第41話

 ワシが目覚めた時、そこは何もない空間じゃった。

 どこまでも水面が広がり、空には綺麗な星空がワシを見下ろしていた。

「──黄泉、か」

 黄泉の国。

 死者が冥界に行く前、最後に訪れる場所がこの黄泉の国である。

 そこで過去の事や、自分が死んだ後の現実を見ることが出来る。冥界に行く決心がつくまで、永遠に。

「……もしかして、ファーフ?」

 ワシは振り返る。

 そこには金髪で、青い瞳を持つ可愛らしい少女がいた。

「クロエか。はっ、貴様もチャンスを与えられたか。幸運じゃな」

 魂がある者しか、この黄泉の国には来ることが出来ない。それと闇魔法で魂を奪われてしまった者は、黄泉の国には入れない。冥界に行くしかなくなってしまう。

 そもそも黄泉の国とは、死者の最後の救いである。黄泉の国は、悔いを残さない事を目的としている。なので闇魔法で死んだ者、黄泉の国に来られなかった悔いのある死者は現世に留まることを望む。故に奴らは死霊やら魔物やらになり、無理やり自分を現世に残すのだ。

 だが運が良いと、黄泉の国に入れる権利を与えられる。条件などは無いが、神か誰かが無作為に選んでいるのじゃろう。

「ここ、どこですか? というか私達──」

「ああ、死んだな。そしてここは黄泉の国。いわゆるあの世じゃ」

 ワシは簡単に説明してみせた。

「……ごめんなさい、ファーフ。あんな終わり方しちゃって」

「ふん。謝るでない。終わってしまったものは仕方ないのじゃからな」

「……じゃが貴様、最後に会うのがワシで良かったのか? ルークとやらでも良かったじゃろうに」

 自分が願えば、今からでもその人には会える。

 何度も言うが、ここは悔いを残さない為にある場所であるから。

「ええ、いいんです。……やっぱダメ。後で会います。それよりもまず、私はあなたと話がしたいから」

「ほう?」

 ワシは腕を組み、クロエの言葉を待った。

「あなたの人生は、どうでしたか? ファーフ」

「ふむ。悪くはなかったな。目的を果たせなかったのは無念じゃったが、まあそれなりにやれたじゃろう。貴様こそどうじゃ?」

「……人生を三回経験しましたが、どれも駄目でしたね。私はたぶん、生きるのが下手なんだと思います」

 クロエは顔を伏せた。

「……まあ、貴様はよく頑張ったと思うぞ。それよりも、貴様はワシに聞きたいことがあるようじゃな? 何でも聞け。本当に最後なんじゃからな」

「勘が鋭いことで。ではひとつ。どうしてあんな事したんですか?」

 あんな事というのは、おそらくワシが街を破壊し、人間どもを殺戮した事のことを指しているのだと思う。

「今の汚い人間を消し、また新しい人間を生む。奴らが頂点に立つ世界とか、気に食わんからな。貴様やカレオスなどの個体は好きじゃが、そもそも人間は嫌いじゃ。人間に滅ぼされているからな、ワシら」

 ワシは続ける。

「じゃから、ワシが神になってやろうと思うたのじゃ。じゃが一人だけじゃと無理があるじゃろう? じゃから弟子を取り、手伝わせようと思っただけじゃ。人間界に入ったのは、その理由が大きいな」

 時間は掛かったが、実行されなかったよりかはマシであろう。

 弟子達に顔向けできるかと言われたら、出来んかもしれんが。

「そうそう。で、質問の答えじゃ。世界を新生させるため。これが答えじゃ」

「……そうでしたか。ええ、それは仕方がありませんね」

 クロエは意外にも、ワシを肯定した。

「何故そう言える?」

「私も嫌いですもん、人間は」

 ああ、確かに言っていた。

 嫌いだと、言っていた。

「……そうか。ならなぜ、ワシの目的を阻止した?」

「そう言われると、わかんないです。これが私に出来る、唯一の罪滅ぼしだと思ったからですかね」

 なんとも自分勝手な考えだ。

 本当に反吐が出そうな、自己中心な考え。

「……虫唾が走る。そんな自己中心さに、ワシは嫌悪感を覚えたんじゃ」

「そう。それはごめんなさい」

「終わったことは悔いても仕方ない。さ、終わったらとっとと消えろ」

 ワシは背を向け、クロエから遠ざかりはじめた。

「……うわあぁぁぁあん! うわあぁぁん!」

 急に泣き声がした。

 唐突過ぎて焦りながらも、ワシは振り向き傍によった。

「き、貴様? さっきまで泣いておらんかったじゃろうに!」

「わ、わかんない、けど、涙が止まらないんですよう! うわぁぁあん!」

 大粒の涙をぽろぽろと零し、大きく泣き叫んだ。

「ほんっとうに! 怖かったんですからあ! 私が本当は弱虫なの、知ってるくせに!!」

 クロエはワシの胴をぽかぽかと殴ってくる。

「あ、いや、悪かった! から落ち着け!」

 こんなの、慰めるしかないじゃろうて。

 訳が分からなくなりながらも、とりあえず宥めてやる。

「……ひっく、もう、我慢してたのにー!!ひっく」

 コイツもしや、生きてる間ずっと我慢していたのか?

 だとしたら、とんだ強がりな奴であるが。

「よ、よく頑張った、な?」

 ワシはとりあえず、抱き締めてやる。

 いやはや、違和感しかないが。

「……ひっく、何気に初めてです。ファーフにハグしてもらったの。ひっく」

「ワシじゃって初めてじゃよ。こんなの……」

 クロエは段々と落ち着きを取り戻し、ようやく深呼吸できるくらいまでは和らいだ。

 死んだ後でも忙しいなんて、まるで生きてるみたいで変な感覚になる。

「んで、じゃ。もうそろそろ時間じゃろう。いや、時間などないが……。いやいや、そんなのはどうでもよい。さあ行け。ワシなんかに構わず、未練を残さぬよう思う存分、黄泉を楽しめ」

 ワシはクロエにそう告げた。

 もう二度と会えないのは寂しいが、これも人生のおもろしさというもの。

 そう考えると、やっぱり寂しさが勝ってしまう。

「はいはい、分かってますよ。でもファーフ。次に出会うなら、敵同士じゃないといいですね」

 クロエは純粋な願いを零し、ワシに抱きついてくる。

 ワシは拒まず、受け入れた。

「……ああ。そうじゃな」

 体温はないはずなのに、温もりを感じる。

 ああ、久しぶりじゃ。

「……それじゃ、さようなら!」

 クロエはワシを抱き締めながら、光の塵となって消えた。

「ああ、待っ──」

 ワシが抱きしめ返そうと思った時にはもう、彼女の姿はなかった。

 だんだんと消えていく感覚。久々に感じた、ヒトの温もり。

 ──やっぱり人間は好きだ。

 好きと嫌いとが混在するワシだったが、今では好きの気持ちが強く在る。

「──はっ。まあ、良い」

 そんなことよりも、摩訶不思議な奴だった。

 転生を繰り返し、人々に見捨てられた女。

 思えば、面白かった。

 ワシは幾千の思い出を振り返り、幾万の感情を甦らせ、一人耽けていた。

 しばらく決心がつかずにいたが、そうしてワシは冥界に行く事を決めた。

 もう悔いはない。

「せっかくなら転生かのう。ユグドラシルはつまらぬと聞くしな」

 ワシの体は、クロエと同じく塵となって消えていく。

 ここまで来たら、もう悔いは無いだろう。

 ──ああ、もう良い。








─────────


 がたん。

 どっどっどっ。

「────」

 なんだこの五月蝿さは。

 誰かがこちらに向かってくる。

 目は、開けられない。

「──ナー、──ファーフナー? あれ、寝ているの?」

 女性の声だ。

 だがまあ、おそらくワシには関係の無い事。

 眠り続けよう。

「おーい、あれ? ファーフナー? 起きてくださーい」

 元気なことで。

 仕方ない。目が覚めてしまった故、起きるとしよう。

 ワシが目を開けると、見知らぬ天井がワシを見下ろしていた。

 そういえば確かに転生を選んだな、ワシ。

 さて、この世界はどうなっておる?

「ファーフナー。そろそろ魔塔に行く時間ですよ。おばあ様との約束ですし、遅刻なんて出来ませんから」

 ワシはふかふかなベッドから体を起こし、辺りを見渡す。

 そこには金髪の髪を腰まで伸ばした少女の姿があった。

「──クロエ、か?」

「クロ、なんですか? まあ、スペルはクロエと読みますが……。というか、です。さっさと起きてください。リュークも私も、準備出来ましたから」

 見覚えのある、というよりも、彼女そのままの姿ではないか。

 そっくりそのまま、今世に持ってきたような、そんな感じだ。

「な、な……なんじゃ、これは……」

 記憶を引き継いできたので、少々混乱した。

 だがすぐに冷静に考える事が出来る頭脳を持っていて良かった。ワシは現実を受け入れつつ、この後起こる出来事の予測を始める。

 魔塔、とクロエは言っていた。ということはおそらく、カレオスもそこに居るのだろう。

「どうしたのです? カリオースと会えるのを楽しみにしていたではないですか」

 カリオース、というのはおそらくワシの世界で言うカレオスであろう。

「あ、そうそう。お義姉様と明日、市場に行くんです。ファーフナーも一緒にどうですか?」

「──なん、じゃと?」

 彼女は平然とした顔で、そう述べた。

 まるでそれが当たり前かのように、彼女は言ったのだ。

「どうしたの? 今日のあなたは少し変です。もしかして、熱でもあるのですか?」

 クロエはこちらに向かってくる。

 そして額に手を当て、ワシの温度を確認している。

「──貴様、本当に……?」

「え、あ、市場に、ですか? ええ。というか、いつもの事じゃないですか。さ、そんなことよりも早く準備をしてくださいな」

 彼女は呆れた顔でそう言った。

 ──ああ、良かった。

 こいつはもう、大丈夫なんだ。

 ワシは思わず、安堵の表情を漏らした。

「……ああ! そうじゃな。早う会ってやらねば、奴らも寂しくて泣いてしまうじゃろうからな!」

 今はどんな世界かは分からぬが、きっとそのうち分かるであろう。

 だが一つだけ分かることがあるとするならば、この世界は誰もが幸せに生きれる世界だということだ。

 夢のようなこの現実を、ワシは命懸けで守り抜いてやる。

 さあて、カレオス共の顔を見てやるとしようではないか──!

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【完結】弱虫令嬢は最強魔法使いである Ms.スミス @ms_sumisu

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