第28話 才能
「明日、か……」
八坂先生から教えてもらった茜坂さんのアカウントにメッセージを送ってみると、『明日、家に来てくれるなら会ってもいい』というメッセージと、彼女の家の住所が返ってきた。
「なんか無防備な子だな……」
明日は休みで別に予定もないが、いきなりよく知らな女の子の家を訪ねるというのは、少し気が重い。……相手が不死者かもしれないなら、余計に。
「でも、八坂先生の言うことも気になるんだよな」
美が内包する醜。美しさしかない絵の欠点。俺も、美と醜の両方の側面がある絵が沢山あるのは知ってるし、そういう絵の美しさを理解できない訳ではない。
でもそれは、俺が目指す方向性ではない。
……そう思うがしかし、美が内包する醜という言葉が妙に引っかかる。別に、現実逃避をしているつもりはないが、それでも無意識に目を逸らしている何かがあるのかもしれない。
リビングのソファに寝転がりながら、そんなことをぼーっと考えていると、部屋の扉が開いて浅間さんが姿を現す。
「ただいま、蒼井くん。はいこれ、お土産」
「お帰り、お土産なんて珍しいね」
浅間さんに手渡された紙袋の中を確認する。中身は……鈴カステラだった。……なんで、鈴カステラ?
「というか浅間さん、今日も遅かったね? 前からよく夜とか出かけてるけど、あれって何してるの?」
「気になる? 心配しなくても、浮気なんてしてないよ」
「いや、そんな心配はしてないけど、もしかして……浅間さんのお母さんに、関係してるんじゃないかなって」
「……蒼井くんは、優しいね」
浅間さんは俺の隣に座って、「あー」と口を大きく開ける。一瞬、何してるんだ? と思ったが、すぐに何をして欲しいのか気がつき、可愛い口の中に鈴カステラを入れる。
「……んぐ、おいし。ほら、蒼井くんも、あーん」
「……ありがと」
なんだかちょっと恥ずかしいやりとりをしてから、浅間さんは言葉を続ける。
「この街はね、不死者の数が多いんだよ。だから当然、それを狩ることを目的とした討伐者の数も増える。街のどこかでは、毎日のように何かしらの揉め事が起こってる」
「それはやっぱり、浅間さんのお母さんがいるから?」
「……それがよく、分からないんだよね。あの人が裏で暗躍してるとは思うんだけど、なかなか尻尾を掴ませない。この街にいるのは分かってるのに、動きが見えてこない。だから私は、きな臭い噂が出回るとその現地に赴いて、いろいろ調べたりしてるんだよ」
そこでまた浅間さんはこちらを向いて、可愛らしい口を開ける。俺は紙袋から鈴カステラを取り出し、小さな口に放り込む。……何だか、ペットに餌をやってる気分になってきた。
俺は小さく息を吐いて、言う。
「どうせ夜は暇だし、俺も手伝おうか?」
「その必要はないよ。大抵は空振りだし、あんまり蒼井くんを討伐者に会わせたくはないから」
「……俺は別に、そんなの気にしないけど」
「私が気にするんだよ。この街の討伐者って、変なの多いから。志賀さん……あの人形使いも相当変な性格してたでしょ? ああいうのが、いっぱいいるんだよ」
「そう聞くと、確かにあんまり会いたくはないな……」
あの人形使いみたいなのが何人もいるなんて、想像するだけで気が滅入る。
「私は特別だから、そういうのと遭遇しても大抵はスルーされるし、もし戦闘になったとしても負けることはない。だから私は、1人でも問題ないんだよ。……今はこうして、出迎えてくれる人もいるしね」
浅間さんが笑う。やっぱりそれは、とても可愛らしい笑みだ。
「あ、でも、今日はちょっと面白い噂を聴いたんだよ」
「面白い噂?」
「そ。なんでも、眠った才能を開花させる占い師がいるんだって。笑っちゃうよね?」
「……また、胡散臭い話だな。そんなの……いや、もしかしてあの異界概念とかいう能力で、そういうこともできたりするの?」」
だとするなら、本当になんでもありだなと思ったが、浅間さんは首を横に振る。
「残念ながら、そんな都合のいいことはできない。異界概念は、基本的に自分と自分を構成する周りの世界を書き換える能力だから。他の世界を持つ他人を書き換えるなんてほとんど不可能に近いし、仮にできたとしてもすぐに効果がきれちゃう」
「でも、前のあのルカって鳥使いは、カラスを自由に操ってたと思うけど、ああいう風に人間を操ることはできないの?」
「できないことはないけど……才能を引き出すなんて器用な真似はできない。ルカはカラスを自分の世界に取り込んでいた。同じように誰かを自分の世界に取り込んで、言うことを聞かせることはできる。というか、そういう奴は実際いた。……でもそれは、死体を操ってるのと変わらない」
浅間さんは冷めた目で、綺麗な白い髪をなびかせる。俺は自分の口に鈴カステラを放り込んでから、言う。
「じゃあやっぱり、デタラメなんだ? 才能を開花させるなんて話は」
「デタラメだけど、そういうのを信じちゃう人はいつの時代も一定数いるんだよ。そして、そういう馬鹿な人間を集めて、何か変なことを企む連中も、ね」
「だからいろいろ、調べて回ってるんだね」
「そ。面倒だけど、放置もできないからね。……それに、悪いことばっかりじゃないし」
「そうなの?」
「うん。今日はこうして、美味しい鈴カステラの屋台、見つけられたでしょ?」
「あー」と口を開ける浅間さんに、また鈴カステラを食べさせてあげる。浅間さんは嬉しそうに笑って、俺の肩に頭を乗せる。
「あ、そうだ。実は俺もちょっと気になる話を聞いたんだけど……」
「気になること……?」
首を傾げる浅間さんに、八坂先生から聞いた茜坂さんのことを話してみる。俺の話を聞き終えた浅間さんは、真面目な顔で小さく頷いた。
「いいんじゃない? 気になるなら、行ってみれば。何かあれば私が助けに行くし、そもそも蒼井くんは強いからね。成り立ての不死者に負けることなんて、まずないと思うよ」
「……この前みたいに、浅間さんの世界を再現するのは無理かもしれないけどね」
「そんなことしなくても、蒼井くんなら大丈夫だよ。……それに、その茜坂って子が本当に成り立ての不死者なら、きっと誰かの助けを必要としてる」
「……だよね。やっぱりちょっと、行ってみるよ。茜坂さんがどんな絵を描くのかも気になるし」
別に茜坂さんと仲がよかった訳ではないが、それでも1人で放っておくのは可哀想だ。
俺がもし浅間さんと出会えてなくて、1人で不死者になっていたら、今頃どうなっていたのか……。なにも分からないまま、あの人形使いか他の討伐者に殺されていたか、それとも自暴自棄になって暴れ回っていたか。
どのみち、ろくなことにはなってなかっただろう。
「じゃあ明日、ちょっと行ってくるよ」
「うん。……美でも醜でも、私は蒼井くんが描く絵、楽しみにしてるから」
浅間さんは鈴カステラを頬張りながら、幸せそうに笑った。
◇
東山 蓮吾は、苛立っていた。
「……あんな絵、俺は認めねぇ」
進が顧問の八坂に茜坂の話を聞く数日前。蓮吾は1人、目的もなく夜の街を歩き回っていた。彼は美術部で噂されていた通り、家出をしていた……訳ではない。
蓮吾はテストが終わった直後から、憂さ晴らしをする為に、夜の街をうろついていた。それは、彼にしては珍しい行動だった。蓮吾は態度こそ粗暴ではあるが、夜遊びをするような性格ではない。
派手な赤茶色の髪も、乱暴な態度も、自分を守る為の防壁でしかなく、寧ろ彼は何の目的もなく遊び回るような連中を嫌悪していた。
「くそっ」
それでもこうして彼が夜の街をうろついているのは、家にいると進が描いたあの赤い夜空を思い出してしまうから。
テストが終わるまでは、テストのことだけ考えていればよかった。勉強をしていれば、余計なことを考えずに済む。……でも、テストが終わって家に帰ると、どうしても考えてしまう。
自分で進と勝負すると言い回ってしまった手前、今さら逃げるなんて真似はできない。でも、どれだけ頭を悩ませても、あの赤い夜を塗り潰すことができない。……勝てるイメージが湧かない。
──見たもの全てを黙らせる、圧倒的な美。
枯れる姿なんて想像もできない白い花と、決して明けることのない赤い夜。
これから先、10年絵を描き続けても……いや、100年絵を描き続けたとしても、到達できない極地。圧倒的な、才能の差。持って産まれた資質が、違いすぎる。
きっと、絵以外なら負けなかったのだろう。勉強も運動も、進より蓮吾の方が優秀だった。仮にもし2人が同じスポーツをしていたら、劣等感を覚えていたのは進の方だったかもしれない。
でも蓮吾は……進は、絵を選んでしまった。
「なんで、俺じゃねぇんだよ……」
蓮吾は苛立っていた。苦しんでいた。打ちのめされていた。……でも虚勢を張り続けてきた今の彼には、弱さを見せられるような友人も恋人もいない。家族にすら、弱い自分を見せることができなかった。
「でも、莉里華なら……いや、駄目だ。あいつにこんなダセェとこ、見せられる訳がねぇ」
蓮吾は泣きそうな顔で、首を横に振る。蓮吾は莉里華の前で弱さを見せることを、何より恐れていた。……それにもし、今の心境を莉里華に話したとしても、彼女は冷めた顔で「馬鹿じゃないの?」と言うだけで、励ますことも寄り添うこともしないだろう。
だから蓮吾は目的もなく、夜の街を歩き回る。それくらいしか、今の彼にできることはない。……そんな心の弱った少年は、彼らからすれば絶好の獲物だったのかもしれない。
「貴方、辛そうな顔をしてますね?」
そんな蓮吾に、1人の青年が声をかける。
「……誰だよ? お前」
不審そうに眉をひそめる蓮吾に、青年はあくまで優しげに……人の警戒心を緩めるような表情で言う。
「私は、しがない占い師です。もしよろしければ、私に貴方を占わせては頂けませんか? ……もちろん、お代は必要ありません」
その青年……衣遠と同じ白い綺麗な髪をした青年は、とても優しげな表情で笑った。
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