第18話
あの夢を見た時から、ほぼ毎日あの子達の夢を見るようになった。
クリーム色をした髪を後ろに下ろした少女と、白髪の少年の日常。他にも人は出てきたけど、顔はよく覚えていない。それにいつも同じ時間で、同じ場所。ある時は魔法の練習、ある時は魔道具の解体、ある時は少女のご機嫌取り。
「……誰なんだろう」
言の葉という雫は誰にも拾われず、空に混じえて消えるだけ。寂し懐かしい空間に、私は今日も連れていかれていたらしい。
そして迎える朝。
隣でまだ眠っているルークを起こさぬように、ゆっくりと起き上がった。
『起きたか。今日もいい天気じゃのお』
ファーフは早起きのようだ。
「……おはようございます。ファーフ」
ぐーっと背伸びをすると、私は静かにベッドから離れる。そして静かに軽いドレスに着替え、部屋から出た。
まだ朝早いので、廊下には誰もいない。蝋燭がぽつぽつと明かりを灯しているだけであった。
「ファーフ、聞いてください。今日もまた、変な夢を見たんです」
『またか。毎日見ておらぬか? それも毎回夢の内容を忘れおって。意味がわからぬな』
夢を見る時は思い出すことが出来るのだが、夢から覚めると、夢の内容をほとんど忘れてしまうのだ。だから今日の夢だって、誰が出てきて、何をしたのかも覚えていない。
「でも、懐かしいと思うんです。その感情だけは忘れることはないのです。不思議ですよね……」
『ま、忘れるということは、それほど価値がないということ。それも毎日じゃろ? 気にせずとも、いずれどうにかなる』
「……そうですね。じゃあファーフ、今日も魔法の特訓をお願いしますね!」
『うむ!』
切り替えも大事である。
♦♦♦
幾らか時間は過ぎ、立派な大人の女性に相応しい年齢になった。
ファーフに憑依されて約三年、なんだかんだ楽しく暮らせていた。ルークとの仲も良好だし、魔法もそこそこ使えるようになっていた。
『なあ、思うんじゃが、良いか?』
「はい。どうかされましたか?」
三日月の晩。
蝋燭の灯りを頼りに、執務室で残った仕事をこなす私に、ファーフは何か用事があるようだ。どうせくだらない事だろうと思い、質問することを許可した。
『奴に魔法が使えることを知らせんのか? もう頃合じゃろう。貴様が言わんでも、おそらくバレておるだろうがな』
魔法というのは極めて危険で、とても便利なものである。
この国では、魔塔の人間以外が魔法を使う事をあまり良しとされていないだけで、他の国では魔法の使用が禁止という国も存在するくらいだ。なのでいつも人目のつかないところで魔法の練習をしているのだが、魔力を感知できる者がいるとするなら、私はもうとっくの昔に魔法を使用している事は知られているだろう。
「……正直言うと、魔法を使っていると知ったら、嫌われてしまうかもしれないのが怖いのです。恐怖の対象だと思われるのは、嫌なんです」
『そうかそうか。まあ勝手にせい。いずれ知られてしまう時はやって来るじゃろうから、言い訳を考えておくことじゃな』
というよりも、まずはルークの蛇の呪いを解いてあげなければならない。聖女ではないので、確実に呪いを解除できるかといえばそうではないのが悔しいところ。
「ファーフから見た私って、魔法使いとしてどれくらいのレベルなんですか?」
『うーむ。まあワシの弟子と同じくらいだと思うぞ。そこは戦ってみんと分からんが』
魔法使いは戦うのが好きらしい。だけども私は戦闘なんていう危ない行為は怖いので遠慮しておこう。
それにしても、ファーフほどの魔法使いに認められるのはなんとも嬉しい。ファーフは褒めて伸ばしてくれるタイプなので、自信にも繋がる。彼女は先生に向いていると思う。
「……弟子さんか。会ってみたいです」
『おそらく魔塔におるじゃろう。ワシが封印されてどれだけの時間が経ったかは分からぬが、奴も大人になっておるだろうな』
ファーフは期待を込め、だが寂しさも込めた言葉を吐いた。
会ってみたいのはそうだが、命を狙われているのに敵地に潜入するのは危険すぎる。今生活しているだけでも、いつどこでファーフが見つかってしまうのか分からないのに。
『まあ、魔塔の人間なら呪いも解けるじゃろうな。呪い専門の奴が居れば、の話じゃが』
「そ、その話、本当ですか!」
『ワシが嘘をついた事があるか? ていうか、教会に行くのが一番手っ取り早いんじゃがな』
それはルークが嫌がるので、無理な方法である。
以前一緒に祈りを捧げに行こうと誘ったが、彼は行かないの一点張りだった。彼は蛇の呪いを授けた神を恨んでいるらしく、教会は苦手なのだと教えてくれた。
「ま、まあ……。魔塔も教会も無理なら、私が頑張るしかないですよね。彼の為なら、私は命も投げ出す覚悟です!」
『それだとワシが困るからやめてくれ』
ワガママな人達が多くて大変だ。まるで親になった気分である。
「ああ、レディ。お許しください」
突如聞こえてきた、男性の声。
私は即座に立ち上がり、声の持ち主を探す。
「ファーフ、これって……」
『警戒せよ。何物にも気を散らすな』
私は彼女が言う通りに、執務室を見回した。
控えめなシャンデリアに、真紅のソファ。ただ執務するだけの部屋には、私以外の姿は見えなかった。
「何者ですか! 姿を現しなさい!」
私は誰かに向かって、そう言葉を発した。
このままだと、闇夜に紛れた悪人に襲われてしまう。
そして姿を見られまいと、蝋燭の火はフッと消えた。真っ暗闇で視界が悪い中、私は警戒を怠ることなく構える。
「光よ、我に力を──って、どう、して……」
光魔法の呪文を唱え発動しようとしたが、不発に終わってしまった。私が魔法の発動に失敗したというよりも、発動を防がれたと言った方が正しいだろう。
流石にファーフに代わった方が良いだろうと判断し、この場をファーフに任せることにした。
『あの声、どこかで聞いたような……』
「それは知らぬが、ワシらは今、囲まれておるらしいぞ。これは久しぶりに、ピンチというやつじゃな」
物音一つしない私の部屋は、まるで嵐の前の静けさと言いたげな様子だった。
「クソ。やはりマジックキャンセルか。厄介な物を使いおって!」
マジックキャンセルというのは、一時的に対象の魔力の流れを止め、魔法を使えなくさせる魔道具だ。それをいつの間にか使われていたらしく、私はしばらく魔法が使えないだろう。
『ファーフ、どうにかならないんですか!』
「ワシだって知りたい。これは潔く捕まるしかないだろう。肉弾戦は無理じゃからな」
『そ、そんな……!』
ファーフは両手を挙げると、降伏したことを行動で示す。
「……ありがとうございます。レディ。痛くはしませんので、そのまま大人しくしていてください」
先刻の男の声だ。
誰かも知ることができないまま、私達は落ちたように眠った。
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