第22話
ああ、死んだ。
また、死んでしまった。
「……っ! はぁっ、は、ぁっ!」
「おや、目が覚めましたか」
私は勢いよく上半身を起こした。
上手く呼吸が出来ない。視界もぼやけて、ピントが合わない。
『カレオス、貴様、やりすぎじゃぞ』
「すみません。こうでもしないと、分かってくれないかと思いまして」
私は、一体、どうしたのだろう。
「……これは、夢?」
私は自分の頬を触ってみる。これで感触がなかったのなら、それは夢だと分かるから。
しっかりと皮膚を触っている、触られているという感覚があった。ならば夢ではないのだろう。
そうなると、私が白い狼達に食い殺されたのが夢なのだろうか。
「一体何がどうなって……というか、ここは?」
「これは現実です。そしてここは、僕の部屋です」
ようやく目の焦点が合ったかと思えば、言われた通り、見知らぬ部屋の壁が見えた。
窓を見てみると、外は既に暗かった。
というか、本当に何が起こったのか説明して欲しいところだ。
「……ファーフ、私はさっき、死んでいませんでしたか?」
私は痛みに苛まれる頭を抑えながら、今一番の問いを投げかけた。
『いや、貴様は実は死んでおらん。幻覚を見せられておっただけじゃ』
「げ、幻覚……ですか……」
私の頭は理解を嫌がり、耳は外界からの情報を拒絶した。
「すみません、夫人。あなたが僕をどれだけ攻撃したのかは分かりませんが、実際のところ、夫人は最初の光魔法を僕にぶつけた瞬間に気絶しました。そこから、あなたの幻覚はスタートしたのです」
光魔法をカレオスに放って、それを塞がれたのは覚えている。もちろん、それ以降の出来事も覚えている。
「あの光魔法は、初級魔法とは思えないほどに威力が高かったです。ええ、認めましょう。あなたの魔法使いとしての素質は十分にありました。きっと、あなたの魔力量も半端ではないのでしょうね」
カレオスは、口を塞ぐことなく、そう続けた。
だが、あれが幻覚だと言われても、五臓六腑が蠢くような感覚は、とても現実に近いものだった。あの痛みや、皮肉な空の明るさを忘れる事は、しばらく出来ないだろう。
『止めよと言ったのじゃが……ワシの弟子がすまぬな』
何も言う気が起きないが、何か言わないと始まらないのが現実。
彼の行いを批判するか、仕方なしと諦めて彼に従うか。当然の事ながら、私は前者を選ぶ。
「いきなり誘拐されたと思ったら、魔塔主になれだとか、あなたと戦えだとか、少し度が過ぎているのではありませんか? そもそもどうして魔塔主にこだわるのですか。ファーフはずっと、あなたの師匠だったではありませんか」
私は怒りに震えながら、精一杯の言葉を吐き出した。
体が熱い。ネグリジェのままなのに、夜風が肌を撫でることに気が付かなかった。
私はどうやら、とても興奮しているらしい。
「レディ、どうか落ち着いて。たしかに説明が無さすぎましたね。いいでしょう。あなたが知りたい事は何ですか? 隠すことなく教えてあげます」
怒りを通り越して、もはや呆れてきた。
私は大きく深呼吸をして体を冷やし、椅子に座っているカレオスの瞳を見ながらこう発言する。
「まず、謝ってください」
「は?」
『ほう』
空中の粒子達が、一斉に刃物に変わった。
「また先程みたいに痛い目に会わないと気が済まないようですね。夫人」
ああ、なんだか内臓が痛い。
「兎も角。謝ってください。早く」
「何で僕が?」
この男、とんでもない悪だ。きっと。
『カレオス。いい加減にせんか。他人に迷惑をかけたうえに、自分の過ちをも認めぬとは何事じゃ!』
なんと、ファーフが私の味方になってくれたとは。
てっきりファーフは、こういうトラブルには面倒くさがって口を挟まないものだと思っていた。
そしてしばらくの沈黙の末、カレオスはようやく口を開いた。
「……すみませんでした」
カレオスは目を逸らしながら謝罪した。
だが、それでは真摯な謝罪とは言えないのでは。
「もっと心を込めて、目を見て!」
「す、すみませんでした……!」
カレオスは眉を顰め、焦りながらもそう謝ってくれた。
仕方ない。上辺だけでも許してあげるとしよう。
「……まあ良いでしょう。それで、どうして魔塔主に執着するのですか? ファーフはそれほど乗り気ではないのに」
私は落ち着きを取り戻し、話を進めた。
「夫人には分からないでしょうが、僕の師匠は素晴らしい魔塔主だったのです。市民達に幸福を与え、迷える子を救い、世界に平和をもたらしていたのです」
カレオスは淡々と物語を紡ぐ。
そして私とファーフは、静かにそれを聞いていた。
「彼女は魔法の天才で、人間では成し得ない業を難なくこなす。か弱い少年は、尊敬するどころか、崇拝までしていたのです」
続けて、ああ、懐かしいな、と呟いた。
「僕達は人間ですから、争い事も当然起こります。ですが師匠は、どの争い事も穏便に解決し、命が犠牲になるなんてことは一切なかったのです。
ですがある日、世界中が戦争を始めました。人々は武力を行使し、弾圧し、何もかもを奪ったのです。師匠は国の王だったわけではありませんが、それと同じくらい信用されていて、責任もあったと思います」
『それで、人間達は平和を失い、ワシは信頼を失った』
ファーフはようやく喋った。
表情は分からないが、声色からして、悲しそうだった。
『ワシは平和を築きすぎた。余計なところまで手を回しすぎたんじゃ。赤子を檻から出さない事と同じじゃ』
守ってもらうのが当たり前という思考をしていた平民達にとって、戦争による死者が出たということはとてつもないショックだっただろう。
だがそれよりも心を痛めていたのは、紛れもなく魔塔主であるファーフだ。
「師匠、あなたのせいではないです。自分勝手な平民が悪いのです」
『よい。庇うな。干渉しすぎたワシのせいじゃ』
誰が敵で、誰が味方で、誰が悪いのか。
そんなの誰でもない、悪いわけがない。
それでも、縋るものが、責任を押し付ける事のできる人が欲しかったのだろう。
「そんなの……」
『……まあよいじゃろう。ワシの話なんざ、誰も聞きたがらぬ。過去なんて、振り返ったところで、やり直せるわけはない。無駄な労力、無駄な時間を浪費するだけじゃよ』
けれど、私は知りたいと思った。
これまでずっと一緒に過ごしてきて、守ってくれた彼女のことを。
「……ゆっくりでいいので、話してくれませんか? ファーフの事を、もっと深くわかりたいんです」
ファーフは黙るも、またすぐに言葉を放つ。
『……わっはっは! 貴様というやつは可愛いのう! そんなに言うなら仕方ない。聞かせてやろうかのう。じゃが、面白さは期待するなよ』
ファーフはそして、子供達に本を読み聞かせるように、優しく語り始めた。
『ではまず、ワシら竜種が居た時に遡ろう。それは、はるか昔なんじゃが──』
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