第16話

 疲れ果てた私達は、早めに帰る事にした。

 彼のエスコートで馬車に乗り、一日かけて国に戻った。

 サンドゥ邸に到着したのは夕方くらいであった。 日も暮れそうで、なんとか顔を少し出しているくらいだった。

「つ、疲れましたね……」

「まあな。お前は部屋でゆっくり休むといい」

 ルークはそんな事を言うが、もしや休まないつもりなのだろうか。それだったならば、凄い体力の持ち主である。

 二人で馬車から降り、夕日に照らされた立派な屋敷を見上げる。ここはやっぱり、綺麗で優雅で良い場所だ。

「ルークはどうなさるのですか?」

「……少しだけ、アイツらの様子も見てくる」

 彼の言うアイツら、というのは、騎士団の人達の事だろう。その証拠に、ルークは訓練場へ向かって歩き出している。

「お気をつけて」

 私は彼の背中にそう言の葉を放つと、私も屋敷の中へと向かって歩みを進めた。

『貴様も早く寝ると良い。というか、今日はそもそも公務が休みの日じゃったな』

「はい。ふわぁ……。なのでせっかくの休みだというのに、寝るだけというのは勿体ない気がするんです」

 といっても、もうすぐ夜なのだけど。

 少しだけ寝て、夜更かしするのも悪くはないとは思うが、明日の公務に支障をきたすようならば、今から朝までぐっすり眠るしかないのだが、どうしようか。

『公務って言っても、三時頃までには終わらせておるではないか。今日は奴の言った通り、ゆっくり休むのが吉じゃ!』

「たしかに、それもそうですね」

 部屋までの道のりがかなりだるいのは置いておいて、私は自室へと足を運んだ。

 そして自室の扉を開けると、ちょうど部屋着を用意してくれていたアナベルが居た。

「あ、おかえりなさい! パジャマはこちらに。コルセット、今外しますね!」

 てきぱきと私のドレスを解いてくれるアナベル。 私の従者はとても優秀らしい。

「ありがとう、アナベル。本当に疲れたわ……」

 ドレスを全て脱ぎ終え、白い部屋着に着替えたところで、私は本音を漏らす。

「ええ。何せ大陸一の舞踏会でしたからね。疲れるのも無理はありません。夕食は召し上がりますか?」

「……いえ、今日は遠慮しおくわ。とても眠たいの」

 少し考えた後、私はお腹が減っていない旨を伝えた。

「かしこまりました。今日はごゆっくりお休み下さい。また今度、舞踏会での出来事を聞かせてくださいね!」

「ええ、勿論。おやすみ、アナベル」

「おやすみなさい。奥様」

 扉がバタンと閉まった音がしたすぐ後、布団の中に潜ると、眠気が一気に襲ってきた。まるで瞼の上に、重りが乗っているみたいだ。


 そして何事もなく、朝を迎えていた。

「……もう朝?」

『おはようクロエ! 今日も良い天気じゃなあ! 舞踏会も終わり、貴様とルークの仲も円満。あとは魔塔に乗り込むだけじゃな!』

 カーテンはもう開かれていて、朝を報せる陽の光が私の部屋を明るく照らした。

 こんなに優雅な朝なのに、ファーフだけは優雅という言葉が似合わない言葉を吐いていた。

「ファーフ、今日は魔法の練習の約束でしたでしょう……?」

『がっはっは! それもそうじゃな! まあ早く起きよ! 太陽が沈んでしまう前にな!』

 いい意味でも悪い意味でも、私はパチッと目が覚めてしまった。仕方ない。もう少し寝たかったが、起きるとしよう。



 

♦♦♦




 意外とたくさんの時間が流れたらしく、いつの間にやら私も十六歳になる時が来たらしい。

 紅葉もとっくに枯れ、雪がちらつく季節。寒くて凍ってしまいそうな時期が、やってきてしまった。

「クロエ様、お誕生日おめでとうございます!」

 食事室に入ると、執事やメイド、騎士団の人達が一斉にそう祝いの言葉を私に投げた。

「おめでとう、クロエ」

 そこにはルークの姿もあった。

 今日は私の誕生日。私が主役になれる日だ。

『なんじゃ貴様、誕生日じゃったか! めでたいのう! おめでとうじゃ!』

「……みなさん!」

 時間が過ぎるのはとても早く、転生してからもう一年経ってしまいそうだ。

 それよりも、皆が私に贈る暖かい言葉や拍手が胸に染みて、涙が溢れそうになった。

「いやあ、まさか夫人のお誕生日パーティに出席できるなんて思っていませんでしたよ! 一昨年は誕生日を迎えるどころか、首だけでしたからね!」

 騎士団の一人、ルークの片腕的存在のレイン・ドートはそう言った。水色の髪を揺らしながら、なかなか笑えない冗談を発したレインの横でとんでもないくらいの殺気を放つルークを、私は気付かないふりをした。

「あはは……。ま、ひとまず。奥様、誕生日おめでとうございます!」

 レインの言葉に苦笑いを浮かべたアナベルは切り替えて、祝いの言葉を私に放った。

「ありがとう、アナベル。そしてみなさん、ありがとうございます!」

 私は満面の笑みを浮かべながら、最大限の感謝を伝える。

 誕生日なんて、人生で初めて祝われたかもしれない。前世なんて引きこもってばかりだったから、メイド達も呆れていたのだろう。前世の私に、外に出ろと伝えてあげたい。

「クロエ。今日は二人で過ごそう。そうだな、街にでも行かないか?」

「ええ、はい! 勿論です!」

 私は勢いよく了承する。

 さあ、ならばとことん付き合ってもらおうか。女子の買い物程怖いものはないのですからね。

『……ワシに拒否権はないのか?』

 ありませんよ。

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