第26話
誰も止めないで。
そう願ったところで、叶うはずがなかった。
「……っ! 何してるんですか、夫人……!」
またしてもカレオスに守られてしまった。
今ここで私が死ねば、ルークは次の女性を殺せる。
早く、早く死ななければ。
「いいんです。カレオスさん。私は生きる価値を見出しただけで、生きていていい、というわけではありませんから」
私は目を伏せ、そう語った。
三度目の死があるなら、四度目の死がある。四度目があるなら、五度目も。だけどもし、これが最後だったならば。
「……誰かのためになるのなら、いつ死んでもいい。それがルークのためになるなら、尚更の事」
今まで、誰かのために死んだことはあるだろうか。いや、ない。私がルークの役に立つのなら、どうなったって構わない。
「……交代じゃ。このまま預けておったら、流石にマズイ事になってしまうからのう」
ファーフは強制的に私を内に閉じ込めた。
ダメだ。これは私の人生なんだから。
全ては私が決めないと。
『やめてよ、ファーフ……。なら、私はどうしたら良いの?』
「……はぁ。ネガティブな人間を見るだけで、こっちまでネガティブになってくるわい」
割れた花瓶を、更に素足で粉々にするファーフ。
今は痛みを感じなくても、戻ればちくちくするんだろうな。
「師匠、ええっと、この方が、あの?」
「そう。今変わった彼女こそ、僕の師匠だ」
ネフィアはファーフを指さしながら、困った表情を見せた。
そうか、マグナスとネフィアには説明していなかった。だが、大方理解はしてそうだ。
『返して、ファーフ』
「ダメじゃ。貴様が死ぬことは、ワシが許さん。それに、ルークも望んでおらんじゃろう」
元々私なんか、ただの生贄でしかなかったのに、愛されたいと求めてしまったのだから、責任は取るべきだと思う。
誰にも止められたくない、こうする以外、手段は無いのだ。
「そうです、クロエ様。あなたが死ぬ必要なんか、ないんです! だからといって、私は死にたくないのですけれど……。あ、なら! 魔塔の人間を使いましょう!」
「お前はたまにすごい提案をするね、ネフィア。兎にも角にも、まずは公爵様が起きるのを待たないと」
手を汚すのはいけない。そんなのは分かってる。
でも、自分でも怖いくらいの案が、思いついてしまうのはどうしてだろう。死にたくないと、心の底では思っているのだろうか。
「マグナス、他にもないのか? 命を犠牲にしない方法は?」
「……ありません。万能薬でもない限り、永遠に治ることはない。そもそも蛇の呪いは特殊なんです。これは憎悪の塊みたいなもの。恨みや無念などの負の感情から成される呪いというのは、大体魂が関係する。きっとルーク様の先代は、相当な事をしたのでしょうね。復讐心が強く出ています」
丁寧に説明するマグナスの言葉は、何も私の頭に入ってこなかった。
私のやるべき事はとっくに決まっているのに、他の選択肢が出てきても困るのだろう。そう脳が、訴えている気がする。
「そうか、万能薬があったか。たしかにそれなら、公爵様の呪いを解けるかもしれませんね」
「やったー! 平和解決ぅ!」
ネフィアとカレオスは喜んでいるが、なんだかファーフの態度が気になる。
ファーフ、隠し事してるな。これ。
「あ、あのじゃな! 万能薬が本当に効くかなんて分からんじゃろう! それに滅多に手に入らぬし、なかなか難しいのではなかろうか……」
話をするにつれて小さくなっていくファーフの声は、自信のなさが感じられた。というよりも、絶対なにか悪い報せがあるに違いない。期待するのはやめておこう。
「それならご安心を、師匠。魔塔には幾つか保管してあったはずです」
カレオスは、有能さを伝えるために間髪入れずにフォローを入れる。
冷や汗をかいてるファーフに大きくため息をつきながら、私は次の言の葉を待った。
「こんな事は言いたくないが……その……な、無いんじゃよ……」
みんなが思考を停止した。
加えてファーフはもう一つ爆弾を落とした。
「昔、全部ワシに使ってもうたんじゃ……」
「師匠、使用用途は?」
「……胃腸が荒れておったから」
なにしてんですか、このばか竜種!
「わかったわかった! すまんかったからその侮辱するような目はやめんか!! 悪意はなかったんじゃ!」
万能薬はどんな病や呪いにも効くので万能薬と呼ばれている。
なのにこのばかファーフは、一瞬で治まるであろう胃の問題を、自分の都合で使ってしまった!
『あーもう、ファーフってば、大事な時にどうしてこうも……! 最低です!!』
「ま、まあ! 万能薬くらいなら、作れるのか……も?」
ネフィアが必死の助け舟をファーフに渡すが、ファーフはそれを沈ませるような発言をも行った。
「万能薬は、ドラゴンの鱗が必要じゃ! じゃからつまり、その……」
誰も何も言えなくなってしまった。
責める気力も出てこなければ、がっかりする程の期待をしていなかった。
『……そうなると、私が死んでルークが他の女を殺すか、私が女を全員殺すかの二択ですね』
「く、クロエに手を汚させるわけにはいかんじゃろう……」
「マグナスー! どうしようー!! このままだと、最悪な展開しか待ち受けてないんじゃないかなあ!」
少女の甲高い声が室内に響いたところで、部屋のどこからか、リンリン、という軽快なベルの音が鳴った。
『今の、なんですか?』
「合図じゃよ。ルークが起きたという、報せの鐘じゃ」
ルークの意識が戻った、なんて。
ならば早くファーフと体を交代して、ルークのところに行かなければ。
「師匠!」
「ああ。二人とも、警戒して行きなさい」
カレオスの一声で、桃色の少女と紺色の少年は部屋から駆けて出た。
私達も早く行こう。
「だーめーじゃ。これはお仕置じゃ。自殺するなどという面白味もない事を言った、罰じゃ」
『そ、そんな、酷いです!』
「しかたなし。さあほれカレオス。ワシらを連れて行け!」
「御意に、師匠」
カレオスの後に続いて、私達も部屋を出た。
散らかしてしまってごめんなさい、という謝罪の気持ちを残して。
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