第38話

「ぜぇ……もう、無理だよぉ……魔力が空っぽ!」

「ネフィア、俺の魔力を使え。前線に出るお前に託す!」

「ありがとマグナス! あともっと強化魔法掛けて!」

「ああ分かった。分かったから聖女様を援護しろ!」

「はいはい。聖女様を守りますよーだっ!」

 聖女達は、正面から竜に立ち向かっていた。

 踏み潰されたらおしまいなのに、臆することなく突撃する兵士や魔法使い。

 そこには私の知っている人が何人かいた。

 カレオスの弟子であるマグナスとネフィア。舞踏会で出会ったクリーム色の髪を一つ後ろに結んだ男性、アイベックも居た。だが彼は既に倒れていたが。

「……ファーフ」

「なんじゃあっ……って、クロエか。なんだ、カレオスはどうした?」

 邪竜は暴れるのをやめ、顔をこちらに近づけた。

 鋼のような鱗に覆われた恐ろしい竜の顔は、私を一口で飲み込んでしまってもおかしくなかった。

「私が殺しました」

「なんだと?」

 ファーフは驚いた。

 後ろで戦っていた兵士達もだ。

「……そうか。ならば仕方あるまい。貴様もここで殺してやろう」

 竜は大きな腕を振り上げ、潰す勢いで私に降ろした。

 大きな地響きがして砂埃が舞ったあと、私は魔法を発動する。

「飛べ」

 私は空を飛び、竜の高さと同じくらいまで上がる。

 もはや恐怖は感じない。あるとしたら、責任感だろう。

 もうこれ以上は戻れない。この強大な敵を倒さなければならない。そういった思いが、私の壊れた心を真っ直ぐに戻していた。

「私はずっと気が付かなかった。自分はしてはいけないことをしているなんて、思った事もなかった。けれど今更罪悪感や後悔を背負ったところで、英雄にはなれません」

 竜たちは清聴する。

「でも、私はあなたを倒して街を守らなくてはならない。名誉とかそんなの放って、私はしてきたことを償わなければなりません」

 これをすることで許されたいとは思わない。

 だけど、これが私にできる最大の償いだと思う。

 これ以上死者を増やさないために、私がここで立ち塞がってやる。

「ほう? 貴様が、か? 我に勝てぬだろうに、よくぞ抜かしたな」

「いいえ、私は方法を知っています。もう、理解したから」

 でも、その前に。

「……その前に、ありがとう、とだけ。どんなファーフでも、私は大好きですよ」

 ファーフは目を見開き、一言こう答えた。

「──そうか」

 それだけでもいい。これで悔いは無い。

 さあ、やろう。

 私は距離を取り、魔力を練る。

 竜は大きく尻尾を振り、私を払い落とそうとする。それを私は大きく避け、体勢を整える。

「抜刀!!」

 私がそう声を発すと、私の背後から無数の剣が現れる。そして、放たれた。

 それだけではない。背後には魔法陣も追加され、そこから無数の魔弾が竜に向かって放たれた。

「効かぬ!」

 全て命中しているのにも関わらず、彼女はピンピンしていた。

 おそらく鱗が硬すぎて、貫通できないのだろう。

「【終焉ディマイズフレイム】!」

 私は大きな炎の玉を作り、竜にぶつける。

 それに対抗するように、竜は口から大きな魔弾を吐き出した。

 それらは宙でぶつかり合い、爆発した。

「っ、騎士たちよ! 続きなさい! 私達は負けてはいない! このまま押すのです!」

 聖女の声が下から聞こえてくる。

 いいや、集中しろ、私。

「月の女神よ、力をお借りします。【ルナティック】」

 その魔法は、月の女神から加護を貰う魔法だ。それを発動すれば力が一時的に上昇し、神聖力に似た力を得ることが出来る。その代わり、闇魔法は使えなくなってしまう。

 だが少しでもファーフを弱らせれば良いので、気にしないこととする。

「ふん。どこでそんなに小賢しい技を覚えたのだ?」

「一番最初の修行で、ですよ」

 私は魔法の準備をする。

「【月光ムーンライトランス】」

 手元には、美しい光を放つ槍が現れた。

 私はその槍を持ち、真っ向から邪竜に突撃する。

 邪竜は大きく口を開け、魔力でできた大きな球体を発した。

 私はそれをかわし、邪竜の立派な背に勢いよく槍を刺した。

「がぁぁっ! 貴様ぁっ!」

 邪竜は翼を羽ばたかせ、大空に舞った。

「くっ! 逃がしません!」

 私も後を追い、槍を手元に引き戻した。

 上昇しながら、私は手元に戻ってきた槍をぶぉんと投げる。すると槍は邪竜をどこかに刺さるまで追跡し始める。

 槍は俊敏な動きで、邪竜の足を貫いた。

「貴様、よくもやってくれたな……。月光の槍で我を穿つとはっ……!」

 邪竜は逃げるのをやめ、私の方を向く。

「ふん。竜の姿は久しぶりだからなあ。よかろう。人の姿となって戦ってやる!!」

 そう言うと、邪竜から急に炎が燃え上がった。

 意味もわからず私は警戒しながら見ていると、邪竜は炎に紛れて消えていた。炎は収まり、出てきたのはなんと角の生えた少女だった。

 クリーム色の髪に、血のような赤をした瞳。

「──ファーフ?」

「ああ、そうじゃ。どうじゃ? 恐ろしいじゃろう?」

 恐ろしいかは置いておいて。

 ずっと心の中で喋っていた声や口調も同じ、既視感のある姿。彼女は本物のファーフだ。

「……かわいい」

 思わず本音がこぼれた。

「は?」

 耳を疑うような発言を聞いたファーフは、思っていた反応と違ったのか拍子抜けしていた。

 私も彼女がこんなに可愛らしい少女だなんて思ってもいなかったし、仕方のないことだとは思う。

 華奢な体に、動物のような角、可愛らしい顔つき。とても可愛い。

「……ごほん。さあ行くぞ、クロエよ。期待を裏切るなよ」

 咳払いをひとつして、ファーフは状況を深刻なものに戻した。

 私も槍を手元に戻し、呼吸を整えた。

 ──よし。

「いくぞっ!」

 ファーフは突進してくる。

 私はそれを柄で防ぎ、予め練っておいた魔力使い魔弾を放つ。

 彼女が引いたと思えば、私は一気に距離を詰める。そして槍特有の範囲の長さを使い、私は心臓を目掛けて突く。

 簡単にかわしてみせるファーフに、私は横に槍を振り攻撃した。だがその攻撃は避けられるどころか、槍先の根を片手で掴まれ、阻止されてしまう。

 私は槍を強く押した。反対にファーフも強く押し返してくる。

「ぐぅっ……!」

 この調子では、押し負けてしまう。

 少しでも力を弱めて貰うために槍先から魔弾を生み出し、ファーフに向けて撃った。

「ふはは! 効くと思うてか!」

 体に命中するも、傷はすぐに塞がった。力も変わらず強いままだった。

 そしてファーフは余った片手で魔法を発動し、炎の球を放った。

 私は咄嗟に槍を離し、迫り来る炎たちから逃げる。だが地上にある家に落ちてはいけないと思い、私は水魔法で壁を作り、炎を消し止めた。

 ついでにその水を幾つかの球に分け、水弾として飛ばす。魔力が込められているため、当たっても濡れて終わりというわけではなくちゃんと威力はある。

 まあ、防御魔法で防がれてしまったのだけど。

「あーもう、まったく! この竜種! どれだけ強ければ気が済むのですか!」

「貴様もそこそこやるのう。まあ何、十年と少ししか見てやれんかったが、結構成長したか?」

 長命の竜種独特の価値観を持ち出されたと思えば、褒め言葉が飛んできた。

 それも本心で言っているのだろうから、余計嬉しい。

「……こほん。まあ、あなたの弟子ですから?」

「ふん。ワシは教師に向いておるらしいな」

 軽い冗談を言い合うと、緊張が解けたのか肩が軽くなった気がした。それにやる気も滾ってくる。

 ならば、やろう。

 魔力を練って、イメージして、相手に放つ。

 空中で起こる激しい戦闘は、まだまだ続きそうだ。


 

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