第25話
私達は魔塔内にある、カレオスの執務室に移動した。
話し合いを行うとなると、うるさくてルークを起こしてしまうかもしれないから。
「夫人。紹介が遅れましたね。こちらは僕の弟子、ネフィアとマグナスです」
白髪の魔塔主は、ローブを着飾り、フードを深く被った二人の魔法使いを紹介してくれた。
二人は主の言葉を聞き終えた後、フードを外す。
そこには可愛らしい女の子と、キリッとした目の男の子が居た。
女の子は桃色の髪をしていて、くるりと巻かれたツインテール。瞳も髪色と似ていて、おっとりとして優しそうな雰囲気だった。
男の子は、紺色の髪をしていて、瞳も黒色に近い紺色。つり目は彼の特徴で、身長もカレオスより少し小さい。なんだか怖そうだと思った。
二人は多分まだ子供だろう。背丈は成長途中という感じがするし、体つきも大人とは言い難かった。
「初めまして、クロエ様! 私はネフィアです。どうぞよろしくお願いしますね!」
「俺はマグナスです。よろしく」
二人は軽い自己紹介をしてくれた。
「初めまして、二人とも。クロエ・サンドゥと申しますわ。どうぞよろしく」
愛想良く、子供とはいえ丁寧に。ネグリジェで申し訳ないけれど、カーテシーも忘れずに。
「クロエ様! 遠くからは拝見しましたが、近くで見るともっと綺麗! ねえねえクロエ様、お友達になりませんか!」
この子、凄くグイグイくる。
なんて陽気な子なのだろう。ネフィアは、私の第一印象とはかけ離れた存在だった。
『元気じゃのう。てかカレオス貴様、いつの間に弟子を?』
「つい最近ですよ。僕もこの子達を拾ったんです」
雑談はさておいて、本題に入らなければ。
「……あの、ルークはどうなったのですか?」
「今はぐっすり寝ています! さっきまでの苦しそうな呼吸はもう収まりましたよ! ですからご安心を!」
ネフィアはえっへん、と腰に手を当て、やってやったぞとアピールした。
「ネフィアは神聖力の使い手なんです。ですから公爵様の呪いは、少しは弱まったと思いますよ」
神聖力を使える人はとても珍しい。
神父や、神父から力を引き継いだ者にしか使えない、非凡な人間ということを表せる魔法だ。
神聖力は闇魔法にめっぽう強く、如何なる闇をも通さないという、正しく神の魔法である。
そんな人間がカレオスの弟子であるのは、とても有難くて幸運な事だろう。
「そ、そうなんですか! では……ではルークの呪いも解けるのですか?」
私は期待を込めて、ネフィアに問いかけた。
「んー、まだ分かりません。神聖力で治せるのなら良いのですが、さっきのは一旦収まっただけ。それに私、呪いとかにはめっぽう弱くて……」
ネフィアは、申し訳なさそうにそう言った。
『ふむ。神聖力か。そんな奴、どこで拾ったんじゃか』
考えてみるも、一向に解決策が思いつかない。
すると、ずっと喋らなかったマグナスが口を開いた。
「……蛇の呪いを解くには、魂が必要だったはずです。一人だけではなく、それもたくさんの」
『具体的には、女の、じゃな』
ファーフはマグナスに付け足しをした。
マグナスの情報量も凄いが、何よりも、ファーフに一番引っかかった。
もしかしてこの竜、前から知っていたのでは。
「ファーフ、知っていたのならなんで教えてくれなかったんですか……?」
『ワシは全知全能、最強無欠のファフニールじゃぞ? そんなワシが、貴様のお手伝いばかりしていては人生つまらぬじゃろうが! 己の力で答えに辿り着いてこそ、面白いというものじゃ!』
蛇の呪いについて、文献を読み漁っていた時期があった。だが今の一瞬で、それらはほら吹きによって書かれた本だと判明した。
数年間を返してほしいのだけど。
「マグナスさんは博識ですね。他にも、呪いについての情報はありますか?」
マグナスは唸りながら、腕を組んで考えていた。
怖そうなマグナスは、意外にも協力的で助かった。
「んー……。あ、でも、呪いの紋様は薄くなってたかも。ネフィアの神聖力が効いてたのかは分からないけど、もしかして、前から……」
言葉を濁すマグナスだが、案外私にも察しがついてしまった。
暴君、冷血大君、様々な悪名が轟いていた。
佇まいは氷の如く、彼の女となれば首が飛ぶ。
成程。次は私のはずだったんだ。
「まあ、そうでしょうね。公爵様は、呪いの解き方についてご存知だったのでしょう」
私が愛してしまったから、愛されてしまったから、呪いが治ることはなかったんだ。
『クロエ、貴様が考えていることが手に取るようにわかってしまうんじゃが、それはいけない。自分でも分かっておるじゃろう?』
やはり、聡明なファフニール様はお見通しだったらしい。
どう足掻いても幸せな未来が掴めないことが確定した今、私は魂を差し出すしかないだろう。
私が死ぬか、私以外が死ぬか。
そんなの前者に決まってる。考えるまでもない。
「……どうやったら、どうやったら良いのですか? 首を吊る? 飛び降りる? それとも、彼自身に殺されれば良いのですか?」
ああダメだ、悪いことしか考えられなくなってきた。
カレオスの紅色と金色の瞳は、私を同情した。
ネフィアの薄紅色の瞳は、私を案じた。
マグナスの深海のような瞳は、私を焦らせた。
「クロエ様……。ね、ねえ。他の方法はないの? そんな物騒なやつじゃなくてさ、神聖力とか使えない、かな?」
ネフィアはなんとかして明るくしようとするが、それはすぐにマグナスに折られてしまっていた。
「それは出来ない。一時的に弱まらせる事は出来るかもしれないが、根を絶つには、人間の魂が必要だ」
「そ、そんなぁ! それは、ダメだよ! ほら、本当は魂なんて必要なかったり……しない?」
「しない。証拠に、蛇の呪いの紋章が薄くなっている。いくらかの魂が吸収済みなんだろうな」
マグナスのおかげで、やることが分かってきた。
ルークを守る、絶対に死なせない。この思いが段々と強く、重くなってきた。
『……クロエ』
この世には、必要な人間と、要らない人間がいる。
『クロエ』
それを言ったのは、ファーフでしょう?
『クロエ!』
私は魔法を使い、近くに置いてあった花瓶を浮かせる。
「……夫人、何を」
その花瓶は、私に向かって一直線に飛んできた。
私の頭を目掛けて、勢いよく。
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