第27話

「クロエ……」

「ルーク! ああ、良かった!」

 ベッドから上半身を起こしたルークに、私は一目散に駆け寄って抱きついた。

 どれだけ心配したと思っているのよ、なんて言いたかったけど、今はただ、無事なルークを抱くだけでいい。

 脱がされた上半身からは、生きている証拠である温もりを感じた。私はそれだけで、涙が出そうだった。

「はぁ、さっきはヒヤヒヤしたけど、クロエ様来たら急に落ち着いたね……」

「ま、完全に暴走しなかっただけマシだろ。してたら多分、俺ら死んでたな」

「こ、怖い事言わないでよぉ……」

 ネフィアとマグナスの会話を背景に、私はルークの黒髪を優しく撫でる。心臓の鼓動を聞かせながら、我が子のように、愛でるように。

『もうよいじゃろう。ほれ、本題に入れ』

 ファーフには、特別に代わってもらっていた。

 私が何をしでかすか分からないなんて言っているが、本当は信じてくれているのを知っている。

 それを逆手に取って、ということではなく、信頼に答えて行動せねばと思う。

「……コホン。公爵様、お体のほうは?」

 私はルークから離れて、カレオスの話に意識を向けた。

「ああ、大丈夫だ。感謝する」

 魔塔に連れてこられると、着飾った衣装は剥がされるらしい。

「ルーク、どうして言ってくれなかったのですか? 呪いが進んでいるのでしょう?」

 私は彼の紫の瞳を見て、そう問いかけた。

 だが、呪いという単語を聞いただけで、彼は目を逸らした。

「……お前には、関係ない。これは、俺自身の問題だ」

「あーもう! ルーク、あなたはどうしてこうも素直になれないのですか!」

 感情が昂って、つい大きな声を出してしまった。

 よし、ここまで来たら全部言ってしまおう。

「私、考えたんです。呪いを解くには、女の人の魂が必要なんですよね。あなたのためなら、この魂、いくらでも捨ててやりますよ」

 深呼吸を済ませた後、私はそう話した。

 本気だと目で訴えながら、彼の返事を待つ。

「……本当だったら、俺はお前を殺すつもりだった。呪いのために、犠牲になってもらおうと思っていた。だが、想定外だったな。女神と出会えるなら、先にそう言っておいて欲しかった」

 この人、皆の前でなんてことを!

 だがルークは私の気持ちなんて気にせず、そのまま淡々と話を続けた。

「俺はお前に死んでくれなんて頼むくらいなら、俺だって首を切って死んでやる」

 騎士としてのプライドや、男としての生き方を捨てる宣言をした彼の姿を見て、考え直すのも悪くないなと思った。

「ま、暴走してないなら良かったです。またなんかあったら、俺らを呼んでください。では」

 マグナスは突然、私達に背を向け、その場を後にする。

「あ、マグナス! 待ってよお! では、私もこれで! あとはどうぞごゆっくり!」

 それにつられてネフィアも駆け出した。

 カレオスはいつの間にか居なくなっていたようだ。音も無く消えていたので、気づかなかった。というか、いつからだろう。

「……質問しても?」

「ああ」

「どうして助けに来てくれたんですか? 私はあの夜、何の声も出さずに消えました。私が家出したんだと、疑わなかったのですか?」

 そう、あの日。私がカレオスに連れ去られた日。

 私は悲鳴を上げず、霧のように消えた。

 ルークは私が誘拐されたと考えるどころか、夜逃げしたと考えるのが妥当だろう。

 なにか証拠でもあったのだろうか。

「お前の机の上に、魔塔の印が記された置き手紙があったんだ。まあ、すぐ燃やしてやったがな」

「あはは……そうでしょうね……」

 なんだ、カレオスってば、結構優しいじゃん。

 私は、左右違う色の瞳に、冷たさと慈愛を宿しているのに気付いていた。

 左の赤い瞳には、情熱に満ちた冷たさを。左の金色の瞳には、人類を見守る月のような慈愛を。

 その魅力的な瞳を思い浮かべながら、思わず笑みをこぼす。

 再びルークと会うことを許してくれたカレオスに、心の底から、最大の感謝を。

「……あの男とは、どういう関係なんだ?」

 ルークは沈黙を破り、私に質問を。

 関係、と言われると、どう答えるのが正解なのか分からない。

 師弟関係、ただの知り合い、もしくは友人。それとも兄弟子だと紹介すれば良いのか。

 私は一瞬のうちに思考を回した結果、ルークにはこう紹介した。

「ただの友人ですよ。たまたま共通の知人が居たんです」

 これ以上詳しいことを言うとややこしくなりそうなので、ここで止めておく。

 けれどもルークは不満そうに眉をひそめ、目をそらした。

「……違うだろう。クロエ、本当の事を言ってくれ。お前は俺を知ってるくせに、俺はお前をなにも知らないんだ」

 それは虚しい、とも。

「ああ、そんな。ルーク、ごめんなさい。私は知らず知らずのうちに、あなたを傷つけてしまったのですね」

 痛むのは、目に見えない心臓。

 まるでルークの手によって潰されているかのような、息苦しさが私を襲う。

 呼吸を忘れてしまったのか、それともただ、息を吸うことを許されていないのか。

 それでも私は、体に空気をめいっぱい取り込んだ。

「はい、ええ。本当の事を言いましょう。カレオスさんとの関係は、とても複雑なものです。簡潔に言うと、私の弟子であり、兄弟子でもあります」

 この説明の仕方で合っている、はず。

 彼はさらに深刻そうな顔をしながら、私を見つめる。嘘だ、虚言だと責めることなく、それは本当かと問いたそうにしていた。

「どういう事だ? 全く理解できないんだが……」

 これに関しては理解してくれない方が有難い。

 魔法使いだとバレてしまえば、離婚の危機に陥るかも。それだけは避けなければ。

「つ、つまり! その、なんというか……」

「……魔法使い、ということか?」

 あ、まずい。

 私の鼓動の音が止まった。

 さっきの息苦しさとはまた違った、呼吸のしづらさが私を苦しめた。

「……あ」

 言わなければ。ここまで来たら、言わざるを得ない。

 そもそもの話。魔塔なんかに居るのだから、そう疑うのも無理はない。隠し通そうとしている私の方がおかしいのかもしれない。

 でも、怖い。

「魔法使いなんだろう? 正直言うと、薄々気付いていた」

 どうしよう。

 何か、言わなきゃ。否定しなきゃ。

「……もし、私が魔法使いなら、どうしますか?」

「どうもしない。俺が愛する女性だということに変わりはないからな」

 ルークはさらに続ける。

「むしろ、誇らしい」

 よかった。

 愛する人は、私が求めている言葉を全てくれる。

 報いなければ。私が助けてあげなければ。

 使命感で溢れた胸の内は、鋭い牙へと変わってゆく。

 

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