弱虫令嬢は、最強魔法使いである

Ms.スミス

第1話

「……以上の事から、罪人クロエ・フォンドゥを斬首刑に処す」

 私は、冤罪により処刑された。

 罪名は国家反逆罪。姉の罪を被ったらしい。

 これが、私の一度目の人生の終わり。

 蔑まれ、人として見られなかった一度目。


 二度目の人生も呆気なかった。

 転生して驚いたけれど、前と変わるように精一杯努力した。ほんの少し勇気を出して、以前とは違う人生を歩めた。けれどやっぱり怖くて苦しくて、寒かった。

「……今までもこれからも、お前を愛すことは無いだろう」

 こう婚約者に告げられた時は、どんな顔してたっけ。

 勝手に愛した婚約者に首を斬られて、二度目の人生は齢二十六で幕を閉じた。



 そして目を覚ました三度目の人生。またしても転生してしまった。これ以上の命は要らないと、神に言ったはずなのに。


「……クロエお嬢様! お目覚めになられたのですね!」

 乳母でありメイドのマリは、私の手を握りながらそう言った。シワのある、暖かい手。優しさのこもった声色に、心の底から安心した。

 この光景も三度目だが、安心感は変わらない。

「……マリ、良かった。まだ、あなたがいるなんて」

 マリは私の事をずっと見守ってくれている、優しい人だ。本当の母のように想っている。

「何をおっしゃるんですか。私はずうっと、ここに居ますよ」

 朝の日差しは寒くとも、暖かい愛情があった。マリから得られる愛情は、私にとって特別なもの。本当の母親だと思って、私は彼女をとても信頼している。

「ではお嬢様、私は公爵様に報告して参りますね。しばらくしたら戻ってきますから、それまでどうか、安静に」

「ええ、分かった」

 報告する、なんて言っても、私が目を覚ましたところで喜ぶ人間なんて居ないだろうに。

 木製のドアが静かに閉められると、私は身体を起こし、グーっと背伸びをした。

 まだ十五歳なので、当たり前だが体はまだ小さかった。この頃の身長といえば、きっと百四十五センチくらいだろう。

 部屋は他の令嬢に比べると、質素なものだ。部屋はそこそこの大きさだが、私には全くもって見合わない。一応は公爵令嬢なので、この部屋を用意してもらっているだけ。それにしても、置物くらい置けば良いのに。どうせ出ていってしまうのだから変わらないのだけど。

 するといつものように、ノックもせずドアを勢いよく開けるメイドが登場した。

「おはようございます、お嬢様。病気が治ったと聞きましたので、お水を持ってきましたよ!」

 彼女はフルゥ。深い赤の髪色は、私の心を脅かせる。鋭い紅の瞳は、獲物を捕える猛獣のように、私を睨みつけた。

 差し出されたのは濁った水。これで顔を洗え、と言われているらしい。けれど今回こそ、私は抗ってみせる。

「えっと……水、汚いですよ。フルゥ」

 私がそう言うと、フルゥは煽り始める。

「ぷっ、なんですか? 威張ろうとしてるんですか? ま、いいです。早く洗ってくださいよ。ほら!」

 汚水の入った器が、私に向かって飛んできた。

「きゃぁっ!」

 愛情が消えた部屋には、ただ悪意だけが残っているらしい。

「あははははは! やっぱりその姿がお似合いですよ、クロエお嬢様」

 冷たい、怖い、寒い。

「あーははっ! どうかなされたんですか? 先程みたいに、反抗なされてはいかがですか?」

 悔しさ、苦しさ、恥という感情はもはや無くなってしまっていた。ただ絶望の二文字が、私を襲いかかってきた。

「ほら、早く謝ってくださいよ。『生まれてきてごめんなさい』、『ベッドを汚してごめんなさい』って!」

 その言葉、今まで何度聞いてきたことか。前世までの私だったら、すぐに謝り、泣いていたことでしょう。

「……やれやれ、最近の奴らは目覚ましに水を掛けるのか?」

 あれ、違う。これを言いたかんったんじゃないのに。私、こんな事をしたいわけじゃないのに。

「は? お嬢様、今なんて?」

 私は咄嗟に口元を手で抑える。けれどそれも無駄なようで、手が勝手に口元から離れていく。

「じゃーかーら、貴様らは寝起きに水を掛ける習慣があるのかと聞いたんじゃ」

 だめだ、全く身体が言うことを聞かない。まるで誰かに操られているみたいだ。私の口から、別の誰かが声を発している。声色は私、見た目も多分変わっていない。私が別人になったみたいだ。

「なんですお嬢様? 今度はその遊びですか? まだまだお子ちゃまなんですねえ。婚外子はやっぱり成長しないのかしら?」

「うるさい、黙れ」

 私はベッドを飛び出し、フルゥの目の前に立つ。 すると私の腕は、フルゥの首に目掛けて飛んでいく。

「がはっ! おじょ、う、さまっ!」

 フルゥは脚をばたばたとさせ、必死に抵抗している。

 まさかこの私が、力のない私が、人を片手で持ち上げられるなんて。感動している場合では無いのだが、今はこの勢いに身を任せてみるのもいいのかも。

「ほれほれどうした? 謝罪の言葉を聞いてやろう!」

「ご、めん、なさいっ! もう、しませんからっ!」

「……ふん、よろしい」

 私は腕の力を弱めると、重力に従ってフルゥは地面に落ちた。両手の手のひらを床に着き、彼女は荒く呼吸をする。私を涙目で見上げる彼女のこんな姿は、初めて見た。

「……はっ! ごめんなさい、フルゥ。大丈夫ですか?」

 身体の自由が戻ってきた私は、慌ててフルゥを慰める。背中をさすり、少しでも落ち着くようにと声をかける。

「も、申し訳ありません、でした。もう、二度とこんな真似は致しませ、ん。どうか、お許しください」

 フルゥは私に頭を垂れる。声も体も震えていて、怯えているのが伝わった。でも、私はどうしたらいいか分からない。

「えっと、フルゥ。私は大丈夫ですから……」

 私が混乱しているそのとき、自室の扉がゆっくりと開かれた。

「失礼します! おはようございます! お目覚めになられた……って、フルゥ?」

 見覚えのある顔、とは言っても、みんな覚えはあるのだけど。

 今入ってきた彼女の名前はアリアン・ロンド。この屋敷で私を主と認めてくれる、唯一のメイド。茶色の瞳と髪は、私の安心する色のひとつだ。

「あ! フルゥってば、ようやくお嬢様の素晴らしさが分かったのね! って、どこ行くのよ!」

 アリアンが話し終える前に、フルゥは立ち上がり、走って逃げて行ってしまった。

 私はまだ状況が掴めておらず、先刻の私の立ち振る舞いは何だったのか、理解出来ていない。

「お嬢様、フルゥに何をしたのです?」

「わ、私も分からないの……」

 苦笑いを浮かべる私は、汚れてしまった髪や服に視線をやる。

「わっ、お嬢様! 大変! フルゥにやられたのですね! 今すぐお着替えをお持ちします!」

 アリアンは話終えると共に部屋から走って出て行ってしまった。そしてまた、広々とした部屋に私一人になった。

「……どうしたんだろう、私」

『どうしたもこうしたも無い! この弱虫め!』

 誰かの罵倒が聞こえた。

「だ、誰?」

 私の脳内に響く声。それは全く知らない人の声がした。幼い女の子の声だ。

『全く、貴様はどうしてこうも弱いんじゃ。ふふん、ワシに感謝するんじゃな!』

 姿が見えないのに、声だけははっきり聞こえる。どういうことなのだろう。これも魔法とやらなのだろうか。

「ありがとう、ございます。えっと、あなたは誰なんですか?」

 私は誰もいない空間に質問を投げかけてみる。

『よくぞ聞いてくれた! ワシは魔塔の主! 竜種最後の生き残り! 名をファーフ! 貴様の身体に憑依する者じゃ!』

 元気よく自己紹介してくれたのはいいのだけれど、頭は理解しようとしていなかった。

「……え。えぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 なんだか今世は、始まったばかりにもかかわらず、嫌な予感がしてきた。



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