第6話 

 太陽も沈み、夜が訪れる。

 いつの間にかファーフと体を交代していて、馬車も森の中に入っているようだ。ということは、もうそろそろ盗賊達が襲ってきても良い頃だと思う。

「……ファーフ、起きていますか?」

『ふぁ、起きておるぞ。今は何時じゃ?』

 時計は無いが、月の位置からしてみると、真夜中の一時くらいだろうか。

「午前一時、だと思います。こんな夜中に……。はぁ、盗賊達も大変ですね」

『まあ何かを盗むとなれば、誰も居ないこの時間が一番じゃからな。盗賊の気持ちも分からんでもない』

 ファーフの盗賊に対するフォローの仕方は、まるで自分もやった事があるかのような言い方であった。

「それにしても、またルークと過ごせるだなんて……」

『惚気けておる場合か。いや、貴様は何も考えんで良いのか?』

 無駄話をすること数十分後、ドゴォン! と大きな音と共に、馬車が激しく揺れた。

「……っ! 来たか!」

『ファーフ、任せますね!』

「おうとも!」

 馬車は一時停止を余儀なくされる。

 休憩はしたが、ほとんどずっと馬に乗って走っていた使節団の騎士達は疲れているだろうが、流石と言わざるおえない。すぐさま騎士達は、止まった馬車を囲むように配置についた。

 ファーフも外に出て、辺りを見渡す。

「ほほう。透明化魔法を使っておるな。些か厄介じゃが、ワシの目は誤魔化せぬ」

「クロエ様、お下がりください。ここは我々にお任せを!」

 全身鎧を被った男性はそう言った。あなた未来では死んでいますよ、なんて言えないので、ここは上手く言ってくれると信じる。

「ふふん、ワシを侮るでない。さあ、本当の魔法使いの力を見せてやろう」

 視界の悪い森の中、ファーフは何か策があるらしい。

 いや、これは多分、逆かな。策も何も無い状態で相手と戦おうとしてる。うん、きっとそう。

「く、クロエ様、我々、に、おまかせ……」

 騎士達は突然、精気が無くなったかのように眠りにつく。どれだけ抗おうとも、彼らは眠気には勝てなかったらしい。

「……ほほう? 精神攻撃魔法とな。ということは、魔塔の者か?」

 一般庶民が精神攻撃魔法を使えることはほぼないらしく、使える者は魔法の才能が飛び抜けた者か、魔塔関係者だけらしい。それほど難しいものなのか、精神に干渉するとは。

「姿を現すがよい! 盗賊共め!」

 草が擦れる音がする。暗すぎて分からないが、三時の方向に誰か確実に居るのを感じる。ファーフはそちらに体を向けると、予想通り盗賊らしき人達が姿を見せていた。真っ黒なローブを着て、フードまで被ってしまっているので、ただそこに居るという事しか分からない。そして後から続いて、数人姿を現した。

「ふん、やはりな。誰じゃ貴様ら」

「……退くぞ」

「なっ、待たんか! ワシらを襲おうとしたんじゃ、タダではおかん!」

 思わぬ展開に、私もファーフもびっくりした。魔法使い同士の対決は初めて見る、なんて期待していたのに残念。

 フードを深く被った彼らはいつの間にやら消えていた。瞬間移動、というやつらしい。

「……糞めが。絶対に殺してやるからな」

 眠りについた御者や騎士達を放置し、ファーフは馬車の中に戻る。馬も大人しく出発を待っているので、ここらで休憩といこう。というかそうするしかない。

『ファーフ、ありがとうございます。これでもう大丈夫だと思います』

「いや、じゃが……まあ良い。ワシは寝る」

 馬車の中、本当に寝づらいのが嫌なのだけれど、彼に会うためなら辛くはない!


☆☆☆


 それにしても、どうにも気になって寝れんかった。

 前世では執念に襲ってきたと聞いたが、あんなにあっさり退いてしまうとは。おそらく魔塔の者だというのは図星で、勘づかれたと思うて逃げたのじゃろう。それではないのなら、クロエの魔力量の多さに驚いたのじゃろうか。うぅむ、あまり考えるのは嫌いじゃが、考えなければならない時が来るのは本当らしいな。

 この状況で一番最悪なのが、ワシの存在がバレたという事。魔塔の中にはワシの敵ばかりじゃろうが、流石にこの時代まで命繋いだ奴はそうそうおらんじゃろうな。だがもしワシがクロエの中に居ると知られたとなれば、奴が危険な目に遭ってしまう。それは防がねばならぬが、もしもそうならどうしようも出来ない。

 意識が遠のく中、孤独で凍える夜の馬車を、一人静かに堪能していた。


☆☆☆


「……あ、着きましたよ! ファーフ!」

 昼間特有の眩しすぎる太陽は、馬車に付属されているカーテンをも貫き通す。そのカーテンを開けてみれば、そこには豪勢な建物が待ち構えていた。

『なんじゃこりゃ、前の屋敷と変わらんではないか』

「こっちの方が、綺麗で居心地良いですよ」

 桃色のドレスに付いた汚れを手で払い、ストレートにおろされた金色の髪に手櫛を入れる。あとは落ち着くだけで、準備は完了だ。

「お待たせ致しました、クロエ様。サンドゥ邸に到着致しました」

 馬車の扉を開ける御者。私はそれに従って、御者のエスコートを受けながら馬車を降りた。

「ようこそいらっしゃいました。クロエ様」

「いらっしゃいませ。奥様」

 私が通るためだけの道を作るメイド達。メイド長の一声の後、続けてメイド達は歓迎の言葉を私に贈った。

『凄いのう。これほどまでに喜ばれるとは』

 この光景は二度目だけれど、いつ見ても嬉しいし、感動する。でも、この熱い視線には慣れないかな。

 私は彼女達が開けた道を、あの結婚式のように堂々と歩いた。有難いことに、荷物はメイドが部屋に案内するついでに運んでくれるらしい。

 このメイド達が何故こんなにも友好的なのかというと、私に期待しているから。だから、私は彼女達の期待に応える義務がある。今世こそは、沢山幸せを得られるように、頑張ろう!

「はじめまして、クロエ様! 本日からお世話係をさせていただきます、アナベル・マスグと申します!」

 アナベルと名乗る女性のメイドは、私に元気よく挨拶をし、深々と頭を下げる。彼女の年齢は十八歳、瞳は翡翠色、恋愛小説が好きな現代っ子だ。

 彼女の茶髪と言動を見ていると、アリアンを見ているようでどこか懐かしさを感じる。二つの意味で。

「アナベル!」

 私は、アナベルの胸に飛び込む。

 私の大好きな子。サンドゥ邸の人達は皆優しいけれど、この子は頑張り屋で、私の相談にも乗ってくれる可愛い子。

「わ、奥様? どうかなされたのですかっ?」

 初対面の令嬢に抱きつかれたアナベルは、たいそう困惑していた。

「ううん、何でもないの。ただ、とても嬉しくって」

 これは紛れもない本心であって、嘘の感情など一つも入っていない。

「……ふふっ。じゃあアナベル、お部屋に案内してくださいませんか?」

 ここに来て、初めてのお願いをする。

「はい、喜んで!」

 鮮やかな風は、世界に色を塗りながら私達を撫でる。きらびやかで幸福な生活の始まりを示しているような風は、心臓をまたしても興奮させた。

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