第2話
「つまりは、転生した私の身体に入ってきて、私は乗っ取られてしまう、ということですか?」
『その言い方だと、ワシが悪者みたいではないか!』
頭の中に響くのは他人の声。私の中に突如現れた見知らぬ人。ファーフという名の、自称魔塔主であるらしい。
ファーフには、私が三度目の人生だという事やこの先の情報などを大まかに伝えた。情報は大事ですから。
一度ファーフの話をまとめてみる。彼女は昔、何者かに封印され、長い眠りについしまった。封印を解こうとしたものの、失敗ばかり。そして魂だけが脱出でき、どうしてかは謎だが私の身体の中に魂だけが入ってきてしまったらしい。
分からない、という言葉しか思い浮かばない。
「うーん……。どうしましょうか」
『どうするもこうするもないじゃろう。ワシを封印した者を突き止め、殺すのじゃ。簡単じゃろう?』
「こ、殺すのはやめた方がいいと思います!」
『ワシはこの手で犯人を殺すまで、貴様の体の中におるつもりじゃからな!』
魔塔は、このトストイラ帝国と切っても切り離せない関係だ。各国の優れた精鋭を集め、こそこそ魔法の研究を進めている。こんな勝てそうもない相手に、喧嘩なんか売りに行きたくない。
しばらくして、三度のノックの後、ドアが開かれる。
「お嬢様。旦那様がたのお食事が終わりました」
「あ、はい。分かりました。すぐ行きますね」
メイドの報せをもらい、急いでドレスに着替える。先刻アリアンに持ってきてもらったドレスである。
『なんじゃ? やけに朝食が遅いと思うたら、貴様、仲間はずれにされておらぬか?』
ファーフは痛いところを突くなあ。もう慣れっこだけど、正直寂しいのは変わらないんだよね。
「ええ、まあ。お父様がそう仰るんですもの。従うしかありません」
『ふぅむ……』
とりあえず、着替えを済ませて朝食を頂きに行こう。
装飾の少ないドレスを選び、アリアンに手伝ってもらいながら着替えを済ます。今日のドレスは、白を基調としたドレスである。
さてと、食堂室へと向かおう。
♦♦♦
「ほれほれ! ワシの父親というのはどこのどいつじゃ!」
食堂室の扉を両手で勢いよく開けると、まだ少し幼い体でずかずかと入っていく私。ごめんなさい、恥ずかしいけど、止められないのです。
「く、クロエお嬢様……? 旦那様はもう書斎へ向かわれまし」
「そうかそうか! では書斎とは何処にある!」
食い気味で答えるファーフは、用意されてある朝食も食べず書斎へ向かう気だった。
『ちょ、ちょっと! 朝ごはんは大事です! お腹も減りましたし、頂きましょう!』
「ふむ、それもそうじゃな。では食うとしよう!」
私の説得が上手くいったらしい。
ファーフは用意されてある朝食の前に座ると、急に怒りだした。こんなに感情が忙しいのは初めてで、ちょっと面白い。
「……おい。ワシにこれを食えという者がおるのじゃな?」
沈黙を貫くメイド達。いつもと変わらぬ食事を出したら突然私が怒るのだから、きっと不思議に思いながら沈黙を続けているのだろう。
「ふうむ、名乗らぬのじゃな。ならば全員死ぬがよい!」
ファーフは腕を上に突き出す。その時、私の体内の何かが減っていくのに気が付いた。
『ファーフ! な、何するつもりですか!』
彼女の怒りは収まりそうにない。このまま厄介な事になりそうなのが怖いのだけど。
「おい、何事だ」
人よりも大きな足音を奏でながら、威圧感のある声を発したのは私の兄。名をリアム・フォンドゥという。私の金髪とは違い、灰色の髪を有している。けれど青い瞳はお揃いである。
「……ほう? 貴様がワシのお父様とやらか。ふん、大した事ないでは無いか」
「……クロエ?」
お兄様が来て、ファーフは腕を降ろして腰に手を当てる。挑発をするファーフは、私の体だということを忘れているのではないだろうか。
『ファーフ、彼は私のお兄様です! お父様ではありません!』
それと、訂正もしておかなければ。面倒な事になったのはそうたが、更に面倒なことになってしまうかもしれないから。
「ほう、そうか。ワシの兄者だったか! いやぁ、すまぬな! だが、貴様には用はない。とっとと帰れ」
「クロエ。熱が治ったとは聞いたが、どうしたんだ……?」
あーもう、どうしましょう! ややこしくなってしまったかも!
『ファーフ! 身体を返してください! これ以上はダメです!』
「ふふん、まあ任せよ。貴様を虐めた奴は皆殺しにしてやるから、待っているがよい!」
『ダメー!』
今度の説得は失敗。もう手遅れかもしれないが、本当に手遅れになる前に弁明しなければ。
「くろ、え、じゃったか? まあ良い。奴の兄者よ。お父様はどこじゃ?」
「お前、クロエは無事なのか?」
「クロエはワシであり、ワシはクロエ。ワシが無事なら、奴も無事じゃ。質問は以上か? ならさっさと書斎に案内せい」
ファーフの暴走は止まらない。転生して結末を変える、という点では良いかもしれないが、この後の私の人生がこれで大きく変わってしまったと考えると、良いのか悪いのか。
『ファーフ、身体を返してください!』
「執拗いのう。だが、貴様はこれで良いのか? 何もせず、ただ惨めに生きるだけで」
『そ、それは……』
何も言い返せなかった。二度の人生を歩んでも、自分は無力なのだと分からせられたのだから。
でももう、そんなのは嫌だ。お姉様に罪を被される事も、婚約者に殺されることも、それ以外の死に方も、全部嫌だ。
『全く、貴様は弱虫なんじゃから……って!』
「わっ、戻れた……? じゃなくて!」
何が起こったかは分からないが、体を動かす権利は私に渡ったらしい。
「一体何がどうなっている……。俺は悪夢でも見ているのか?」
頭を抱えるお兄様。
ここからどう言い訳をしたらいいのか分からないが、本当の事を言うしかない。
『ワシの事はあまり言いふらすな。もしも魔塔の奴に知られでもしたら、貴様が狙われてしまうからな』
なるほど、では嘘を言うしかない。でも嘘をつくのは苦手だから、バレてしまうのも時間の問題だとは思う。だけど、やるだけやってみよう。
「……ええっと、その、朝ご飯は、いらない、です……」
私は言い訳もせず、静かに食堂室から退いた。誰もがきょとんとしていたが、そんなのは気にしたら負けだ。次の人生に賭けよう。
「ファーフ……。私もう、生きていけません……」
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