第21話

「これは正式な決闘です。レディを傷つけるのは些か抵抗がありますが、仕方ありません。本気でいかせていただきます」

 魔塔から少し離れた、ひらけた草原にやって来た私達。

 白髪の男は、私に向けてそう宣戦布告をした。

 私の下ろされた金色の髪は、爽やかな昼の風に靡かれる。

 本当に嫌だ。ファーフが乗り気なのも怖い。

『二人とも、出し惜しみはするでないぞ! それだとつまらぬからな!』

「ご安心を、師匠。実力を出す前に、決着はついていますよ」

 何も安心できないです。誰か助けて、こんな形で死にたくないです!

『まあそんなに構えるな。貴様の力なら、五分は持つじゃろ』

 そう言ってくれるのは有難いが、逃げる方法を探しているので静かにしてほしいところ。

 というかもう、戦うしかないのだろう。

「ネグリジェのまま、死にたくないです……」

 泣き出しそうな声で、私は降伏と思われてもおかしくない事を吐き出した。

 いいや、ここはやるしかない。私なら、大丈夫。よし、いける。頑張れ私!

「では、始めましょうか。そちらからどうぞ」

 完全に舐められているというのを感じながら、私は彼に従う。

「で、では、お言葉に甘えて……」

 私は手に魔力を込め、鋭く練った。

「──【閃光ライトアロー】!」

 そう言えば、私の背後には巨大な魔法陣が現れる。そしてその魔法陣から出てくるのは、矢を模した光魔法。数え切れない程の光の矢が、カレオスに向かって飛んでゆく。

「……なんと立派な。魔力消費を考えないのか?」

 彼は顔を顰めるも、私の魔法には動きひとつせず対処しきってしまった。

 カレオスには、強固なバリアが張ってあるらしい。そのバリアの魔法と同等か、それ以上の魔法ではないと壊せないらしい。

 私が今発動したのは初級魔法だ。魔力を持っていれば、誰でも使える魔法。なので弾かれてしまったらしい。数で押せると思ったのに。

 そして私は、続けて魔法を発動した。

「我が呼び声に応じ、蹂躙せよ!」

 私は召喚魔法を発動させ、何者かを指定せずに召喚する。

 すると目の前には、人間を一口で飲み込んでしまえるほどの大きさをした獅子が現れる。

 その獅子は、全身が黒く、瞳が炎のように赤い。それに加え、立派な漆黒の翼も兼ね備えていた。

 おそらく私は、シャルベーシャという魔物を召喚してしまったらしい。

 シャルベーシャは上級魔物であり、忠誠心が強いが攻撃的な性格をしている。一瞬で人間の頭を噛み砕き、その尖った爪で大空さえも裂いてしまうといわれている。

 何となくで召喚したが、かなりいい子を引き当てたらしい。この子に頑張ってもらうとする。

「シャルベーシャだと? 何故それほどの魔物が……っ!」

 黒き獅子は、カレオスに向かって突進する。カレオスは危険を察知したのか、地を蹴り大きく後退した。

 私はシャルベーシャがカレオスと戦っている間、かなり多めの魔力を練っていた。もしもこれが発動出来れば、私の勝利は確実だろう。

「純潔なる輝きを放て。【ホーリー・断罪コンビクション】」

 カレオスはシャルベーシャに、光魔法を放った。 シャルベーシャは上から降り注ぐ光線により、なんと一瞬で倒されてしまった。シャルベーシャは塵となって消え、何一つ残さずに消えてしまった。

「さあ、クロエさん。今度は僕の番ですねっ!」

 そう言ってカレオスは、雷魔法を発動させた。

 雷たちは、私に向かって一直線に飛んできた。どれも触ればたちまち感電死してしまいそうな強さだろう。

「【ダート・ウォール】!」

 私に到達する寸前に、すべて土で構成された壁を作る。そのおかげで、雷魔法は完全に防ぐことが出来た。

 先程練っていた魔法を少し使ってしまったが、何も問題は無い。

「【終焉ディマイズ・フレイム】」

 カレオスは休む間もなく攻撃してきた。それも最上級炎魔法だ。

 土の壁が崩れ、視界が晴れる。だがもう既に目の前には、地獄を体現したような大きな炎が迫っていた。

「……っ!」

 まずい、このままでは、炎に呑まれてしまう。

 相殺できるような水魔法が必要だ。だがそれを発動する前に、私は死ぬだろう。

 私は、体が固まってしまい、動く事が出来なかった。迫り来る炎を見つめ、ただ呆然と死を待つだけだった。

 熱気に気を取られ、立ち尽くす私を覆うのは業火、ではなかった。

「なに、これっ! げほっ、げほ!」

 何がどうなっているのか、さっぱりだ。

 だけどひとつ分かるのが、私は死んでいないということ。

 先の炎は、本物ではなく偽物だったらしい。それは魔法を模した煙で、体に害はないようだ。

 怪我はしていないかわりに、あまりにも視界が悪すぎた。煙で何も見えなくて、嗅覚や聴覚を頼りにするしかなかった。

 一刻も早く魔法を発動し、相手からの攻撃を防がなければならない。それは分かっている。だが、魔力が上手に練ることが出来ず、魔法を発動することさえ許されない空間に立たされていた。

 そして煙によってむせている間に、カレオスは魔獣を呼び出し、私を囲わせていた。

 白狼は、私という獲物を認識し、カレオスの合図で襲いに来るだろう。

 誰がなんと言おうと、これは私の負けだった。

「これで、あなたの負けです。分かっていただけましたか?」

「……いえ、まだ、まだです!」

 四面楚歌な私だが、なぜだか諦めるには早いと判断した。

 白狼達は牙を剥き、狩りの体勢に入る。

 私は一歩前に踏み出し、魔法を発動しようと魔力を練り始めた。

「切り裂け! 【風刃ウィンド・カッター】」

 私の手のひらから、風魔法の斬撃が放たれた。

 だが、問題は放たれた直後の事だった。

 カレオスに向けて突き出していた私の両腕が、いつの間にか宙を舞っていた。

 そして、白狼達は私に襲いかかって来た。まるで弱った野兎を目前にしたかのように、彼らは私の体を貪り尽くしていた。


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