第40話
「どちらの本気がみたいんじゃ?」
「……そのままでお願いします」
人の姿の方が、戦いやすい。
それに何より、竜はすこしこわい。
「……はっ。変わってないな、貴様。強がることなく、正直で。ワシは好きじゃよ、貴様のそういうとこ」
「どうもありがとう、ファーフ」
私は魔力をねり始める。
鋭く、そして何より繊細に。
月光の槍は消え、私を強化してくれていた衣も消えてしまった。
確かに少し、先程の調子よりも好調ではないような気もする。だが誤差だろう。おそらく。
「さあゆくぞ! 死の覚悟をせよ!」
「そちらこそ!!」
お互いが魔法で中央でぶつかり合う。
爆風が私を襲い、吹き飛ばされそうになるところをどうにかして留まった。
その時、ファーフから異様な気配を感じ取れた。
不吉な予感と共に来るのは、明確な殺意と、魔法。
私は咄嗟に防御魔法で防ぐが、先刻とは魔力量も威力も違った。
本気で決着をつけに来ているらしい。
ならば私も、これ以上の力で対抗するしかない。
だが切り札のためにも、もう魔力はあまり減らせない。だからといって地上戦になると家屋が崩れ、被害が拡がってしまうだろう。
私は思考を巡らし、最善の策は何かと考える。
ファーフを殺せる方法、それは──。
「……やっぱりそれしかありませんか」
闇魔法。
人の魂を魔力に変換し、その魔力を使いまた魂を奪う。闇魔法はそれに特化した魔法だ。
あまり使いたくないのだが、こればっかりは仕方ない。カレオスと同じ方法で、倒してやろう。
私は考えたとおりに魔力を練り、魂に向けて放つ。
それが闇魔法と悟られぬよう、見せかけの魔弾や魔力光線を放っておいた。
「効かんぞ。そんなくだらぬ魔法は」
ファーフは闇魔法を指で弾くと、それを抹消した。
意味がわからない、そんなのずるいじゃないか。
闇魔法を消されるのなら、倒す方法がもう見つからない。
「……なら、当たるまでやってやります!」
私は闇魔法を連発する。
暗黒の球が、彼女めがけていくつも飛んで行った。
ファーフは案の定、全て避けたり防いだりして身を守っていたが。
黄金の足輪の力は一体どうしたのだろうか、と怒りたいのは山々だが、考えたらそれだけでファーフが弱くなるわけがなかった。
何とかしなければ。
心の中にいつもファーフはいて、解決策とか慰めとか、いろんなことを言ってくれていた。
今は自分の力で考えなければ、もう助けてくれる人なんていないんだから。
「──あ、わかった」
閃いた。
魂をまた、移し替えてやろう。
魂に干渉する魔法。先祖が開発した邪悪な魔法を使ってやる。
だがそんなの、試したことがない。
どうやれば正解なのか、どうしたらその魔法が発動するのか。私には分からない。だってやったことが無いもの。
一か八か、記憶を頼りに試してみるのも良いだろう。
魔塔で見た、あの本を頼りに。
「──魂は此処に。其の意思を移し、異の歩みを為せ」
「っ! 貴様、それはっ!」
ファーフは私に大量の魔法を浴びせてくる。
だがどうしてか、私には一切当たらなかった。
発動もしていない防御魔法が目の前で展開されていたのだ。
「何かは分からないけど、きっと私達の出番な気がする!」
「ネフィア。お前は守ることだけに集中しろ。魔力は俺から吸い取れ!」
ファーフの反応から察するに、これはおそらく正解なのだろう。
続けて私は唱える。
「永遠の生命は此処に! 肉体を捨て、老いぬ魂を我の内に!」
「貴様、やめろ、やめろぉ!!」
ファーフは防御魔法を突き破る勢いで魔法をぶつける。もちろんひび割れ、塵となって消える防御魔法。けれどそれは、一切の隙を与えることなく顕現し続けた。
「夢幻を実現せよ。形を成せ。何れの終が来ようとも、枯れぬ魂が有る限り、繰り返せ!」
ファーフは業火に包まれたと思えば、再び竜の姿が現れた。
私は構わず続ける。詠唱はあと少しだろうから。
それを邪魔するように、邪竜は斬撃や尾で攻撃してきた。結果は変わらず、常に防御魔法が私を守ってくれていた。
「ううっ、そろそろ限界かもぉ……!」
「耐えろネフィア、あと少しだ!」
本当にあと少しだから、頑張って。
全ての魔力を注ぎ込み、全力で魔法を発動させる。
ファーフの魂を、移し替えてやる。
「輪廻を生き、常世を支配せし其の魂。今、我の元に!! 果たせ! 【
その瞬間、ファーフの頭上に大きな魔法陣が現れる。それと共に、魔法陣は神々しい光を発しだした。
私は失明してしまうほどの光に目を覆い、発動できてますようにと心の中で祈っていた。
「くっそぉぉぉぉお!」
その言葉を最後に、光は消える。
そしてファーフは、地面に落下していく。
ぺしゃ、と音が響く。着地したらしい。
「……っ! ファーフは!」
ファーフの体は見えるものの、肝心の魂がいない。
もしや違う誰かに憑依した──?
『いいや、その考えはちがう。残念ながらワシは戻ってきたぞ』
私の頭の中に渡るのは、少女の声。
聞き馴染みのある、親友の声だった。
『もう良い。ワシの負けじゃ。ここまで来たら負けじゃよ。あーあ! ようやく計画が実現すると思うたのにな!』
不貞腐れるファーフ。
よかった。これでようやくおしまいだ。
「……もしかして私達、勝った?」
下からネフィアの声がした。
私はゆっくりと降下する。そしてみんなの前に降り立った。
「皆さん、ご安心を。ファーフはここに」
私は心臓のあたりを触る。
その言葉を聞くと、全員が安堵の表情を浮かべた。
「や、やったー!! マグナス! 私達やったよお!」
「……ああ」
ハグをして喜びを分かち合う二人や。
「……世界の平和が、守られたのですね」
胸をそっと撫で下ろす聖女の姿。
そうか。人類は、勝利したのか。
「皆さん! 私達は邪竜を討ち、平和を勝ち取りました! 惜しくも失ってしまった命に祈りを捧げると共に、クロエ様に拍手を!!」
聖女はそう声を張り、民衆や騎士達に告げた。
その瞬間、大きな歓声と美しい拍手が私に贈られた。
「ありがとう、クロエ様!!」
「アンタは最強だよ!」
こんな事言われて、嬉しくないわけがない。
だけど、私は喜ばれる人間ではない。今までずっと、酷いことをしてきたのだから。
『けっ。貴様らなんか、チャンスさえあれば殺せるんじゃが』
「……みなさん、ありがとう。ですが、まだ戦いは終わっていません。むしろ、これからが本番です」
私は魔力を練り始めた。
「では最後に幾つか、懺悔しましょう。
私は巷を騒がせた殺人鬼で、多くの人の魂を奪ってきました。それは何に代えても許されない。罪は償うべきだと分かっています。ですが、逃げてしまうことをお許しください。
ネフィア、マグナス。あなた達の師匠を殺してしまってごめんなさい。仕方がなかった、なんて言いません。許しなんて乞わない。ただここに、懺悔します」
ネフィアとマグナスは、耳を疑うような発言に顔を青ざめた。
さてと。もう準備は整った。
あとは魔法を発動するだけ。
私は感覚を澄まし、魂の位置を把握してみる。
丁度心臓の部分、魂が重なっているのが分かる。
「ああ、それとファーフ。あなたにも言っておかなければなりませんね」
『なんじゃ? 聞いてやらんこともないが』
「何回も言いますが、私はあなたに感謝してもしきれません。助けてくれたこと、一緒にいてくれたこと、そして魔法を教えてくれたこと。これら以外にも、全てに感謝しています」
私は呼吸を整え、覚悟を決める。
「それと、大好き。ずーっと大好きです。あなたは?」
『……嫌うやつが何処におる』
「それを聞けただけでも、満足です」
闇魔法を発動し、闇魔法で出来た魔弾を刃物のような形に変形させ、物体化させる。
それを両手で強く掴めば、内側に向け心臓の前まで持ってくる。
「……大丈夫です、ファーフ。あなたと一緒に死んであげます」
死は怖い。そんなのとっくに知っている。
ああ、腕が震える。でもしっかり狙わないと。
「────」
唾を上手く飲み込めない。
呼吸のタイミングも、なんだか変だ。
ああ、やっぱり死ぬのは怖いや。
『ま、待て! 別に死なんでも良いじゃろうが!! お、落ち着け!』
「ちょ、ちょっと待っ──」
このままじゃ、ネフィア達に止められる。
その前に、はやく。
「────!」
私は刃物で心臓を深く突き刺し、魔法が体内にて効果を発動していくのを最期に感じ取った。
肉体はもちろん痛いが、それよりも魂に浸透していくのがよく分かった。痛いというよりも、力が無くなっていくのを感じる。
もう何も聞こえないし、何も見えない。
『この阿呆! 道連れとは卑怯なっ──!』
ファーフの声を最期に、私は意識を手放した。
願わくば、このまま死なせてくれ。
もう一度なんていらないから、このまま。
深海に沈むような気分のまま、私はクロエをやめて、生を捨てた。
これで、私は────。
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