第20話
狭い部屋で、私とファーフ、そしてカレオスによる話し合いが行われようとしている。
私とカレオスは向かい合って座っていて、机の上には淹れたての紅茶が置かれていた。
「改めまして。僕の名はカレオス。先程も言いましたが、苗字はありません。夫人取り憑いているのは、僕の師匠です」
『取り憑いているとは失礼な!』
「クロエ・サンドゥです。よろしくお願いしますね、カレオスさん」
カレオスは私の中にいるファーフの声が聞こえているらしいので、体の主導権は私が貰うことにした。だが私が中にいて話しても、それは聞こえないらしい。不思議だ。
『というか貴様、なぜ死んでおらん! 人間はそれほど長生きできぬはずじゃ!』
ファーフが封印されたとする年はいつかわからないが、ファーフが言うにはかなり昔の事らしい。それなのに何故、若さを保ちながら生きていられるのか。それか本当に、悪魔か何かなのかもしれない。
「……ドラゴンの伝説はご存知ですか? 師匠ならご存知だと思いますが、夫人もいるのに、僕達だけで話を進めてはいけない。もし聞いたことがないなら、語り聞かせますが」
本で読んだような気がする。記憶が確かなら、ドラゴンの心臓を一口でも食べると、永遠の命が手に入るとか。ファーフは本当だと言っていたが、実を言うと私は信じていない。
「ええと、ドラゴンの心臓を食べれば不老不死になれる、でしたっけ?」
私はその伝説とやらを簡潔に話してみせた。
「その通り。不老不死まではいきませんが、ドラゴンと同じように、とても長い年月を生きることが出来るというものです」
『もしや貴様、ワシの心臓を……』
ファーフだけではなく、私も察する事が出来てしまった。
そしてカレオスは続けて言葉を紡いだ。
「心臓は食べていません。血液を舐めただけです。それも、一滴だけ」
今、彼、すごいことを口にした気がする。
だが逆に言えば、それほど生きることを望んだのだろう。何か理由があったのだろうか。
『じゃが貴様、ワシの体をどうやって……』
「師匠を封印した犯人が教えてくれましたよ。ですがご安心を。その犯人は僕が既に殺しました」
色々な情報が、まるで流星の如く一気に飛んで来た。
ファーフが追ってきた犯人はもうとっくに殺されていて、弟子は師匠の血を摂取し数百年の時を生きている。ファーフを封印した犯人は寿命で亡くなっていてもおかしくはないが、それさえも許さずに殺していたとは。
『……そうか。そうじゃったか……』
ファーフは、色々な感情を混ぜてそう呟いた。
「師匠の席は空けてあります。さあ、再び魔塔主の座に着いてください。皆師匠を歓迎しますよ」
あまりにも自己中な考えに、流石の私も怒りを感じた。
いつも私を励ましてくれているのだから、今度はこちらが恩返しする番である。
「……カレオスさん。先程から、あなたの発言はファーフを考えないものばかりです。少しは彼女の身になって──」
『よせ。もうよい』
ファーフは私の発言を中断させた。
冷たい雨のようなファーフの声色は、私の心に深く染み込んだ。
『……よくやったな! 流石ワシの弟子じゃ! んで、ワシを封印した不届き者は誰じゃ?』
「マグドロミアです。彼は師匠を封印した後、すぐに魔塔主となりました」
マグドロミアは、伝説の魔法使いと言われる名の知れた英雄だ。邪龍を倒しただの、国を創っただの、大袈裟な逸話が書かれた本を読んだ事がある。
『マグドロミアか。前々から勘づいとったが、ワシの事が大嫌いならしいな』
「単なる嫉妬です。ですが、もうこれらの事件は全て解決済みです。あとは師匠次第ですよ」
ファーフが悩んでいたであろう事は、呆気なく終わりを告げた。それが良い事なのか、悪い事なのか、私には分からない。けれど、決して良い気分ではないのは間違いないと思う。私だったら、嫌だから。
『魔塔の主か。別にワシは構わんが、問題はクロエじゃ。ワシの判断で、小娘の人生を変えてしまっては面白くないからな』
魔塔主。面白そうではあるが、残念ながら私には帰る場所があるのだ。こんなところに居てはいけない。
「……魔塔主になるつもりはありません。私達の家に、帰してください」
私はそうカレオスにお願いした。
「魔塔主になってから、師匠に体をお譲りすれば良いのでは? そうすれば、夫人は何も面倒な事をせずに済みます。それに魔塔主というのは、全世界の中でもトップクラスの権力者。夫人に損は無いはずですが」
魔塔主というのは、言葉一つで全世界が戦争を始めてしまうような、そんな立場。私はそれほど大きな夢を持っていないし、ルークと離れたくない。ファーフが魔塔主になりたいと言っても、この意見だけは曲げるつもりはない。
「愛する方と一緒に過ごせないのは、死んだも同然なんです。ですから、私は帰らせていただきます」
『クロエがそう言うなら、ワシもそうする。じゃから、まだ貴様は魔塔主として働いておれ。カレオス』
ファーフが私の事を肯定してくれて助かった。
ただひとつ気になるのは、先程からとてつもない魔力を部屋中から感じている。もしかしてという想像もしてしまうくらい、殺気のようなものも察知できてしまった。
「困りましたねえ。こんなところであなたのようなちっぽけな女性に、今までの努力を水に流されてはとても困るんですよ」
そして続けて、カレオスは怒りを込めてこう言った。
「僕がどれほどの時間を掛けたのか、夫人にはわからないでしょうね。そしてどれほどの努力を積み重ね、どれほど挫折したのか。貴族のあなたに、理解できますか?」
痛いほどわかる、彼の気持ち。
時間は圧倒的にカレオスの方が長いだろうけれど、苦しかった時間だけは、誰にも負けないくらい経験した。
「いいえ、理解できます。それはとても辛くて、苦しいものですよね」
寄り添う、という訳ではない。救う、という訳でもない。ただ、それには共感できてしまった。
「……僕を馬鹿にしているだけなら、ここで夫人を殺してしまっても構わない。あなたは勘違いしているのです。師匠がいるから、あなたの命は保たれている事を忘れないでください。あなたが欲しいのではなく、あなたの中にいる師匠が欲しいのです」
カレオスは、私の青い瞳を見てそういった。そこには殺意も紛れていて、思わず怖気付いてしまった。
『熱いアプローチじゃな。じゃが諦めろ。ワシの"主人"がそう言っておるのじゃからな!』
ファーフのその言葉で、かなり空気が凍った気がする。一触即発だった空気に、爆弾が放り込まれたようだ。
「……いいでしょう。クロエ・サンドゥ。僕はあなたを殺す必要があるようだ」
ほら見たことですか!
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