第23話
『遠い過去の事。今で言う幻想種がまだいた頃の話じゃ』
☆☆☆
ワシはクロエにファーフと名乗っているが、本当の名はファフニール。
ワシは竜種の中でも一番若く、魔力も豊富な方であった。
竜種というのは、いわゆる最強。空と地上を支配していて、体も大きく、頑丈で、長命なゆえ、やりたい放題じゃった。
ある時、人間がワシの仲間を殺した。
それも一体だけではなく、何体も、何体もじゃ。
そしてとうとう、ワシの番になった。
「……人間よ、どうしてそんな真似をする? ワシら竜種が、それほど憎いか……?」
人間はこう言った。
「憎いわけじゃないさ。ただ、鱗は高価で売れるんだ」
ああ、困った。
こんなのになるまで、放置していたのか。
「……そうか。ふふ、そうかそうか! 所詮は貴様ら人間の玩具か!」
ワシは人間達を、骨の髄まで喰らってやった。
何度も何度も、ワシら竜種を滅ぼそうとする奴らを殺し、食べる。
自分から赴いた事もあった。
人間達の集落を見つけ、破壊する。これがワシにとって、同胞達の敵討に近かった。
人間達は、より強い武器を用いて、ワシを殺そうと全力を尽くした。
じゃが、ワシを倒すことは不可能に近かった。
数百年間、幾千もの血肉を喰らい尽くしたからじゃ。人間どもの養分を吸い取り、強くなっていった。
そうしてワシだけが残ってしまい、最後の竜種となってしまった。人間に危害を及ぼす邪悪な存在、邪竜と呼ばれるようになってしまうほど、竜種の権力は弱ってしまった。
そしてワシは命の危険を感じ取り、人間の姿に化けるようになった。
驚くべきことじゃが、人間達はワシが竜種だと気付かんかった。こんな間抜けな種族に、どうして滅ぼされなければならんのか不思議じゃった。
じゃが、全員が全員、という訳ではなかったらしいな。
ときに歓迎され、盃を交わし、営みを見守った。
ワシはいつの間にやら、人間の虜になっていた。
同胞達の恨みなんぞ気にせず、ワシは生を謳歌していた。
そして何百年かの月日が経った月夜の晩、とある男に魔塔に招待された。なんやかんやあって魔塔の主になったんじゃが、そこからも波乱の連続じゃった。
ワシの愛する人間達は、喧嘩なんてして欲しくない。じゃから、どの争い事も仲裁し、平和的解決を目指した。
でも、止められなかった。ワシ一人ではどうにも出来なかった。
ワシを信じていた民達は、信じながら死んだ。信じながら殺し、殺されていった。信頼に応えられなかったワシは、最低以外の何者でもなかった。
人間達は混乱し、ワシら魔塔を攻撃し始めた。本来の敵は国家なんじゃが、それすらも分からなくなってしまったのじゃろう。
魔塔の者達からも責められた。この騒ぎに便乗して、魔塔主の席を狙っとる奴もおった。名をマグドロミア。ワシの弟子であり、魔塔主の席を狙う人物達の中でも、最大の権力者。ワシは騒音をかき消すように、マグドロミアに仕えていた者を排除した。ほぼ全てをな。
マグドロミアだけを残したのが、ワシの最大の間違いであった。そのおかげで、封印されてしまったからな。
「師匠、いや、邪竜ファフニール。俺はお前よりも良い魔塔主になってやる。だから、ここで寝ていろ」
マグドロミアは、後ろからワシを襲撃した。顔を見る余裕もなく、ワシは魔道具の水晶玉に封印された。
そこからはカレオスの時代じゃ。
ワシはから語れるものは、それだけであるよ。
☆☆☆
ファーフは、自分の人生を良いものだと考えていなさそうだった。
寂しさを添えながら話すファーフの声が、私の心を酷く痛めた。
「……先程の質問に答えましょう。何故魔塔主に執着するのか、その理由は、もう一度だけ、平和を望むからです」
カレオスは静かに述べた。
続けてこうも言った。
「僕は、伝説を再び望む。あなたも見てみたいでしょう、夫人」
引き締まった空気の中、私は口を開こうとしたが、勇気が湧かず閉じてしまった。
肯定も、否定も出来ない。肯定すれば私の人生が魔法に溢れたものになるだろうが、ルークに会う時間が少なくなるだろう。だが否定すれば、ファーフの過去を悲観的だと嘆くのと同じだと感じる。
少しの間、倍の重力になったかのような空間で、過去のことを振り返っていた。
けどやはり、私は私の思うままに生きていたい。
ファーフに体を交代したままの人生だなんて、神様の意向に背くことになってしまうから。まあ、神様が私の味方だなんて言っていないし、そんな事はないと思うけれど。
「……ごめんなさい。ご期待に、添えなくて。私は、魔塔主にはなれません」
私は張り裂けそうな思いで、そう返事をした。
カレオスの艶やかな白髪は、どこか孤独に揺れた。
『カレオス。貴様のワシに対する期待は、あまりにも大きすぎる。時代というのは移り変わるもので、ただ単純に、ワシの出番はもうおしまいだというだけじゃ。それに、勝手に憑いたのはワシの方じゃしな。クロエの判断に従うべきじゃよ』
私の中にいる少女は、手が届きそうな平和を手放した。
「そう、ですか……。では仕方がありません。ここは身を引くべきタイミング。それに師匠本人に言われてしまっては、イエスと言うしかないでしょうし」
少女の弟子は、諦めがついたようだ。
申し訳ない気もするが、せっかくの人生なのだから、自分が好きなように生きていたい。
「夫人。改めて、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。少々手荒な真似をしてしまったことを、ここにお詫びします」
カレオスは椅子から立ち上がり、私に跪いた。
「いえ、大丈夫です。顔を上げてください。これから気をつければ良いのです」
これでカレオスとは、仲直り出来たと思う。
「あの、カレオスさん。カレオスさんはファーフの事しか気にしていないとは思いますが、私、クロエとも、お友達になってくださいませんか?」
きっとこれも何かの縁。
私はこの貴重な機会を無駄になんてしたくなかった。
でも本音を言えば、ただ友達が欲しかっただけ。
「友……ですか。ええ、勿論。僕でよければ」
カレオスは立つと、部屋の隅にある本棚に歩いた。
そして何かを探しながら、私との対話を続けた。
「僕は人付き合いが苦手でして、友と呼べる人は少ないのです。ですから夫人とお友達になれるというのは、とても光栄なんです」
『おうおう、ワシの弟子が仲良くするのは嬉しい! 仲が悪いのは、何も生まんからな!』
なんだか空間が一気に暖かくなった。
やっぱり平和が一番だ。
「では、夫人。ご迷惑をおかけしたお詫びに、サンドゥ邸まで送って差しあげます。明日の早朝に出ましょうか。それとも、今晩がよろしいですか……おや、結界が……」
なんだ、転移魔法ではないのか、とこっそり落胆した直後、カレオスは何かぼそりと呟いた。
「チッ……。どうやら夫人、僕の送迎は不要なようです」
どういう事だろう、と首を傾げてみたちょうどその時。
バリンッ!!
窓ガラスが男に突き破られ、破片が飛び散る。
私は驚きのあまり、なんの対処も出来なかった。
目の前で欠片たちが落ちてゆく。カレオスは恐らく、防御魔法を使ってくれているのだろう。透明な壁が私を守ってくれていた。
カレオスが居てくれなければ、私にガラスの破片が刺さってしまっていただろう。
それよりも、突然部屋に侵入してきた不届き者は一体誰なのだろう。
黒髪、見覚えのある体の輪郭、騎士の甲冑。
ああ、もしかして、いや、もしかしなくとも。
「……ルーク!!」
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