第13話

「私と、お友達になってもらえませんか……?」

「はい、喜んで!」

 初めてのお友達は、リア・トランという女性。

 背丈は私と同じ百四五センチくらいで、モリナーラ帝国出身。赤毛の三つ編みをした彼女は、モリナーラ帝国の王女様だ。

「……」

「……」

 双方に気まずい空気が流れる。

 友達作り初心者が集まったところで、話をどう振るのが正解かなんて分からない。故に今、相手の目も見ないで、ダンスを踊る人々を見る事しかできないのだ。

『……はぁ……』

 あのファーフにもため息をつかれてしまったし。

 どうしよう、ここからどうしたらいいんだろう。 何話したら仲良くなれるのかな、最初の話題は……。そ、そうだ!

「リア様、は、その……好きな物は何ですか?」

 何とか言葉を紡ぎ、まずは好きな物事を聞いてみることにした。

「あ、あの! 様、は付けなくて大丈夫、です! なので私も、クロエと呼んでも良いですか?」

 急に距離を詰めてくるリア。

 これはどう答えれば良いのか。仲良くなって損は無いけれど、いきなりそんなに距離を詰めても良いものか。僅かな時間で頭をフル回転させ、私はこう答える。

『い、いえ! 遠慮しておきま──』

「うむ、良いぞ! ワシは許す! 感謝するのじゃ!」

『ファーフ!!』

 隙をついて乗っ取られた。しかも私の口調を無視して、彼女自身の口調で。

 まずい。初めてできた友達が、一瞬にして消えてしまいそうだ。

「……わ、ありがとうございますっ! これで、私達は友だちですね!」

 反応が思っていたのと違った。リアは良い方向にに捉えているようだ。それでも、体の主導権は交代してもらわないと。礼儀作法も成っていないファーフに、この場を任せる訳にはいかない。しかも相手は一国の王女なのだから、尚のこと。

『ファーフ、返してください! 流石に社交界ではダメです!』

「ふん、まあ任せておけ。ワシに出来ぬことなど、何も無い!」

 腕を組み、得意げに言うファーフ。

 信用出来ないから、早く返してほしい。

「クロエは、その、風に当たりたくはないですか?」

 リアは遠回しに、この舞踏会を抜け出そうと言っているらしい。

 予想はしていたが、ファーフが断るわけもなく。


♦♦♦


 中庭を一望できるベランダには、私達とリアの二人だけ。魂は三つあるが、それは置いておこう。この景色と彼女を独占しているようで、なんだか贅沢だ。

「私、人混みが嫌いなんです。だからお兄様だけで行けば良いのに、私まで連れてこられちゃって」

 リアは愚痴をこぼし、冷たい夜に溜息を落とす。

 ファーフは意外にも、黙ってリアの愚痴を聞いていた。ベランダの柵に腰を掛け、足をぶらぶらと子供のように動かしながら。

「お兄様ったら酷いんですよ! 私を連れてくるだけ連れてきておいて、私を放っておくんですもの! ずっとそばにいるって約束してくれたのに!」

 相槌を打つファーフ。

 そしてリアを励ますつもりで、ファーフは声を発する。

「そうじゃなあ。ただ、貴様の兄者が居ないゆえに、ワシらは話す事が出来ておる。もしも兄者が常に引っ付いておったら、クロエとリアは友だちになんぞなれんかったと思うぞ」

 まともな事を言うファーフ。

 口調だけ私に似せて欲しいところなのだけど。

「……クロエは、その、あのサンドゥ公爵とワルツを踊っていましたよね。冷血大君と呼ばれたサンドゥ公爵を、どうやって躾けたのですか!」

 し、躾けた?

「それはもう大変じゃったのう……。ワシがおらんかったら、領民達は即刻死んでいたな」

 あるはずのない出来事を、さも経験してきたかのように話すファーフ。折角のお友達との会話が、最悪な形で交わってしまっている。

『嘘を教えないでください! 躾なんてしていません!』

 どれだけ私がそう訴えても、リアには届く事の無い声なのだけど。

「そうなんですね! じゃあ、クロエは英雄ですね!」

「ふふん、そうじゃろう、そうじゃろう!」

 だめだ、これ完全にやばいやつだ。

 ファーフは調子に乗って、変なことする気だ。分かる、私には分かってしまう。魔法とか使っちゃうつもりだ。

「リアよ。とっておきのものを見せてやろう!  人間共が拝むには千年早いじゃろうが、ワシの酔いが回っとるうちに、その目に焼き付けるんじゃな!」

 腰をかけていた柵から降り、中庭に向けて腕を差し出す。そしてファーフは手のひらに魔力を込め始めた。なんだか消費量が多い気がするのは、きっと気のせいではない。このままいくと、魔力が空っ欠になってしまいそうだ。

 というよりも、ここは魔法禁止の国なんですけど。

『ファーフ! 何する気ですか! ダメです捕まっちゃいます!』

「ふん、まあ見ておれ。まだ弟子にしか見せた事のない、最上級の魔法じゃからな」

『ファーフ!!』

 私の言葉は虚空に消え、ついに魔法を発動する時が来てしまった。何の魔法かは分からないけれど、ほんの少しの興味はあった。

「世界よ、幻想に呑ま──」

「おや、こんなところで何をしているんですか?」

 背中からしたのは、男性の声。

 ファーフの詠唱を遮り、こちらへと歩み寄る怪しげな人。背丈は高く、顔立ちもそこそこ。クリーム色をした長髪は、後ろにひとつ結んである。

「……貴様っ!」

 ファーフは魔法の発動を反射的にやめてしまい、謎の男性に怒りをぶつける。彼さえいなければ、私達はファーフの魔法を見れていたのに、と私も内心思ってしまった。

「おや? 貴方様は、あの暴君の奥様ではありませんか。クロエ夫人と……ああ、赤髪の美しき太陽、リア皇女殿下。これほどまでに高貴な方々が、こんな薄暗いベランダで一体何を?」

 宮殿の漏れ出る光は、長身の男によって遮断される。そもそも、本当に誰かわからない。世間知らずなだけかと思ったが、ふと横を見てみると、リアも困った顔をしていた。

『気をつけよ。奴とはなるべく関わらぬほうが良い。さっさと中へ逃げるんじゃ』

 いつの間にか交代してくれたファーフ。このタイミングで交代されても、どうしたらいいのか分からないだけなのだけど。

「……あなたはどなた? まずは名乗るのが礼儀ではなくて?」

 リアは、男に強くそう言った。すると男は、胸に手を当て浅くお辞儀を。

「これはこれは。申し遅れました。私の名はアイベック・ミネラドア。どうかアイベックとお呼びください」

 名を聞いたらすぐに思いつくはずなのに、本当に聞いたことのない名前をしていた。正体不明の男、アイベックは体を起こし、私を見下ろす。

 その一瞬、胸がざわりとした。まるで心臓を握り締められたかのように、ハッキリと嫌な予感がしたのだ。

「アイベックさん。私達は用がありますので、これにて失礼しますね。どうか素敵な夜にしてくださいませ」

 リアは私に見せたカーテシーを、より丁寧に行う。そしてすぐ元の体勢に戻れば、アイベックの横を通り過ぎて中へと入った。そうして私も、リアに続いて中へ入ろうとしたが、現実はそう簡単にはいかなかったらしい。

「……クロエ夫人。よろしければ、二人でお話しませんか?」

 旦那が居るのにも関わらず、二人きりで話そうと言ってきた無礼者。私は勿論受けるわけもなく。

「ごめんなさい。それは、できかねますわ」

 目も合わせず、私はアイベックを横切る。

 背中を刺されそうな気配を、気にしない振りをしながら。

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