第7話
お部屋はやはり絢爛豪華。私の屋敷よりも、可愛らしく威厳のある部屋だった。ベッドは私一人分だとは思えないくらいの大きさで、煌びやかすぎるシャンデリアが吊り下げられている。
「では、これで失礼します。何かありましたら、私どもメイドにお申し付けください!」
アナベルは深く一礼し、部屋から退出した。
私は長椅子に座り、一息つく。
「……ふぅ、疲れましたね」
『うむ。座りっぱなしの長旅というのは疲れるのう。何かしたわけでもないのじゃが、とても眠い』
「私もです。このまま座っていたら、寝てしまいそうです」
ふわぁ、と大きな欠伸をしてみる。誰もいないので、気にせずのびのびとできたのは良い点だ。
到着してすぐに寝てしまうのもつまらないので、以前と同じように探検してみることにする。懐かしさを感じながら歩くのも、存外悪くないと思うから。
「ファーフは寝ますか? もし寝ないのなら、この屋敷を見て回りませんか?」
『いいや、ワシは遠慮しておく。眠たさが限界に達しておるからな』
「それは残念です。おやすみなさい」
『何かあったら起こすがよい……』
「はい。良い夢を」
ファーフは寝ちゃったらしい。一気に静かになった気がする。
しばらく一人の時間を過ごすのは寂しいので、このサンドゥ邸を探検をしてみることにする。今頃ルークは、鍛錬の時間だろう。訓練場に行ってみるのも悪くない。よし、そうと決まれば。
♦♦♦
「はぁっ!」
男性達の重みのある声と、耳に刺さるような金属が擦れる音が混ざり、訓練場に響く。
「遅いぞ、レイン!」
ルークは相手に助言をしながら、レインと呼ばれる男性の持つ剣をはね飛ばした。
「これが本番だったら、お前はもう死んでいた」
「っ、はぁ、これでも全力でしたけどねっ!」
今行われているのは、勝ち上がり戦だろう。皆が訓練場の端に寄り、二人の試合を眺めていた。
大変そうだと柱の影から眺めていると、騎士の誰かと目が合った気がした。
「……あ! もしかして、もしかして、もーしーかーしーてー!」
若い騎士の大きな声が、私の心臓をドキリとさせる。まずい、こっそり来ていたことがバレてしまう。
「クロエ夫人! クロエ夫人だ!」
「クロエ夫人ー!」
鍛錬を放って、私に向かって数十人の騎士が走ってくる。
「み、皆さん……」
自由奔放なところは変わらないんだと安心したけれど、彼らは毎度同じ反応をする。
「初めまして夫人! 私の名はマルクです! 以後お見知りおきを!」
「夫人! 僕はリュートって言います!」
「夫人ー! 俺はミニクルです! お噂に聞いた通り、とても美しいです!」
騎士達からのお褒めの言葉に戸惑いながら、赤くなった顔に冷たい手を当て冷ましてみる。
言われなくても、あなた達の顔や名前は覚えていますよ。
「夫人、お初にお目にかかります。僕はレイン・ドート。以後、お見知り置きを」
爽やかな水色の髪をした、レインという名の騎士。先程ルークの相手をしていた男性だ。彼はルークの右腕のような立場であり、騎士団ではトップの実力を有している。
「皆さん、よろしくお願いしますね。私はクロエ・サンドゥです。何か困った事があれば、いつでも仰ってください。出来ることなら、何でも力をお貸しします!」
軽い自己紹介を。両手でスカートの左右を摘まみ少し持ち上げ、片足を後ろ側に引いて、もう片方の足をまげて腰を落とす。女性として、カーテシーもしっかりと行い、愛想も振りまいた。これで前世よりもしっかりした自己紹介が出来た気がする。
和気あいあいとしていると、見かねたルークは私達を牽制する。
「おい、お前ら」
その一言で、場は静まり返るどころかほぼ全員が暗い顔をし始める。低くて怖い声、威圧感のある魔王のような声だ。
「俺達の鍛錬の邪魔をするな」
ルークは私にそう忠告する。本音を言うと、怖いし泣き出しそう。
「ご、ごめんなさい。あなたの顔が見たくて、つい」
必死に笑顔を作り、悪気が無いことを伝える。
こんな返答の仕方初めてだから、ルークがどう思うのか不安だ。嫌われていないだろうか。
「団長。夫人もこう仰っているんですし、鍛錬の様子をお見せしましょうよ。それに今日到着したばかりですし、ね?」
レインの必死のフォローで、私の首が繋がった気がした。
「……チッ。勝手にしろ」
「あ、ありがとうございます……」
早く部屋に戻れと言われると思ったのに、まさか許可が降りるなんて。
私は嬉し驚きの感情が押し寄せて来たのを隠しながら、彼にお礼を言う。
どどど、どうしよう。とても嬉しい。心臓がまた速度を増して打っている。顔、絶対変な顔してる。あつい、何をしたわけでもないのに、あついよー!
「では、僕達は鍛錬に戻ります。どうぞごゆっくり!」
レインは私にそう言って、鍛錬に戻っていった。そしてまたすぐに金属同士の、戦場を思わせる音が聞こえ始めた。
『ずっと黙っておったんじゃが、奴のどこがいいんじゃ。妻を大事にせぬクズ男ではないか。殺してくる』
「び、びっくりしました! ファーフ! 起きているならそう言ってください!」
彼らに聞こえぬよう、ぼそっと話す。
『ルークとやら、じゃったよな? なんか気に入らんのう。隙を着いて殺してやるわ』
「ダメです。私が阻止します!」
彼の何が気に入らなかったのかは分からないけれど、絶対にそんな事はさせない。彼を認めさせなければ。
「ていうか、寝ていたのでは?」
『貴様の心臓やらなんやらがうるさすぎて寝れんかった』
「そ、それはごめんなさい……」
苦笑いを浮かべる私。
いつの間にか彼らの鍛錬音は背景となり、申し訳ないのだがよく見ていなかった。でもやっぱり、顔立ちの整った大人っぽい男性である私の旦那は、ものすごくかっこよかった。汗を拭うその仕草さえも、私を虜にする。
『あーもう貴様! また奴の事考えておったじゃろう!』
「ご、ごめんなさい、つい!」
やっぱり恋というものは、とても難しい。
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