第35話

「こうして戦うのは久しぶりじゃのう。カレオス」

「ええ。だが、あなたが彼女の味方をするのはおかしい。彼女に何を吹き込まれたのですか?」

 聞こえていますよ、カレオスさん。

 体の中と言えど、意識ははっきりしている。ただ体を自由に動かせないだけだ。

「いいや、これはちゃんとワシの意思じゃ。奴との約束だからじゃよ。他にもいろいろあるが……。まあよい」

 ファーフは魔力を練り始めた、

 私が練る時よりも、なんだか手馴れた感じだ。

「……では、いきますよ。俺がどれだけ成長したか、見せてあげます!」

 カレオスは大きな魔法陣を背後に展開し、幾多の光線を放った。

 全ての攻撃が無鉄砲ではなく、ファーフを目掛けて飛ばされている。

「はっ! その程度、ワシが防げぬとでも思うてか!」

 ファーフは防御魔法を展開する。

 他にも魔法を発動しているも、私にはなんの魔法か分からなかった。

 私の体で魔法を使っているのに、まるで私じゃないみたいだった。やはりこれが差というやつなのだろう。

「流石師匠ですね。ならば俺も、数で押しますっ」

 カレオスは威力を増した光線を、ハイペースで出し続ける。

 魔力消費が激しそうな魔法だが、カレオスはなんともないような顔をしている。

「……ふふん。狡い手だとは思うが、これは真の戦いじゃ。手加減はせんぞ!」

 体の中に、魔力が増えていく。

 沢山の魔力が体の中に入り、はち切れそうになったその時。

「ふんっ!」

 ファーフは手のひらを突き出し、そこから今まで貯めていた魔力を使い光線を放つ。その一撃は見事彼の胴に命中し、腹部に大穴を空けた。

「ああ、流石です。俺の師匠、ずっと探していた俺の師匠。本当に、強い……」

 そんな事を言っているくせに、カレオスの腹部の傷はゆっくりと塞がっていた。

『こんなの倒しようがないじゃないですか!』

「まあ待て。そんなに焦るようなことでもない。その前にまず、この戦いを楽しませてくれ」

 ファーフはそう言って、魔力をまた練り始めた。

「あぁ、そうじゃった。貴様は常にこの重すぎるドレスを着ておったんじゃったな」

 ファーフはそう言うと、きついコルセットを外し、引き摺ってしまうくらいの長さのドレスを力技で破った。ボリュームをつけるためのパニエもボロボロになってしまった。

『ちょ、ちょっとファーフ! 何をしてるんですか! ドレスはナシです!』

「まあよかろう、ちょっとくらい。それにこうした方が動きやすいからな」

 可愛らしい黒のドレスが一瞬にしてボロボロになってしまったのが信じられないが、今回は許してあげることとしよう。

 本当は泣きたいほど嫌なのだけど。

「……ふぅ。随分と軽くなったな。魔法無しでも飛べそうじゃ」

 至るところから素肌が見えてしまうのが恥ずかしい。もう考えるのをやめよう。戦闘に集中しよう。

「さ、次はワシの番じゃな。いくぞっ!」

 ファーフは身体強化を施した体のまま、カレオスに突っ込んでゆく。

 体術なんか学んだ事ない私の体は、ファーフの頭についていくだろうか。

「はぁっ!」

 ファーフの拳は、カレオスの手のひらで受け止められた。だがファーフは、すぐさま蹴りを入れた。けれどカレオスはその蹴りを流す。ファーフは攻撃する。カレオスは冷静に対処する。この動作の繰り返しがいくつか続いた。

 防戦一方なカレオスは、余裕な表情でまた守りに徹する。受け止めては流し、避けては防ぐ。見てる側からしても正直つまらなかった。

 おそらく同じことを思ったファーフは、一度大きく距離を取る。

「どうした、カレオス。遠慮は不要じゃ。かかってこい」

「僕が近接戦闘が苦手なの知っているでしょう。ですが師匠が距離を取ってくれたおかげで、ようやく僕の番が回ってきそうです」

 すると地面から、とてつもなく大きな魔力を感じた。ファーフは大きく跳ね、上に逃げた。

「ほら、そこです」

 下を警戒していたせいで、意識が周りに向いていなかったファーフ。

 目の前から、大きな炎の塊が迫ってくる。

「っ! 【水壁ウォーターウォール】!」

 ファーフは宙にて魔法を発動する。目の前には水の壁が出来ており、業火からファーフを守った。

 一安心かと思いきや、今度は下から魔法が飛んできた。一筋の光の魔法がファーフを貫こうとやってくる。

 間一髪で避けたのは良いが、顔にかすり傷を作ってしまった。

 地に降り、ファーフは頬の血を拭った。

「……やるではないか。では、お返しじゃっ!」

 大量の魔力を練る。そして放つ。

「【月光ムーンライト・ランス】!!」

 美しい月の光が具現化され、槍の形となる。その槍は、白髪の男を目標にして飛んでいった。

 風を切り、凄まじい速度で飛ぶ槍は、カレオスの展開する防御魔法をも貫通してしまいそうだった。

 カレオスは必死に抵抗する。だがそんな抵抗も虚しく、槍は防御魔法を破壊しカレオスの眉間を穿った。

『うわ、すごい。そんな魔法があったなんて……』

「ふふん。これなら流石の奴も、しばらくは起きてこれんじゃろう。月魔法が竜の血の働きを遅くするからな」

 カレオスはその場で、全身の力が抜けたように背面から倒れ込んだ。

 ぴくりとも動かずに天井を眺めるカレオス。なんだか気味が悪い。

『ファーフ、今のうちにトドメです』

「そんな事はせん。ワシはカレオスを倒すだけで、殺すまではせんよ。殺すなら、貴様の手で殺せ」

『私の手で? 何が違うのです?』

 ファーフは玉座に座るルークの魔法を解かし、彼の方へ歩みながら話した。

「他人の手で殺されたのなら、仕方ないと思い込めるからじゃ。許す、許さないは置いといての話じゃが。……と、ようやく増援か」

 ファーフは魔力を察知したようで、玉座に向かっていたところだが、振り返って様子を見た。

 シャルベーシャとの激しい戦闘を繰り広げていた二人は、もう疲弊しきっているのを確認できた。だが対して獅子はというと、まだまだ戦える力を残しているようにも感じられた。

 すると、若い女性の声が城内に響く。

「浄化せよ!」

 その一声で、何百もの神聖力魔法が獅子とファーフに放たれた。

 ファーフは一切動じることなく、その魔法が降ってくるのをじっと眺めるだけだった。

 そこには当たらないという絶対的な自信があった。そして自信の通り、ファーフにはかすりもしなかった。

「……ほう、神聖力の使い手ということは、教会の者じゃな?」

 砂埃が舞う中、姿が段々と確認できるようになる。そこには先陣を切って歩く女性の姿と、それに続くたくさんの騎士達がいた。

 騎士だけではなく、魔塔や聖職者も参加していた。

「……お姉ちゃん、おっそい」

「時間稼ぎありがと、ネフィア」

 桃色の髪を腰まで下げ、可憐に振る舞う最前の女。声のよく響く城内で、彼女は私達にこう告げた。

「私は聖女として、あなたを罰します。陛下を殺した事、数多くの騎士を殺した事、そして罪のない人々をも殺した事。全て許されるものではありません。よって聖女直々に、あなたを神の元へと送って差し上げましょう」

 あの有名な聖女様まで登場なさるなんて、思ってもみなかった。

 彼女は私を倒し、またしても名声を得てしまうのか。そんな事、させるわけない。

「おやおや、これは恐ろしいのう。じゃが聖女様や。神の声なんざ聞かず、竜の声を聞いてはどうじゃ?」

「何を馬鹿な事を。邪竜の声を聞けるほど、私は堕ちてなんかいない」

 聖女は首を横に振る。

「ふははは! 邪竜の声を聞けるのは、堕ちた者だけか! ああ、ならば合点がいくかもしれんなあ」

 ファーフは妖しく笑い、息をはぁ、と吐いた。

「ファフニール。悪の根源とも言われた邪竜を知っておろう? 」

「ええ。それが?」

「ワシがその邪竜じゃと言ったら、貴様らはどうする?」

「──」

 聖女は絶句した。

 なにかを理解したかのような顔をした聖女と後ろの騎士達は、一気にざわつきはじめる。

「──いえ、まさか。あなたが、あの……?」

「ああ、そうじゃ。今は小娘の体を借りておるが、もう良い頃じゃろう。カレオス! 分かっておるな!」

 そうファーフが叫ぶと、カレオスの体がぴくりと動き出す。

 眉間に刺さった槍を抜き、体が再生を始める。

『ファーフ、何をするつもりですか!』

 私の体の中から、何かが放たれようとしている。

 ダメなような気がするし、もしもこれが放たれたらどうなるか分からないという恐怖も若干ある。

 でもどう止めればいいのか分からない。

「ふははは! 貴様の望みを叶えてやるまでじゃ、クロエ。邪魔をしてくれるなよ」

 そう威圧感のある声で言われると、私は急に体を操る権利を譲られた。

 いや、譲られたわけではない。もう私しかいなくなったのだ。

「そんな……。ファーフ!!」

 ファーフの魂は光を放ち、宙を浮遊した。

「時は満ちた。我らが竜よ、常世にて顕現せよ!!」

 カレオスがそう詠唱すると、ファーフの魂が鋭く輝きはじめる。

 失明してしまいそうなほど輝きを放ち、私は腕で光から顔を守った。

 そして次の瞬間、目を疑うような光景が広がっていた。

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