第4話
私が転生して一週間。ファーフとの共存生活も慣れてきた。
メイド達も、ファーフの教育のおかげですっかり変わってしまった。高圧的な態度を取る者はもう居ないどころか、恐怖のあまり近付かれなくなってしまった。
『がはははは! よいでは無いか! 孤高の姫、うむ、カッコ良いぞ!』
「フォローになってませんよ……」
相変わらず大きな部屋に一人だけど、今はファーフがいるから寂しくは無い。頼もしい親友みたいな感じで、安心する。
そしていつものように、三度のノックが鳴り響く。
「失礼します、お嬢様」
メイドのアリアンの声だ。彼女の明るさから、私も元気をもらっている。
「アネル様から、今すぐ中庭に向かうように、との事です」
お姉様からのお誘いだ。
もしかしたらこの機会に、仲良くなれるかも。
私は読んでいた本を机の上に置いて、駆け足で中庭に向かった。少し楽しみだったけど、緊張の方が大きかった。でも、仲良くなりたいんだもの。頑張らなきゃ。
♦♦♦
「あっははははは! ごめんなさい? 手が滑ってしまっただけなのよ?」
甲高い笑い声は、中庭によく響く。その後ろでクスクス笑う声も、私からしてみればよく聞こえた。
「サンドゥ公爵様のお嫁さんですもの。それくらいが丁度いいのではなくて?」
熱々の紅茶を頭から浴び、冷たい視線を浴びる。涙は堪えられそうになく、水滴が頬を伝った。
ただ罠にはめられただけ。前と同じだ。
お姉様とそのお友達に笑われ、軽蔑の目を向けられる。そんなの、そんなの。
『クロエ、貴様──』
「……良いんです、ファーフ。こんなの、よくありますから」
私は顔を伏せ、地面に垂れた雫を眺める。何も言わず、何も感じないよう、ずっとドレスの裾を握りしめるしかない。
「アネル様。こんな芋臭い女が近くにいると、私達まで芋臭くなりますわよ?」
誰が言ったのか分からないけれど、声からしてきっと後ろの伯爵家の令嬢だ。
「可哀想なアネル様、こんな汚い婚外子が妹だなんて……。私だったら、もう耐えられなくて死んでいますわ!」
くすくす、くすくす。
もういやだ。死んでしまいたい。三度目の人生だとか、関係ない。辛いのは辛いのだ。
「……失礼、しました」
震えた声でそう言うと、私はその場から急いで離れる。顔なんか上げられない。目なんて合わせられない。
ただ見世物にするためだけに呼ばれた私は、走って自室に戻る。一度も振り返らず、ただ真っ直ぐ走った。
『おい、クロエ。何故そこで我慢するのじゃ。ワシには理解出来ん。殺しても良かったのじゃぞ』
違う。違う。
きっとお姉様は、私の事が好きなはず。私はみんなに愛されてる。まだ私の努力が足りなかっただけ。お姉様とは仲良くなれるんだ。
『クロエ、聞いておるのか?』
誰も私の事を嫌いになんかならない。私はみんなに愛されるべき存在なんだ。
『おい、クロエ』
舞踏会で素敵なダンスを踊るんだ。ルーク様と、愛し合いながら踊るんだ。
『クロエ』
お友達がいっぱいで、神様から特別な加護を授かっているんだ。だから私は、お兄様やお姉様と仲良くなれるんだ。
『クロエ!!!!』
「……はい」
ファーフの呼び掛けで、私は我に返る。
いつの間にか涙で濡れた枕元。陽の光は暖かいのに、私の心は氷が突き刺さって抜けないらしい。
『クロエ、何故ワシに変わらぬ! あんな奴ら、ワシが殺してやれたのだぞ!』
ファーフの励ましは嬉しいけれど、違うの。これは、私が悪いだけだから。
「ありがとう、ファーフ。でも大丈夫。いつかきっと、違う展開が訪れるわ」
舞踏会が早まったように、きっとお姉様とも仲良くなれる。そう信じてる。
『……貴様は何も分かっておらん。良いか? 奴は死んでも良い人間じゃ。奴が死んだところで、誰も損をせん』
「ファーフ。それでも、いいんです。無理やり変わらないでいてくれて、ありがとうございます。私は、それだけで嬉しかった」
『……ふん。だがもし、ワシが限界だったらすぐ乗っ取ってやるからな』
「はい。お願いします」
予想はしてたけど、期待しすぎてた。
ファーフが居なかったら、おそらく私は、このベランダから飛び降りていただろう。
爽やかな風が吹き込むベランダを見てみる。何も考えず、カーテンはされるがままに靡かれているのだろう。それにすら羨ましいと感じてしまう。
『クロエ、次の事を頭に入れるのじゃ。来週は結婚式なのじゃろう? その事だけを考えるのじゃ!」
そっか、来週結婚式なんだ。
「……はい。そうすることにします。ありがとう、ファーフ」
私は隣国であるメルステナ王国の公爵家に嫁ぎに行かなければならない。この思い出の詰まった屋敷とも、ようやくお別れだ。
今世は、ルークとずっと一緒に住めるといいな。
『……はぁ。クロエ。一旦寝たらどうじゃ? それか読書でもするがよい』
一心同体なので、感情はある程度分かってしまうらしい。それでいてファーフは平然としている。私は、そんな彼女を目指さなければ。
「そうします。さっき読んでいた小説が、まだ読み終わっていませんしね」
『そうじゃ! ま、最後どうなったかだけ教えてくれ。ワシは寝る』
「はい。おやすみなさい」
意識の中でも、ちゃんと寝ることは出来る。
意識の中というのは、ただ体が動かせないだけであって、匂いもわかるし、目の前で何が起きているのかもわかる。もちろん声も聞こえる。けれどその時だけ、第三者にもなれてしまう。
不思議。一体何が原因でこうなったのかも分からないけど、私達はいい感じに連携を取れていると思う。相棒、この言葉が良く似合うのかも。辛い時は慰めてくれるし、そばに居てくれる。私が求めていたのは、こういうものなのかもしれない。本音をさらけ出せて、協力して今を生きる。私は彼女が居るだけで、とても支えになっている。
ああ、でも、やっぱり死んでしまおう。誰もいないのなら、私が死んだところで気付かないだろうし。これから辛いのは嫌だし、悲しいのも、苦しいのも、もうごめんだから。
「……いえ、強く、ならなくちゃ」
今世はファーフもついているし、もう少しだけ、本当にちょっとだけ生きていてあげようかな。
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