第17話

 サンドゥ公爵家は、首都から少し離れた場所に所在する。

 サンドゥ公爵家が支配している領地は、ベーダルという街だ。決して田舎ではないが、首都ほど大都会ではない。程よく建物が健在している街。だが流行りなどは敏感なので、メルステナ王国の第二の首都と呼ばれたりする。

 私達は、控えめの服装にローブを羽織り、フードを深く被る。

「ルーク。私、服が見たいです!」

「そうか。ならあのお店に行こう」

 私の要求通りに動いてくれるルーク。なんだか、これはこれで新鮮で良いかも。

 ブティックを見て、屋台を回り、活気のある街を散策する。これほど平和なことがあるだろうか。


 そうして私達は夕刻までしばらく遊んだ後、徒歩で屋敷に戻ろうと大通りを歩いていた時のこと。ふと辺りを見渡したいと思い、立ち止まった。

「……クロエ?」

 ルークは心配しながら私の名を呼んだ。

 冷たい風が私達を抜かした時、からからと音を立てながら枯れ葉が私の足元にやってきた。

『どうしたんじゃ? 落ち葉にすら情を向けたくなったか?』

 違う、そうではない。

 だが、なんだか変な気がした。人生の歯車が、今ようやく回りだしそうな、運命に出会うような予感がしたのだ。

「……ようやく見つけましたよ、主」

 私の後ろから、そう男の声がした。その声の持ち主を視界に入れるため、後ろを振り返る。だがそこには街の人々が行き交うだけで、それらしき人は見当たらなかった。

「クロエ、どうしたんだ?」

 ルークは私に声をかける。

「……いえ、なんでもありません」

 私はルークの方を向き、そう返した。

 何事もなかったかのように、ただ前を向いて歩き出した。

 今日は私の誕生日なのだから、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。



♦♦♦



 街を堪能し、夕食も済ませた私達は、各々の部屋に戻る。そこは自由の空間であり、誰にも邪魔されてはいけない領域である。

 だが、今日は別だ。

 ようやく十六歳になったことだし、私達夫婦がまだしていない行事もあるだろう。

「……ルーク。居ますか?」

 私は大きな扉に三度ノックの末、ルークを呼び出した。数秒程で扉は開き、大きくて格好良い、部屋着姿の彼が現れる。

「どうした……って、その姿……」

 そう、私の今の服装はいつものネグリジェとは違って、ランジェリーを着飾った超破廉恥コーデである。

 実際とても恥ずかしいし寒い。だが、思い切った行動は大切だ。それは自分が成長した証である、誕生日の日は特に。

「ルーク。私はもう、十六歳です。そういう事をしても良い年齢、という事ですよ?」

 反応が薄いルークの目の前で、照れながらこんな事を言っている私。

 それにしても、何か言ってくれても良いのでは。

「……る、ルーク? も、もしかして嫌でした……っひゃあ!」

 私はいつの間にか両手で抱えられ、身動きが取れなくなっていた。

「……ルーク?」

 私をベッドの真ん中に優しく置くと、無反応だったルークは口を開く。

「すまない。だが、お前が悪いんだぞ」

 ルークは服を脱ぎ捨て、立派な筋肉を顕にした。

 大木のような腕に、大きな胸筋。腹筋もくっきりと浮き出ていて、男性らしい体つきをしていた。

「……わ、え、ま、待ってくだ──」

 そんな事を言う間に口を塞がれ、熱いキスを。ただ激しく濃厚なこの時間を、私達は夜遅くまで楽しんだ。




 そして私は、夢を見た。

 先の快感をも忘れてしまうほどの、不思議な夢だ。

「飛べ、飛べ、飛べ!」

 叱責するかのように唱えるその人は、とても幼い男の子だった。

 白髪に、金色の瞳を宿した男の子は、誰もいない部屋で一人熱心に魔法の練習をしているようだ。

 そもそもここは、どこなのだろう。

「おい、またやっておるのか。貴様は全く懲りぬ奴じゃなあ」

 奥から歩いてきたのは、またそれも幼い子どもだった。クリーム色の髪を太ももまで下ろし、真紅の瞳は男の子を睨みつけていた。

 口調が誰かとそっくりな気がするし、懐かしさを感じるのは何故だろう。

「僕は絶対に、飛んでみせます」

「そうか」

 淡白に返す少女は、腕組みをして男の子を遠くから見守っていた。

 私は二人を見下ろしながら、辺りを観察する。散らばった本、蝋燭の灯り、差し込む月光。これら全てに意味があるのか分からないが、何故か見覚えのある景色に思えた。でも、記憶の一欠片がぽっかり抜かれたようで、モヤモヤする。

「……魔力が乱れておる。もう少し集中せい」

 クリーム色の髪をした少女は、飛行魔法のアドバイスを男の子にした。

「はい。飛べ、飛べ……飛べ!」

 男の子は、どれだけ魔力を研ぎ澄ましても、なかなか飛行魔法を発動することは叶わなかった。

 もしかして、これ夜になるまでやってたのだろうか。

「はぁ……。自分を物だと思え。ワシが持ち上げてやろうか」

 男の子に助言を与える少女の頭を撫でようと、私は手を伸ばす。少女のような、大人のような少女の頭を撫でてあげたかった。唐突に、撫でてあげたくなったのだ。

「……あっ」

 私の腕は、少女の体を貫通する。

 どうやら私は、透けてしまっているらしい。だから何にも触れられず、誰にも見向きされない。本当に第三者であり、まるで本の物語に没入しているようだ。

「……飛べ!」

 男の子は、少し低いが宙に浮いた。

「し、師匠! 出来ました! 僕、浮いてる!」

 男の子は興奮しながら、少女の方を見た。

「ああ。見えておる。その感覚を忘れるなよ」

 少女は退屈そうな返事をしたが、ほんの少しの喜びが漏れ出ていたように感じた。

 というだけの、おかしな夢を見た。


 目が覚めると、キングサイズのベッドに、裸の私一人だった。もうとっくに日は登っており、冬ながらも暖かな日差しが差し込んでいる。

 おそらくルークは執務室に居るか、騎士団の皆と鍛錬をしているのだろう。

 優秀な私のメイドは、私のドレスをルークの部屋まで持って来てくれたらしい。とりあえず着替えるとしよう。

『やっと目が覚めたか。この獣め』

 ファーフは私に、そう呆れたように挨拶をしてくれた。

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