第34話

 私の背後には、魔法陣が顕現する。

 そしてそこから放たれるは、幾多の魔弾だった。

 ルークを除いた騎士全てに、それらは放たれてゆく。

「ふふふっ、あははははは!!」

 魔法を前にして、彼らは為す術もなく死んでいった。

 顔がはじけ飛び、腕がなくなり、まるで蜂の巣のような穴が全身に空いた。

 私を止められる者は居ない。魔法の主であるカレオスでさえも、私のモノにしたのだから。

「やめろ、やめろ──!」

 ルークは私にそう願う。

「……旦那様のお願いは全て聞いてあげるのが、妻としての役目。ですが、役目を果たすためにはまず邪魔者を消さなければならないのです」

 可哀想なルーク。

 仕方ないわ。愛に犠牲はつきものだもの。

「でも、こうも弱いとつまらないですね」

 目の前で彼らの奮闘を見てきた。だからこそ、すごく悲しい気分だ。

 悲しい、というよりも、失望した。

「……さて、と」

 私はルークに近づく。

 カレオスにしたような、ルークにも洗脳魔法を施してあげよう。

「……」

 ルークは何も言わず、目を伏していた。

 まるで捨てられた子犬みたい。

 でも大丈夫、これからもっと幸せになれる。

「我の命に従い、魂を捧げよ。【洗脳魔法ブレインマジック】」

 私はそう唱え、ルークに魔法を掛ける。

「……効いて、ない?」

 私はもう一度魔力を練り、詠唱する。

「っ、【洗脳魔法ブレインマジック】!」

 だが何度やっても、効かなかった。

『これは……。ああ、神聖力じゃろう。間違いない』

 神聖力?

 だが何故、だれが、いつ?

『っ! 避けろ! クロエ!!』

 私はファーフの忠告のおかげで、間一髪避けることが出来た。

 服が少し裂けたものの、体に支障がないならば大丈夫だろう。

 ここに魔法使いは私しかいないのに、誰が風魔法なんか──。

「遅くなりましたね、夫人。もうパーティはおしまいですか?」

 遠くから、知った声がした。

 それは白髪で、赤と黄金色の左右違う瞳を持つ、魔法の主と称された男だった。

「……カレオスさん」

 魔法を掛けたはずなのに、どうして。

「ふっふーん。何故師匠の魔法が解けたか気になるようですねえ。それは私が、神聖力の使い手だからです!」

 桃色の髪の少女も、男の後ろから現れた。

 紺色の髪に、つり目の少年もだ。

「……ようこそ。私たちのお城へ。何の用ですか?」

 私はカーテシーを欠かさない。

 少しばかり汚れていても、そこはご愛嬌というもの。

「あなたを捕らえにきました。革命を起こすのは良いのですが、些か遊びが過ぎるようです」

「……っは、遊び? これが? 遊んでいるのはそちらでは? ファーフばっかり追いかけて、国民のためになにか動きましたか?」

 魔法を使えば解明できたであろう事件や事故を、魔塔の人は放置しているのを私は知っている。

 魔法とは素晴らしいものなのに、人々には危険だと言い聞かせているのも知っている。

 なのにこんな時だけ彼らは現れ、場を魔法で収める。

 私が不平等だと感じてしまうのも無理はない。

「……とにかく、あなたのした事は許されるものではない。革命を起こした囚人が何処に行くのか、知っていますか?」

 ああ、よく知っている。

 そこで何をされたかも、未だに覚えている。

「私が……この私がどれだけ苦しい思いをしたか、知らないくせに。カレオスさん、あなたの願いは、死ぬ事だと仰ってましたよね」

「……ええ」

「私の方がよっぽど消えたくて仕方なかったのに、あなたは傲慢な願いを抱えていた」

 堪えろ。涙なんか流すな、私。

 心の底から、何かがふつふつと沸いてくる。

 呼吸をしたいのに、その何かに邪魔されて、上手く息が出来なかった。

「死にたくて、死にたくて、ようやく終わったと思ったらまた新しい人生が始まって……。もう、ほんとうに、すべてが嫌なんですよ」

 私は涙を隠すように、上を向く。

 天井のシャンデリアは、涙のおかげでより輝いて見えた。

 星のように、綺麗に光っている。

「……僕には、あなたが何を仰っているのか分かりません。でも、だからといってこんな事をしていいわけではない。それくらい、分かりますよね?」

 姉に紅茶をかけられた時と同じ感情だ。懐かしさまで感じてしまう。

 ああ、むかつく。

「そっか、これ、私、怒ってるんだ」

 怒りの感情に身を任せると、破滅してしまうことは分かっている。

 でも、今はそれに委ねてみても悪くないと思う。

「あなた達は、私の気持ちなんか理解できないし、してもくれないのは分かっています。平和に解決しよう、だなんて考えはもうとっくに消えましたから」

 どうせ死ぬなら、派手にやろう。

 私が今まで出来なかったことを、大きく。

「ファーフ。それでも私の味方をしてくれるんですか?」

『……奴の為にも、責任を取らねばな。よかろう。最後まで、一緒に堕ちてやる』

 私はひとまず魔法でルークを玉座まで転移させ、立てないように重力も重くしてやる。

「うっ、なん、だっ……立て、ない……!」

 さすが未来の王様だ。そこに座ることによって、より一層かっこよくみえる。

「……ふふっ。ルーク、待っててくださいね。私があなたを、世界で一番の王様にしてあげます!!」

 シャルベーシャは、カレオスに飛びかかる。

 鋭い爪、大きな体、漆黒の毛皮。その猛獣は、神獣として生きる獅子だ。

 そんな獅子の攻撃がカレオスに届く前に、ネフィアによって防がれた。

 彼女は身体強化を施しているらしく、生身で相手をしていた。

「師匠、ここは私達に任せてっ!」

 桃色の髪を揺らしながら、シャルベーシャと戦う彼女。もう片方の少年は、彼女をカバーするつもりなのだろう。

 そして手が空いたカレオスは、私に向かって歩いてくる。

「……懲りないひと。次は本当に死んじゃいますよ?」

「師匠に殺されるのなら、本望です」

 私は少しむかついたので、魔弾を雨のように飛ばしてやる。

 私の中にある無尽蔵の魔力なら、容易い事である。

「僕を誰だと思っているんです? 僕は魔法の主、魔塔の長であり、竜の弟子ですよ」

 カレオスは防御魔法で、四方八方からの攻撃を防いだ。

 私も数で押そうと、少し魔力消費を多くしてみた。

「……魔法というのは技術であり、芸術なんです。あなたはそう、美しくない使い方だ」

 突然、発動していた魔法が消えた。パッと、急に消えてしまったのだ。

「ファーフ、いけますか?」

『よかろう!』

 光線が向かってくる。

 少し大袈裟に横に避けるも、続けて飛んでくるものだからまた大袈裟に避ける。

『早く交代せい! 戦わせろ!』

「ではお願いしますよ、ファーフ!」

 私は目を瞑る。

 まるで眠る時のように、息を吐き、ゆっくりと沈むように──。

「くはっ! 久々の外じゃ!」

『大暴れはダメですよ。ですが、全力で!』

「おうとも! 我が竜の力を、貴様らに見せてやるとしよう!」


 

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