第28話
あれからしばらく時間が経った。
ルークの体調も良好で、以前よりも活き活きとしているように感じる。
でも、私の中に鳴り響く崩壊の音は、時計の針が進むにつれて、大きくなってゆく。
それはどこかで聞こえなくなるのを願い、祈るばかり。
「あら、クロエ? 来たのね。来ないかと思っていたわ」
白髪、青い瞳、派手なドレス。
たしかにそこに、姉がいた。
豪華な庭園でティータイムに誘われ、仕方なく来てみたは良いものの、一瞬で素敵なものにはならないことを悟った。
「……夢のようです。お姉様とお茶会ができるなんて」
姉の隣の席しか空いていないので、仕方なく座ってあげた。
夫人や令嬢達が集まるこのお茶会に、無礼は許されない。姉も強くは出れないはずだ。けれど、やはり期待通りの姉だった。
「呪いの調子はどう? あ、レオナ令嬢もご存知ですか? サンドゥ公爵様の噂! ほんっと、怖いですわよねえ」
レオナと呼ばれた金髪の令嬢は、愛想笑いを浮かべる。
空気が凍るかと思いきや、一人の令嬢が口を開いた。
「それ、聞いたことありますわ。そんな人の夫人になるのは、誰にも自慢できませんわね。アネル様が心配ですわ」
口元を扇で隠し、緑の目を細めて私を見つめるサレヌア夫人。
それに便乗して、また一人、一人と口を開く。
「まあ、可哀想に……。近付きたくありませんわ……うつってしまいますもの」
「そもそも夫人、婚外子なのでしょう? そんな身分の方が、どうしてこのお茶会に?」
ルークだけではなく、私にも矛が向き始める。
「まあみなさん、落ち着いてくださらない? せっかく開いたお茶会が、楽しくなくなってしまいますわ」
姉はそう私を庇うように言うが、笑顔の下には真っ黒な悪意があるのを知っている。
私は涙を堪えながら、ドレスの裾を必死に握った。
「アネル様……! どれだけ寛容な方なのです! クロエ夫人が羨ましいです! クロエ夫人も、アネル様のご期待に答えてあげるのが筋というものでは?」
次々と刃物が飛んでくる中、必死にこらえる私が馬鹿らしくなってきた。
「……今日は、これで失礼します」
私は立ち上がり、令嬢達に背を向け、足を進める。
「あら、逃げるの? クロエ」
私を挑発する姉に、乗ってはいけない。
乗ってはいけないのに、立ち止まってしまった。
「……何が言いたいのです、お姉様」
「いやだわ、強く言わないで! 呪われそうで、怖いじゃない!」
頭痛がしてきた。
心の奥底でふつふつと湧き上がるこの感情は、怒りで間違いないだろう。
「ああ、そう! ひとつ思い出したわ!」
姉は続けて、こう言った。
「あなたの乳房、最近死んでたわよ」
それは他愛ない雑談をしているかのように、私に凶報を伝えた。
「それと、あなたに仕えてた茶髪の子も。名前は……アリアン、だったかしら。ムカついたから、殺してしまったわ!」
何も聞こえない、考えられない。
小さく笑う令嬢達。
流石にこれ、無理じゃない?
「……失礼、しますね」
私はこぼれそうな笑みを抑え、わかってしまわれないように歩み始めた。
なんだかどれも可笑しくて、愉快だった。
よかった。
これでようやく、理由ができた。
☆☆☆
「予言だ! 神のお告げが降りたぞ!」
「本当か! 六十年ぶりじゃねえか! 神父はなんと?」
「それが、緊急事態だとよ!」
忙しく駆け回る街の人々。
教会前に市民達が群がっていて、中に入りたくても入れない状況。
「す、すみませんっ! 通してくださいっ!」
私は人々をかき分けて、教会の入口を目指す。
「おい、早く予言を教えろ!」
「もしかして、世界の滅亡なんじゃねえか?」
「いやだわ、そんな! 縁起でもない事を言わないで!」
人々は焦り、パニックに陥っている。
彼らの機嫌を収めたいのは山々ですが、私にはやるべきことがありますので。
そして何とか扉の前に到着し、大きな木製の扉を押し開けた。
「……聖女様! これを!」
聖職者の男性は、私に予言の記された羊皮紙を渡す。
そこには赤文字でびっしりと書かれており、誰がどう見たって危険だということが理解出来た。
ふむふむ、どれどれ。私は目を凝らし、文字を読み解いた。
「……古の竜は復活した。魂を求める死神を主とし、厄災の波が押し寄せるであろう……?」
予言というのは大抵理解できないけれど、後になって理解できるものが多い。
ですが、今回は違うようですね。
「神父様は、なんて?」
私は羊皮紙を渡してくれた男性に問いかける。
私達聖職者は、神父様のご意向に従うまでですから。
「……世間に知らせる、と」
「なるほど。魔塔へのメッセージ、というところでしょうか」
教会は、魔塔に次いで大きな権力を持っていて、聖職者は王族よりも位が高い。
それくらい神の力は偉大、ということ。
「魔塔はこの予言を知れば、教会に協力せざるを得なくなる。何せ人類が危険に迫っていますからね。協力するという声明を出さなければ、市民からの怒りを買ってしまいます」
魔法、それにしても不思議。
このメルステナ王国では、認められてはいるものの、使うことはあまり良く思われていない。
便利だけど、怖いものです。
と、話を戻さなきゃ。
「私、一応魔塔に行ってみます。ここからはあまり遠くありませんし、直接行って話し合うのも悪くないかもしれません」
魔塔は怖いから行きたくないけれど、仕方がありません。
カレオス様には何度か会いましたが、やっぱりあの怖さは慣れません。
でも私の本当の目的は、もっと別の、単純なものなのですけれどね。
「あ、そうだ。忘れてました。私達は神父様に従うしかないので何も言えませんが、これだけ伝えてくれますか?」
「はい。なんなりと」
薄紅色の髪を肩まで伸ばし、散髪を考えている今日この頃。この調子だと、そんな事をする暇もなさそうですけれど。
髪色と同じ桃色の瞳を男性に向けて、柔らかく笑った。
「あなたが居なくても、もう大丈夫です、と!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます