第11話
とある日。
今日の天気はこれまでにないくらいの晴天で、影を作ることさえ許されない。
サンドゥ邸、食堂室にて。
大きな足音が向かってくると思えば、その扉は勢いよく開かれた。
「……ルーク様?」
味のしなかった昼食は、次第に薄味へと変わっていく。
息を切らし、こちらを見つめる彼の紫色の瞳は揺らいでいた。黒を基調とした軍服に身を包んだ彼は、私の水色のドレスとは毛色が違いすぎるように感じる。
「ルーク様、どうかなされたのですか? 何か、あったのですか?」
私は立ち上がり、ルークに向かってそう問いをなげかけた。
謝罪などはは必要ない。ただ、どうしてかという理由が欲しい。だが彼は口を開く前に、私に駆け寄り抱き締めた。まるで孤独に震えた子供のように、私を強く抱き締めた。
「ル、ルーク様?」
「すまない、クロエ。俺は、最低だな」
耳元で放たれた彼の声色からは、反省のような感情を読み取れた。何があったのかは分からないけれど、私はどの理由でも包み込んであげなければならない。
「ルーク様。説明してくださらないと、私も何も分かりません。ですので訳を──んっ!」
いわゆる口づけ、俗に言うキス。
大きな体で、私を必死に抱擁するルーク。それは愛に飢えた獣のようで、恐怖すら感じるほど。
「んっ……はぁっ、ルーク、様っ、落ち着いてください……っ!」
絡まる舌に、熱い体温、ふらつく私の体を支えるのは、彼の太い腕。このまま流れを持っていかれそうになる。
「……っはぁっ、ルーク、様!!」
私の一声で、彼はようやく落ち着きを取り戻した。
激しく昂った心を私も持ち合わせているものの、ここは冷静に対処しなければ。
「……言い訳にもならないかもしれないが、お前を愛すのが怖かったんだ。何もかも失いそうな気がして、そもそも誰かを愛す資格も無いんだ。だから、俺は……」
私はルークの唇に、しーっ、と人差し指をそっと当てた。
確かに寂しかったしとても辛かったけれど、だからといって愛してる彼を責め立てるつもりはない。
「分かりました。あなたのことだから、そんな事だろうとは思っていましたよ」
溜息なのか、安堵からの深呼吸なのか、私は大きく息を吐く。
「本当の事を言うと、とても辛かったです。婚約者に見向きもされない生活というのは、私にとっては牢獄と同じ事でした」
「クロエ、本当に悪かった。」
謝罪の言葉を求めている訳ではなくて、私が欲しいのは、たった一つの言葉だけ。
「ルーク様、私が言って欲しい言葉は、それではありません。なんだと思いますか?」
とても簡単で、重要で、忘れてはならない言葉。
「……クロエ、愛してる」
「はい、正解ですっ」
私は背伸びをし、彼との甘いキスを、もう一度だけ味わうことにした。
♦♦♦
朝からあんなことがあったから、私の今日の調子は絶好調と言っても過言では無い。ルークと会えて話せたのも嬉しいし、何よりもキスを……。
「うっ……。いけないいけない、集中しないと」
おそらく今、私の顔は真っ赤に染まっただろう。執務室には誰もいないので、ぎりきりせーふ、というやつでは。
『なんだかさっきから鼓動がおかしいんじゃが、一体何があったんじゃ?』
朝食の時間、ファーフは寝ていたらしい。なので全容が掴めていないどころか何が起こったかすら知らないと言うので、教えてくれ、と。
「実はさっき、ルーク様が帰ってきて、お話したんです。それで、仲直りをしました」
私がルークの姿を見れていないのは、彼が遠征に行っていたから。遠征に行っていたことなんて聞かされていないので、姿すら見えなかった理由を教えてもらうと、成程と頷かざるを得なかった。
教えてくれても良かったのに、とは思ったけど。
『ふぅん、そうか。良かったではないか! これでようやく貴様の弱々しい姿を見なくて済むわい!』
「あ、あはは……」
そう言われると、ちょこっとだけへこむんですけど。
「あ、そうそう。聞いてくださいよファーフ! 私、実は舞踏会に行ける事になったんです!」
舞踏会。それは私が元居たトストイラ帝国で開かれる、数年に一度の大きな行事。世界各国からの貴族を集め、貴族同士の関わりを深めようという建前のもと開催されている。それがあと一ヶ月後に行われる。
世界的に見てもトストイラ帝国の存在は大きく、先進国のトップのような存在。だが、私が今居るメルステナ王国との仲が非常に悪く、いつ戦争が起きても良いくらいだった。そこを私が嫁ぐことにより、一時的に和平を保っているということ。
「またトストイラに戻るのは嫌ですが、舞踏会は私の夢です! それが叶うなんて……!」
『ふうむ。良かったな。じゃがダンスを踊るだけじゃろう? 何が面白いんじゃ?』
何が面白いのかと言われたら、たしかに答えられない。流行りだからとか、行ったら舞踏会に参加したという肩書きが貰えるからだと思う。でも一番は、友達作りだろう。
「お友達がいないので、そこで作れたらな、って」
『友達なんかおっても、良い事はないぞ。ほら、ワシがおるじゃろう! そこらの令嬢よりも、もっと凄いお友達がおるじゃろう! ここに!』
熱心な自分をプレゼンをしてくれたファーフ。それほどまでに舞踏会が嫌なのだろうか。
「ファーフはお友達というよりも、姉だったり、家族という印象が強いです。親友? って言うんでしたっけ?」
勿論本心であり、ファーフにずっと助けられてきたから、私も彼女を大切に思っている。何が出来ることを探しながら、私達はいつも一緒にいる。
『それなら尚のこと、他の友達なんか要らぬじゃろう!』
「ファーフは一番ですよ? でも、お友達を作るのも夢だったんです。三度目の人生では、夢を叶えてあげたいんです」
一度目の私が憧れた舞踏会、二度目の私が切望した明るい未来。絶望に呑まれた二人の私に、色鮮やかな世界を見せてあげたい。
『……そうか。まあ、よい。貴様の人生じゃからな、好きにせい』
あなたから言ってきたのでしょう。
「あ、ありがとうございます」
会話が終わったらしいので、仕事に戻るとする。これが終わったら、ファーフに魔法を教えてもらおう。なんだか今日は、良い一日になりそうです。
でも、贅沢を言うなら、今日からずっと、良い日ばかりが続きますように。
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