第3話

 私は食堂室から自室に戻ってきた。それも早足で。

『恥ずかしがり屋で、弱虫。虐められて、何も出来ない。これではもう、ワシの計画も遂行できそうにないな』

「うぅっ……」

 二度の人生を経験してきたからには、ほんの少しの勇気はきっとあるのだろう。だけど発揮できなかったというだけ。現にお兄様が出てきた時、私は泣かなかった。それだけではなく、怖いという感情も薄れていた。

「ファーフ、その、ごめんなさい。あなたの行動を、無駄にしてしまって」

『……まあ良い。先の事は無かった事としよう。ワシも先走りしてすまなかったな』

 ファーフが意外と素直な子で助かった。もう少し意固地かと思っていたのに。

『……よし。では水に流して、計画を立てるとするぞ! 父親退治はその後じゃ!』

「そ、そうですね。まずは計画を立てましょう!」

 二度の転生を経て、分かったことがいくつかある。

 一つ目は、私は齢二十六になると、死ぬ可能性が高いということ。処刑された時も、あの人に殺された時も二十六歳の時だった。偶然かもしれないが、気を付けておくことに越したことはない。

 二つ目は、何者かが私の命を狙い、殺そうとしてくること。一度目の人生では、マリの死後、国が半壊状態になってしまう。ここで私は主犯に仕立て上げられ、処刑された。二度目では、この屋敷が襲われ、ほとんど全員が虐殺されてしまう。この時は婚約者の屋敷に居たため、私に被害はなかった。

 今世ではどうなるか分からないけれど、とりあえず綿密な計画を立てなければ。

「……ですが、魔塔に入るのは難しいのでは?」

『何を言うか貴様! あんな場所、ススーッと入れば良かろう!』

「私達フォンドゥ家は、魔塔との繋がりが深くあります。お父様なら魔塔に自由に出入りできますが、私は行ったことがないし、どうでしょう。それにトストイラ帝国では、魔法の使用が魔塔以外の人は禁止されています」

『ふむ、そうか。続けろ』

 かれこれ一時間の作戦会議が開かれていたが、全く作戦は決まらなかった。私とファーフの意見が、ほぼ真反対だったのだ。

 コンコン、とノックされた扉。私は一度作戦会議を中断し、ドア越しの相手に入るよう伝える。

「クロエお嬢様。公爵様がお呼びです。食堂室までお越しください」

「うっ……わ、分かりました……」

 一日に色んなことが起こりすぎじゃないですか。

 世にも珍しいフォンドゥ家会議は、唐突に行われる。大体議題は想像つくので、尚更行きたくない。


♦♦♦


「クロエ! 遅いぞ!」

 お兄様がたとお揃いの灰色の髪をして、鋭いナイフのような視線を私に投げるお父様のお叱りが、ドアを開けたと同時に飛んできた。

「ご、ごめんなさい」

 私は急いで着席する。勿論、三人とは離れた席に。

『貴様! 座る場所が間違えておる! さっさと体を寄越せ!』

 ファーフはそう怒ってくれているが、ここで交代する訳にはいかない。

「早速本題に入るが、皇帝陛下からお手紙が届いた。内容は、舞踏会についてだ」

 舞踏会? 

 それにしては早すぎる。あと一年後のはずだ。

 けれど、だとしても、今世こそは舞踏会に行ってみたい。

「それで、お父様。誰が行くか、という事でしょう?」

 今口を挟んだのは、私の姉。アネル・フォンドゥ。私を破滅に陥れた張本人だ。灰色の髪は腰まであり、派手なドレスで自分を飾っている。フォンドゥ家の瞳の色は青い色で統一されており、また彼女も然り。

「うむ。この家からは二人しか行かせられん。そこで、リアムとアネルを行かせようと思う」

 お父様は、私達にそう告げた。

 一度目はその結果を受け入れたが、二度目は流石に受け入れられなかった。なので何か行動をしてみるも、結果は失敗。舞踏会の日は、静かに本を読んでいた。

「あの、お父様、私も舞踏会に……」

「ふふっ! ドレスを新調しなくちゃ! ねえ、リアム?」

 私の意見は、お姉様の声で遮られた。

「……あ、ああ。そうだな」

 同調するお兄様。

 震える指先、もう少しで出そうな声、寒気のする空気。今の発言がどこの耳にも届かれていないことに、少し絶望した。

「それと、もう一枚手紙だ」

 お父様は、またしても淡々と内容を伝える。けれど、こんな事は初めてだ。いつもなら舞踏会の件だけで終わるのに。

「隣国のサンドゥ公爵からだ。年若い娘を一人、嫁に出せという内容だった。言いたい事は分かるな?」

 隣国の公爵、といえば、きっと彼。

 ルーク・サンドゥ。蛇の呪いを患うサンドゥ家に生まれた一人息子で、剣の天才。代々受け継がれてきた蛇の呪いは今まで抑えられてきたが、ルークの代で顕現してしまう。そしてその呪いは早い段階で発動し、彼は暴走してしまう。それによって私は殺され、領地は炎の海となる。

 それが前世の一部始終。私の婚約者の人生だ。

『な、なななんじゃあ! この胸の高鳴りはぁ!』

 実は、私はルークが好きだ。たとえ愛していないと言われても、私は彼を愛している。だから、また会えるのは奇跡であり、運命であるらしい。

「舞踏会は半年後、結婚式は二週間後だ。以上」

「まあ! 嬉しいわね! あの暴君の婚約者が、私の妹だなんて! お願いだから、あの呪いは、私にうつさないようにして頂戴ね?」

 アネルお姉様は、私に皮肉を放つ。

 彼がどれだけ苦しんでいるのかも知らないで、よくも言えたものだ、と言いたかったが、私にそんな勇気は無い。拳を強く握り締め、ぐっと我慢した。

 お父様は席を立ち、食堂室の出口に向かって歩き出す。それにつられて、リアムお兄様とアネルお姉様も動きだした。

「……姉者。そのふざけた口では、いつか誰かに食われてしまうぞ?」

 ファーフは、アネルお姉様にそう言った。丁度通り過ぎる時、お姉様にしか聞こえない程の声の大きさで。

「まあ、今、なんて?」

「なんでもないですよ、姉者」

 アネルお姉様は、まるで不気味な物を見ているかのような表情のまま、食堂室を後にした。そして私も続いて、その場を後にする。

『ありがとう、ファーフ』

「……ふん、貴様が弱いから悪いんじゃ」

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