第39話
薄橙の髪を持つ、角の生えた少女。
彼女の名はファーフ。
彼女は私の師匠であり、一番の友でもあった。
彼女は竜種だ。それも、彼女を倒せる者は存在しないとすら言われている程強く、魔塔の主でもある。
そんな彼女と、私は決着をつけるためにここにいる。
空中にて、私達は睨み合っている。
風音ひとつでもするなら、お互い何かしら魔法を発動するだろう。
集中して、どのタイミングかを見極める。魔力を手で練りながら、頭の中で次の魔法を思い浮かべる。
「──ふぅ」
私は深呼吸をする。解けた緊張を吐き出すように。
今か、今かと構えていたその時、地上から声がした。
「放て!!」
可愛らしい女性の、勇ましい声がした。
そしてその声のしたすぐ後、大量の魔法がファーフに向かってくる。
「チッ、阿呆が」
ファーフは苛つくも、冷静にそれらを避けていた。
私はその避けた先を予測しながら、槍先から光線を発射する。
だが、悲しきかな。全く当たらない。
これは私の問題ではなく、ファーフが超人なだけだ。
すると下から、魔法の綱が伸びてくる。
それはファーフの足首に絡み、逃げられなくなった。
「マグナス、今だよ!」
「クータイネン、ソルモス、メネ、ポイス。使命を果たせ!!」
マグナスは、紐を伝って魔法を送る。
そしてファーフの足首に魔法が触れると、それは姿を現した。
黄金の足輪だ。ファーフの片足には、美しいくらい綺麗に輝く金の足輪が着けられていた。
「ぐっ、なんじゃこれは!」
ファーフを縛る紐はもう消えていたのにも関わらず、彼女の動きは鈍くなっていた。
「クロエ様、今のうちです! それと、それは能力を低下させる物です!」
ネフィアは私にそう叫んだ。
なるほど、これで私とファーフは対等くらいになったのではないだろうか。
「チッ、忌々しい!」
私はそれを利用し、猛攻撃に出るとする。
雷魔法、月魔法、炎魔法、風魔法等々。
数々の魔法を無作為に選び、ファーフに向けて発動する。
月の光は私の魔法を強化し、雷は彼女を追う。炎は少女を燃やさんとし、風は全てを切り裂かんとしていた。
ファーフは逃げ続け、私に攻撃してこなくなった。
これはおそらく、あの足輪が効いているのだろう。
そして私は槍でファーフの体を貫こうとした。
その時。
「──ふっ!」
ファーフは急に体を素早く動かし、私の間合いに入る。槍を持っている私の手首をガシッと掴み、腹部に蹴りを入れられた。
このままでは、なんて考える前に、私は地面に勢いよく落下していた。
体内に響くジンジンとした衝撃。呼吸が出来ない。口内に温かい鉄の味が広がる。
苦しい、これで私は、死ぬのだろうか。
「しっかりしてください! 神よ、迷える子に導きを。【
私の顔を覗き込む、桃色の髪を有した女性。
視界がぼやけているので一瞬ネフィアと見間違えたが、段々と別人だと認識できてきた。おそらくこの人は、聖女だろう。
「──がはぁっ、あり、がとう、ございます……」
私は酸素をようやく取り込み、息をする。
治癒魔法で回復したものの、若干は痛む。
その痛みに耐えながら、私は体を起こした。
あの高さから落ちた私は、何故か死んでいないのに驚いた。おそらく月の衣が助けてくれたのだろう。身体強化とは、怪我にも耐えうる力をくれるということでもあるらしい。
「ファーフ、そんなのズルですよ……」
私を冷たい目で見下ろすファーフに、私はそう呟いた。
動きが鈍いフリをして私が近付くのを待ち、攻撃する。酷い戦法だ、まったく。
「なんじゃ貴様、もしや怒っておるのか? はっ! この際勝てば良いのじゃよ!」
なんて言うファーフ。恥ずかしくないのだろうか。
「このバカ竜種! 恥を知りなさいな!」
とか言ってみる。
ファーフはこう返してきた。
「馬鹿はどっちじゃ! 人間のクセして生意気じゃぞ!」
むかっとしてきた。
こんな状況ではあるが、言い返させてほしい。
「その人間を三回も生きてるんですけど! それに、誰よりも人間嫌いなのは私の方です!」
「ワシじゃ! ワシの方が人間は嫌いじゃ!」
「私です!!!」
「ワシじゃ!!」
熱は冷めるどころか、どんどん薪を投げ入れられている感じがする。
周りが素っ頓狂な顔を浮かべているにも関わらず、私は気にすることなく続けた。
「あーもういらいらしてきました! ぶっ殺します!」
私は立ち上がり、月の光で出来た槍を手元に戻す。
地面を強く蹴り、浮かべと唱えれば私は空高く飛び上がる。
そしてその勢いのままファーフの心臓を穿とうと、槍を前に出しながら飛んだ。
案の定避けられるものの、私はそのまま横に振りかざす。
「ぐはぁっ!」
見事、命中。
彼女の腕に、槍先の刃が食い込む。
何とも気持ち悪いので表現したくない。
「どりゃあ!」
そのまま私は横にぶおんと強く振る。
すると、彼女の体は真っ二つに割れた。
これはまた、二度と忘れられない光景だ。
肉塊が飛び散り、血液は雨のように降り注がれていた。
「やりおったな、貴様……! ワシの方こそぶっ殺してやる!」
ファーフの分断された下半身は、地上に落下していく。
だがそれらは、完全に地面に着地する前に塵となって消えた。
そしてファーフの体を見てみると、下半身は元通りになっていた。なんという再生速度。
「ずっる! ずるファーフ! 切り刻んでやります!」
私は四方八方から鋭い刃物の形をした魔力の塊を飛ばす。
ファーフは防御魔法で自身の体を守るものの、量には敵わなかったようで、防御魔法は破れた。
「あ、しまった」
忘れてた。戦いを素で楽しんでいたせいか、やるべき事を忘れてた。
急に頭に思い浮かぶものだから、人間の脳というのは驚きだ。忘れてはいけないというのをしっかり脳に染み付いていたおかげで、思い出せた。
ボロボロのファーフの前で、私は静かに佇んでいた。
「……なんじゃ貴様、気味が悪いのう。何かを思いついたみたいな顔しおって」
傷が再生する様子を見ながら、私は思考を巡らせた。
この魔力量なら、おそらくだが大丈夫だろう。
「思いついたというか、思い出したというか。まあいいです。そろそろ茶番はおしまいにしましょう」
「ああ、良いじゃろう。なら、貴様に選ばせてやる。竜の姿か、人の姿。どちらの本気がみたい?」
「……そのままでお願いします。竜の姿はこわいので」
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