第5話 

 結婚式当日。

 純白のドレスに包まれた私の体は、大きな教会の真ん中を行く。ドレスには、たくさんのフリルが散りばめられていて、胸元や腕はさらけ出されている。

『美しいぞ、クロエ。そのまま胸を張って歩け』

 ファーフのアドバイスを受け取り、大勢の人に見られながら、コツコツとヒールを鳴らし、新郎の隣まで歩む。

 前よりも、自信を持って歩けています。

「……して、神の名のもとに、共に幸せを築く事を誓いますか?」

 ステンドグラスの輝かしい光は、私達の結婚を祝福しているかのよう。

 神父は私達に問いかけ台詞を吐けば、また私達も誓うと言葉を放つ。

「では、誓いのキスを」

 新郎は、私の透明なベールを捲る。

 緊張して周りがよく見えていなかった私の瞳には、愛する彼の爽やかな顔が映った。

 短い黒髪に、紫の瞳。二つ年上というだけでも、体格差は激しいようだ。身長はおよそ百八十センチ。筋肉もしっかりしていて、やっぱりかっこいい。それに比べてまだ十五の私の体は、いろいろと貧相で気に入らない。早く大人になってほしい。

『またじゃ、また心臓の鼓動が早くなっておる! 死んでしまいそうじゃ!』

 私は彼を見上げる。彼の微笑む姿はなかったけれど、それでもいい。高鳴る鼓動を無視して、目を瞑る。そして一瞬。

「おめでとうございます!」

 私達の結婚を祝う拍手と歓声が、一斉に鳴った。教会中に響く幸せな音は、とても居心地の良いものだった。上辺だけでも、この音は幸福にあふれていた。愛の鐘の音が、私達を包む。

 ああ、なんて幸せなのだろう。今まで感じた辛さは、この幸せのためだけに蓄積されたものなのだとしたら、私は神様を恨まない。

 いつまでも、この幸せが続きますように。お願いだから、続いてください、神様。


♦♦♦


 結婚式も無事に終わり、私もとうとう嫁ぎに行く時です。

 屋敷の前には小さな馬車が一台用意されていて、それに乗って公爵邸まで向かう。近くには使節団の人達だろうか、馬に乗った騎士達が数人居た。馬車に荷物などはもう乗せてくれていたらしい。

『うぅ、悲しいのぅ。ワシの大好きなチーズが、もう食えんくなるのか……』

 チーズの美味しさは分からないけれど、私もファーフと同じく寂しい気持ちなのは一緒。早く出て行きたいとは思ったけれど、ずっと過ごしてきた場所だ。さすがに思い入れが強かった。

「お嬢様ぁ……。ぐすっ。何かされたら、すぐ駆け付けますからねぇ……!」

 泣きながらアリアンはそう言ってくれた。マリも数滴涙を零していた。そんな事言われると、また会えると分かっていながらも涙が出てしまう。

「……ありがとう、アリアン。マリも体に気を付けて」

「はい。お嬢様。くれぐれもお気をつけて」

 長引いても良くないので、そろそろ出発しよう。

 太陽は私達の真上に佇んでいる。きっと明日のこの時間には到着するだろう。

 エスコートなしで、私は馬車に乗り込む。桃色のドレスに施されたフリルやリボンの装飾が、些か邪魔だったのは内緒である。

「お気を付けてー!」

 二人のメイドの見送りは、見えなくなるところまで続けてくれた。やっぱり、あの人達はいつまで経っても大好きだな。

『おい、クロエ。浮かれるのも程々にしろ』

「そ、そうでした!」

 公爵邸に向かう途中、おそらく私は盗賊の襲撃に遭う。森の中で襲われてしまうので、場所も分からず大変だった。前世ではなんとかして近くの村まで歩いて行ったが、そこでまさかの熱を出してしまうという最悪すぎた事が起こった。それも今では懐かしいとさえ感じてしまうのが、時の流れと言うやつなのだろう。その時はどうなってしまうのかと思っていたが、結局使節団が迎えに来てくれたなあ。

『……エ。クロエ! 聞いておるか!』

「は、はい! 勿論です!」

 今回は襲撃に遭うかは分からないが、警戒するに越したことはない。

『おそらく、盗賊共は魔法を扱えるじゃろうな。まあ魔法を使えんでも、その時はワシに体を代われ。良いな?』

「はい。その時はお願いしますね」

『任せるがよい!』

 魔法を使ったことは無いけれど、ファーフは魔塔主なのだからきっと大丈夫なのだろう。

『問題なのは、貴様の魔力量が無かった時じゃな』

「魔力?」

『そんな事も知らんのか! なら、確かめてやる。代われ』

 体の所有権をファーフに渡す。長く座って疲れた体が、なかったかのように楽になった。というより、ファーフに疲労した体を渡しているだけなのだけど。

「なんじゃ、なんだかどっと疲れた気がする……」

『それで、魔力の量はどうやって分かるのですか?』

「少々魔法を使ってみればわかる。自分の中の魔力がどれだけ減ったかはな」

『そうなんですね。魔法、使ってみたかったなあ』

 魔法なんて、見たり聞いたりしかしてこなかったからなあ。私の体から発動されるなんて、夢のよう。

「貴様もやり方さえ覚えたら使えるぞ。いつか教えてやろう」

『わあ! ありがとうございます!』

 会話に一段落ついた時、ファーフは手の平で薄くお皿を作り、胸の前まで持ってくる。

「……炎よ」

 ファーフはそう一言、手の平に向けて囁く。すると、とても小さな炎が現れた。身体の中から何かが減った感じがするし、熱くない。不思議だ。でもこの何かが減る感覚は、以前にも体験した気がする。

「おぉ、これは……!」

『どうしたんですか? もしかして、魔力が無かったりして……』

「いいや、その逆じゃ。ものすごい魔力量じゃ」

『そ、そうなんですか?』

「普通の人間の数倍、いや、ワシと同じくらいじゃ。流石、ワシが憑依しているだけあるのう」

 ファーフと同じくらいなら、多分本当に沢山の魔力があるのかな。良い事なのか、悪いことなのか。

 でも、それなら彼の呪いを解くことができるかもしれない。

『ファーフ。もしかして、蛇の呪いを解くことができるくらいの量ですか?』

「うぅむ、それは分からぬ。ただやり方さえ分かれば、ワシが何とかしてやらんでもないな」

 私との会話を続けながら小さな炎を握り潰し、消火するファーフ。

『本当ですか! ありがとうございます!』

 今すぐにでも飛び跳ねたかったけれど、そういえば体はまだファーフに渡したままだった。

「じゃが、ワシを封印した犯人を殺すのも協力するのじゃぞ!」

『ええ、勿論です!』

 過ぎる街並みを眺めながら、ファーフは目を瞑る。そうして私も、トラブルが起きるまで眠ることとする。

 

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