第24話

 私の王子様は、普段の冷静さとは打って変わって、荒々しい登場を決めた。

「ルーク! 来てくれたんですか!」

 私は急いでベッドから降り、彼の元へと駆け寄った。

「はぁ……。修理して帰ってくださいね……」

 私は足の裏を刺激する破片たちなんか気にせず、ルークに抱きついた。

「クロエ、良かった……。無事だったか」

 ルークの紫の瞳は、私を認識し、安堵の表情を見せた。

「……どうして此処が分かったのですか。公爵様?」

「黙れ誘拐犯。今ここでお前を殺してやる」

 喧嘩になりそうな予感。

 ルークは私の一歩前に出ると、鞘から剣を抜いた。おそらく、ここで殺し合いを始めるつもりだろう。

「おやおや、怖いですね。冷静沈着な暴君には、落ち着くことをお勧めします。僕が彼女に危害を加えたとでも? まさか、そんな事は絶対にありませんよ」

 いや、加えられたに等しいような……。

 だけど、あれは全部夢だったわけだから、嘘ではないのかもしれない。トラウマは植え付けられたけれど。

「ルーク、ほら見て。私は何もされていないわ。だから、大丈夫です」

 このままだと、大変な騒動になりそうなので、私もカレオスに加勢してあげた。

「……だが、俺はお前を許さない。魔塔主であろうと、誰であろうと、この手でいつか殺してやる」

「誘拐してしまったことは謝ります。夫人にも謝ったようにね。ですがもう、僕達は仲良くなりましたよ。あなたとは違い、たった数日で」

「……今すぐ死にたいか?」

「おや、図星でしたか。夫婦仲を良くする方法を教えてあげましょう。何度も言いますが、冷静さを保つ事です」

 カレオスの口角が若干上がっているのが見える。

 多分、煽るのを楽しんでいるのだろう。

「す、ストップです! 二人とも! カレオスも挑発するようなことはやめてください!」

 私は流石に止めた。

 そして冷戦が始まった。彼らの間では、火花散らす駆け引きが行われていたのは気にせずにいこう。

「僕はとある用があって預かっていただけです。ですがもう解決したので、どうぞ、夫人を持ち帰っていただいて結構です」

 私を物みたいな扱いをしたカレオスに、少し怒りを覚えたのは置いておこう。

 さあ、はやくこの場から離れないと。

「ルーク、さあ、帰りましょう。私達の家……ルーク? 大丈夫ですか?」

 目の前の騎士が突然、剣を手放した。

 それは意図的ではなく、力が抜けてしまって、落としてしまったという表現が近いだろう。

 そしてルークの呼吸は荒くなり、膝から崩れ落ちた。

「はぁっ、はぁ……だ、大丈夫……だ。心配するな……」

 そんな事言いながらも、彼の呼吸は早くなっていった。

『……呪いじゃ。奴の体の中におる呪いが、暴走しかけておるな』

 呪い、ああ、そうだった。

 蛇の呪いは、あと四年後だった。

 まだ時間はあると思い、放置していたのは私の失態だった。

 あの幸せな空間に浸りすぎていた。慢心しすぎていた。

「……ねえ、大丈夫、なんですか?」

「はぁ、はぁっ……! いつもの事だ……気に、するなっ……」

 私は頭が混乱した。

 こんなところでルークを失ってしまうのかと考えると、怖くて、おかしくなりそうだ。

 どうしたら、こういう時は、どうしたら良いのだろう。

「噂には聞いていましたが、まさか本当に……。魔塔の者を呼びましょう。少しは鎮静化できるかもしれません」

『この症状じゃ死にはせんよ。まだ序の口じゃろう。もうそろそろ気絶する頃じゃろうがな』

 ファーフに言われた通り、ルークは限界が来てしまったようで、床に倒れてしまった。

 死なないというのは信じるしかないが、私には信じられる冷静さが今、この場には存在しなかった。

「ルーク、ルークっ!!」

 ああどうしよう。どうしましょう!

「ネフィア。マグナス! 公爵様を魔塔へ運べ!」

 カレオスは怒鳴るように誰かに命令すると、ルークはいつの間にやら目の前から消えていた。

「カレオス、一体何を……?」

「ご安心を。魔塔へ送っただけです。教会よりかは安全です。それに、僕の部下なら蛇の呪いを解けるかもしれません」

 もう、信じて待つしかない。

 私は泣く暇もなく、とりあえず頭を冷やす事に専念した。

『蛇の呪い、か。呪いの中でも、最も酷い苦痛を味わうという。カレオス、貴様が手伝ってやれ』

「師匠、それは、出来ないのです。僕は呪いに精通していないのです。オールラウンダーだったら良かったのですが、どうも呪術は苦手な傾向にありまして」

 崩壊した窓から突き抜けるは、馬鹿にしているかのような冷たい風。

 いや、私のために吹き抜けた風なのかも。

「ああ、ファーフ……。わ、私、どうしたら……!」

『阿呆。そんなの待つしかなかろう。奴の呪いがどれだけ侵食しとるか分からぬが、貴様が言うには、二十六歳の時だったのじゃろう?』

 私が二十六歳の時、ルークは蛇の呪いによって暴走してしまった。

 それによって私も、領民も、彼自身も滅んでしまった。

 今世は絶対にそんな事させないと誓ったのに、もう呪いが発症しているなんて。

「……まあ、おそらく大丈夫でしょう。僕の育てた優秀な子は、解析や呪術に長けています。戦闘や治癒が得意な子も居ますが、その子はまた別で活躍してもらいます。とりあえず、僕達も魔塔に移動しましょうか」

 ここはなんとカレオスの屋敷だったらしい。

 ひとまず早めに、転移魔法を発動してもらわなければ。

「夫人、僕の手を握って」

 私はカレオスの言う通り、しっかりと差し出された手を握った。

 そして次、私の真っ青な瞳を開けるとそこは、つい最近まで居た魔塔の中だった。

 やはり魔塔主の魔法は、滑らかで、感覚すらも置いていってしまうほどの技術であった。

「……あっ。ルーク……」

 私は騎士の鎧やら何やらを脱がされ、上半身が裸になっていたルークを見つけた。

 彼は綺麗なベッドで寝転がっているものの、悪夢にうなされている様子だった。

 私はゆっくりと彼の顔を覗き込む。まるで高熱を出した我が子を見ているようだ。

 彼の目にかかっていた黒い前髪を、人差し指で横に流してやる。

 ああ、愛しい。

 私は今日、必ず彼を守ると誓った。

 どんなことがあろうとも、私たちの幸せの邪魔をするものたちを、排除してやる。



 

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