第8話
サンドゥ家に嫁ぎに来て、早二ヶ月が経とうとしている。
相変わらずルークの態度は冷たいけれど、毎日顔を見れるだけで幸せだった。
『突然じゃが、貴様に魔法を教えてやる』
本当に突然だなあ。今まで教えてくれなかったくせに。
「ようやくその気になってくれたんですね、ファーフ!」
『うむ。奴の呪いも解かねばならんだろう。魔塔の犯人探しはその後でよい。まずは基礎からじゃ!』
「おー!」
♦♦♦
サンドゥ邸の図書室にて。
『まずは座学じゃ。おそらくじゃが、明日には魔法を使えるようになっておるじゃろう』
まずは情報収集が必要らしい。魔法を使うにもそうだが、そもそも知識がないと何も出来ない。
この大量にある本の中から、魔法に関する本を漁り、読み、理解する。全ての本を読み終えるまで、魔法の実践練習はしないらしい。
「お昼ご飯を食べたばかりなので、少し眠たいのですが……」
『なにを腐った事を言っておる。ほれ、さっさと本を集めよ』
図書室はサンドゥ邸の別棟にあり、円柱のような形の二階建てである。壁沿いに本がびっしり敷きつめられていて、どこに何があるかを完全に記憶するのに数年掛かるという。
「……この中から?」
『この中から』
気が遠くなる作業だ。でも、彼の為ならやるしかない。どうせ仕事も終わって暇なのだし、やってみるのも悪くないかとは思う。
本を見つけ、勉強を開始して四時間が経過した。
私の座高よりも高く積み上がった本を見て、思わず嘆息をこぼす。
「……ふわぁ。んー!」
座ったまま背伸びをし、上半身の筋肉をほぐす。
それにしても、魔法というものは面白い。まだ二冊しか読破していないが、面白さは充分に伝わった。魔力、呪文、魔道具などなど、初めて聞いた単語ばかりだったけれども、魔塔主さんが直々に教えてくれたおかげで、理解も深まる。まるで家庭教師のようで、これはこれで面白い。
『ふむ。今日はこれくらいで良いじゃろう。もうすぐ日も暮れるしな。初日にしては上出来じゃぞ!』
ファーフからのお褒めの言葉をもらう。
「ありがとうございます。また明日もお願いしますね!」
座学と聞いて最初はとてもがっかりしたけれど、やっていくうちに楽しさが分かった気がする。そう考えると、毎日好きでもないお勉強をしていたお兄様やお姉様はすごい。そう考えなくとも、二人ともすごいのだけど。
「もう五時だなんて、あっという間ですね。ほんと、一瞬で……」
夕陽が世界を照らす。失明してしまいそうなほど明るい光で、この地を、隅々まで。
「……あ、いけない! もうすぐ夕食の時間だわ!」
あと一時間後の、午後六時。その時間は彼と共に夕食を食べる時間だ。騎士団の鍛錬だったり、サンドゥ家当主としての仕事に追われる彼と、一日の中で最初に一緒に過ごせる時間だ。そんな貴重な場に遅刻するわけにはいかない。
『おぉ、そうじゃったな。奴との仲を深めるチャンスを逃すわけにはいかんじゃろう。ふふん、体を交代せい。本を片付けてやろう』
私はそう言われ、体の主導権をファーフに譲る。
『私の体で魔法を使うのに、私は魔法を使えない……。なんだか変ですね』
「それもまた知識と経験の差じゃ。いつか貴様もできるようになる」
ファーフは積み上げられた本の前に腕を突き出し、手に魔力を込める。この何かが無くなっていく不思議な感覚は、魔力によるものだったのかと気がついたのは、今この時。
本達はまるで意志を持ったかのように、ひとりでに動きだす。そして、元あった場所に帰っていった。
『すごいです! 私も早くやりたいなあ』
考えたのだけど、もし魔法が使えれば本を長々と探す事もしなくてよかったのでは? 一時間近く掛かったのを短縮できたのでは?
「……変な事を考えるでない、うむ、考えるでない」
『……』
早く魔法、使いたいなあ。
♦♦♦
食堂室。私達フォンドゥ家のものとなんら変わりない部屋。どこの国も、食事場所は同じらしい。
ストレートに下ろした金髪の髪は、整えられたばかりで艶がしっかりしているだろう。食事するだけとはいえ、好きな人とのデートは常に気合いを入れなければ。
私が到着した頃には、ルークはもう席に座っていた。それといつもはいない人もいた。ルークの父であり私の義父のセリドウ・サンドゥが座っていたのだ。
セリドウはルークの実の親で、暴力や暴言が絶えない人。セリドウはもう既に当主の座をルークに渡しており、余生を妻と共に別荘で暮らしている。だがその肝心な妻は、あと二年後に病によって亡くなってしまう。そこからセリドウは狂ってしまい、ルークにもっと激しく当たるようになる。そして限界が来たルークはセリドウを殺し、蛇の呪いが発動してしまう。
もしもそういった展開になったとしたら、私の破滅どころか民達の危険が迫ってしまう。事前に防がなければ。
「お、お義父様? と、ルーク様……お揃い、でしたのね……」
冷えきった空気を打ち壊すように、私は言葉を発す。ルークの隣の席に座れば、それを待っていたかのようにセリドウは口を開いた。
「クロエ嬢や、この屋敷でうまくやれておるか?」
私を思って言ってくれているのか、はたまた裏があるのか。それが分からないのがセリドウという男。彼の機嫌を損ねないように、気をつけて返答しなければ。
「はい、お義父様。おかげで快適に過ごせていますわ」
「そうかそうか、それは良かった!」
肉にナイフを入れ、一口大の大きさに切る。それを口に運べば、ゆっくり咀嚼する。コルセットが苦しすぎて、お腹いっぱいなのは秘密にしておく。
「して、本題に入ろう。お前たち、子を作れ」
「ごふっ!」
いくらなんでも時間と場所があると思う。そのせいで、変なところに食べ物が入ってしまった。
私は咳き込み、落ち着きを取り戻す。
「……お父様。お言葉ですが、俺達はまだ初夜すら迎えていません。それに政略結婚でしょう? 子を作る必要は無いかと」
それもそれで悲しいけれど!
「いいや、跡継ぎは必要だ。だがクロエ嬢はまだ十五歳。十六になってからで良い。それならいいだろう?」
そんな簡単に言ってくれるけれど、私が二ヶ月間どれだけ努力をしたのか知らないでしょう、と言いたかったけれど、我慢我慢。
とはいいつつも、それほど仲睦まじくはないけれど。
なんだか変な妄想をしてしまい、心臓の鼓動が速度を上げてゆく。私は下を向き、頬を赤らめる。きっと耳まで赤いだろう。これでは恥ずかしすぎて、食事どころではない。
こんな状況で、ルークはどんな表情をしているんだろうか。隣に居る彼をちらりと見てみた。
と、目が合った。が、すぐ逸らされた。
ルークは黒髪を揺らしながら、平然とした顔でセリドウとの対話を続行する。
多分、この場で恥ずかしがっているのは、私だけな気がする。
とっとと食事を済ませて、セリドウを見送り、自室へと早足で戻った。
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