? 吸血鬼は、未だに街を徘徊している。表沙汰にはなっていないが、一昨日も被害者が出たばかりだ。お前が知ってる人間も、ターゲットになるかもしれないぞ?」
「……だとしても、無理ですよ。そもそも俺、戦いとかできませんし」
「嘘を吐くな。あの『鴉』を討伐したお前は、既に一戦級だ。……それにお前も、あの女のことが気になるのだろう?」
「あの女って、茜坂さんのことですか? ……別に、気になるってほどのことでもないんですけどね」
もし茜坂さんが本当に吸血鬼の真似事をして、夜な夜な人を襲って回っていたなら、俺にできることなんて何もない。……彼女がいくら助けを請うても、俺では彼女を救えない。
「……って、そうだ。街を騒がせてる不死者が、3人いるって言ってましたよね? 俺とその吸血鬼と、あと1人は誰なんです?」
「……ん? ああ、それはだな……」
そこでちょうど、さっきルスティーチェさんが頼んだパフェが運ばれてくる。ルスティーチェさんは、一瞬、子どもみたいに目を輝かせるが、すぐに真面目な表情に戻り、言う。
「『預言者』と呼称されている不死者が率いる団体がある。最初は新興宗教か何かだと思っていたが、実態がよく分からない。奴らは中々、尻尾を掴ませない。連中は我々討伐者の目を盗んで、陰でコソコソと活動していた……のだが、最近になってそれが活発化してきた」
「……それってもしかして、才能を開花させるとかいう噂の奴ですか?」
「知っているのか?」
「いや、ちょっと小耳に挟んだだけです」
「……まあいい。とにかく奴らは一般人を巻き込んで、何やら企んでいるようなのだ。実態はまだ掴めていないが、少なくない人数が奴らに取り込まれているのが分かっている。このまま放置はできない。だから──」
そこでルスティーチェさんの言葉を遮るように、彼女のスマホが着信を知らせる音を響かせる。ルスティーチェさんは面倒くさそうな表情で息を吐き、スマホを耳に当てる。
「……なんだ。今は取り込み中で──。……なに⁈ ……そうか、分かった。すぐに向かう。……くそっ、言ってるそばから勝手して……!」
ルスティーチェさんは一瞬、泣き出す前の子供のような顔をするが、すぐにいつものクールな表情に戻り、立ち上がる。
「もしかして、何かあったんですか……?」
そう問う俺に、ルスティーチェさんは苛立ちを噛み殺したような顔で、答える。
「志賀がまた勝手に、不死者と交戦しているようだ。私は今から、そちらに向かう。……お前は、どうする?」
「帰ります」
「……ここで私に恩を売っておいた方が、得策だと思うが?」
「いや、あの人形使いと会ったら、絶対また襲われるじゃないですか。嫌ですよ、俺は──」
「志賀の交戦相手は、白髪の少女らしいぞ?」
「────」
一瞬、頭が真っ白になる。
「……どうする?」
試すような視線でこちらを見るルスティーチェさんに、俺は大きく息を吐いてから言った。
「分かりました、行きますよ」
最後に残ったブロッコリーを飲み込んで、2人して店を出る。
「……雨降る前に、帰りたいな」
ふと見上げた空は分厚い雲に覆われていて、青い空は見えなかった。
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