第37話

 そこを見ると、破壊の限りが尽くされていた。

 炎が舞い、邪竜が尾を振り回し建物を破壊する。そして阿鼻叫喚する人々。まさに地獄絵図と言っても過言では無かった。

 だが、もうそんなことはどうでもいい。今の私は、置いてきた過去の後悔を見るのに精一杯だからだ。余所事を考える余裕が無い。

「……ようやくですね、師匠。僕達の野望が果たされる時が、ついに来るのですね!」

 カレオスは、街中で大暴れしている竜にそう言葉を放った。

 聖女達の健闘している姿や、人々の逃げ惑う姿、無念にも食べられてしまう姿が私の瞳に映し出された。

 こんなことをしていて、私は本当にいいのだろうか。

 だけど、なんのやる気も出ない。

「師匠の勇姿を見ている間、暇なので話でもしましょうか。そうですね……ああ、そうだ。何故あなたは師匠の憑依先なのか、気になりませんか?」

「……」

 私は沈黙を貫いた。

 話す気力もないからだ。

「あなたは、レイナの血を継ぐ者だからです。レイナというのは、彼女の弟子のうちの一人で、僕達と切磋琢磨して育った優秀な魔法使いでした。レイナは誰よりも強く、聡明で、優しい女性でしたよ。

 そんな彼女もまた僕と同じく、師匠の事を一番に考え行動していた。そしてある時、レイナは死について研究し始めたのです。死者蘇生や、魂などについてをね。実験を重ねるうちに、彼女はある発見をしたのです。それが、魂の転移です」

 私は虚ろのまま、彼の話をぼうっと聞いていた。

 彼は話を続ける。

「魂の転移。それは凄まじい発明でした。師匠の魂を人形に移し替えたり、死体に移してみたりと練習を重ねました。ですが一つ問題があったんです。魔力量が少ないと、大きな魂に耐えきれなくなった本体がはち切れてしまうのですよ。ばんっ、と派手に爆散してしまいます。ですがレイナはあなたと同じく、多くの魔力を有していましたからね。

 そもそも魔力量は遺伝します。魔力量が多い人同士で子を作れば、いずれは膨大な魔力量の人間が生まれてきます。その時に、師匠は憑依するのです」

 カレオスは険しい顔をして、溜息をつきながら話を続ける。

「ですがあの忌々しいマグドロミアさえ居なければ、こんな時間をかけずに済んだのに。はぁ……。まあ、もう殺したのでいいです。ですが彼があんな事をしてくれなければ、あなたという人に出会えなかった。それだけは評価するに値します」

「……つまり、私は所詮ただの道具だったということですか」

 カレオスは、はいと返事をした。

 信用されていた人に裏切られ、利用された事に対するショックも重なってしまった。

 重く鋭くのしかかる絶望の錘は、私の心をようやく壊してくれた。

 これでようやく楽になれる。

 壊してくれた方が、この世は生きやすいのに気付いたから。

「それで話を戻すと、師匠はレイナと約束をしたのです。何があっても子孫を守り、利用しろと」

 ならば、それならばなぜ。

 私は母を見た事がないのだろうか。

「あなたがピッタリで良かったですね。あなたの祖先は、魔力が少し足りなかったですから」

 ──ああ、分かった、

 私は決して、この人達を許してはいけないんだ。

「もうあなたは用済みですが、念の為に取っておいているのでしょうね。まあ、どうせ全人類を破滅させるのですから、関係ないのですけどね」

 カレオスは鼻を鳴らして笑った。

「さて、次は何を話します……って、何をしているのですか?」

 私はカレオスの首を魔法で締め上げ、持ち上げた。

 壊れた心には、憎悪の感情が芽生える。

 ただ憎い。全てを知った私には、その感情しかなかった。

 先祖のためにも、母のためにも、こいつらはここで殺しておかなければならない。

「……これは仇です。名も知らぬ母や祖母の仇、哀れな私の先祖の仇です」

 私はもっと魔力を込め、魔法の威力を強めた。

「ははっ。僕は死なないと分かっているでしょうに。ほら、もっと強く締め上げてみてください。死ねませんから」

 私は何事もないかのように話をするカレオスの姿を見て、自身の力不足を実感すると共に諦めの気持ちが密かに湧き出てきた。

 でも、私がここで諦めたら?

 ようやく罪の意識が芽生えてきたのに、贖罪の機会を得ずに諦めるのか。

「……竜の血液。あなたはそれの力が体内に巡っている。いくら殺そうとそれが巡り続ける限り、あなたを殺すことはできない」

「ええ、そうですが。それよりもこの魔法、解いて頂けます? 話しづらくて邪魔なんですけど」

 私は言葉を発し続ける。

「その力は魂までもは浸透しない。一滴ですから、あくまで肉体のみでしょう」

 人間の根源は魂にある。

 魂さえなければ、生きることも死ぬことも出来ない。

 魂を転移する魔法。この魔法について書かれていた書籍が山ほどあったので、私はやり方を知っている。

 でもこんな重罪人には、もっと重い罰が必要だ。

「私が言えたことではありませんが、あなたはたくさんの人の命を奪ってきた。そうですよね?」

「ええ。それが何か?」

 カレオスは、困った顔でこちらを見つめる。

「……ああ、良かったです」

「それは何より。何が良かったのですか?」

 魔力を込める。

 一撃に向けて、鋭く練った。

 魂に命中する、闇魔法を発動する為に。

「私はあなたより、マシだった」

 そう言うと、私は指先を彼の心臓に向け魔法を放った。

 これは闇魔法。人の魂から魔力を吸収し、邪悪な魔法を扱うことのできる闇魔法だ。

 精神への攻撃、肉体の変形、魂の干渉。これらはしてはいけないとされる禁忌で、通称闇魔法と呼ばれる。

 私はその闇魔法を彼の心臓、その奥にある魂に向けて撃ち込んだ。

「なにをっ────」

 カレオスはそれを最期に、一切動かなくなった。

 おそらく魂に届いたのだろう。

 カレオスは倒れ込み、左右違った色の瞳は光を失う。それと同時に、彼の赤い瞳は綺麗な金色へと変化した。

 まるで元に戻ったかのように、彼にはその色が似合っていた。

「……あとは、ファーフね」

 赤黒い雲の下、邪竜は暴れ回っている。

 炎は燃え盛り、

 城の門前で、私はあの邪竜に向かって歩き始めた。

 瓦礫や死体を避けながら、ただ力強く歩いた。

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