第32話

 ☆☆☆


「し、師匠……?」

 ネフィアは、顔を青ざめながらそう問いかけた。

 師匠はたしかに、様子が変だ。

 俺は異変を察知したものの、それが何かは分からなかった。

「マグナス、師匠が……!」

 師匠は、俺達にゆっくり近づいてくる。

 よく見ると、服やマントはボロボロなのに、怪我ひとつない。

 魔力の流れも、いつもと違って荒い気がする。

 まるで師匠じゃないみたいだ。

「……逃げ、ろ……」

 師匠はボソリと何かを呟いた。

「え、今なんて──」

 その時、師匠がネフィアに向けて魔法を放つ。

 風魔法がネフィアの腕をかすり、服を裂いた。

「ネフィア、逃げろ!!」

 俺は戦力にならない。

 だが、大切な人を逃がす時間くらいなら稼げる。

「マグナス、ねえ、やだよ……」

 ネフィアは出血した部分を手で抑えながら、涙声で訴えた。

「いいから、早く!!」

 俺はネフィアの前に立ち、魔法を放つ。

 真っ黒な魔力の塊が、師匠に向かって飛んでいく。

「……流石だ、師匠」

 傷一つ与えられないどころか、攻撃すら当たらないだろう。

 絶体絶命の中、頭をフル回転させる。

「マグナス、私も一緒に戦うっ。私だけが逃げるなんて、いやだよ」

 ネフィアは隣に立った。

 心強いが、俺はネフィアに死んで欲しくない。

 だから俺は、転移魔法をネフィアに向けて発動させる。

「……あれ、効かない?」

「マグナスがそうすると思って、効かないようにしたんだ」

 ネフィアはそう俺に向けて言った。

 転移魔法が、ネフィアに防がれたのだ。

「そこまでです。おやめなさい!」

 背後から、知らない声と同時に光線が横を過ぎた。

 師匠は突然の事で対処出来ず、胴に直撃した。

「ぐっ……!」

 俺は首を捻り、声の持ち主を視界に入れる。

 そこには、桃色の髪を下げた女性が居た。

「……なんで」

「二人とも、安心してください。カレオス様は私が止めます」

 桃色髪、同じく桃色の瞳。綺麗な女性だ。

 彼女は俺らの間を通り、師匠の目の前に立った。

 攻撃が来ることが分かっていながら、彼女は堂々と立っていた。

「カレオス様、失礼します」

 その女性は、師匠の瞳を手のひらで覆う。

 すると師匠は、急に力が抜け後ろに倒れた。

「……一体、何が……」

 俺は理解出来ず、説明を求める。

「どういう事だよ、マジで……」

 状況が二転三転としていて、掴めるような事実は少ない。

「お姉ちゃん、なんでここにいるの……!」

「……久しぶりだね、ネフィア」

 分かることがあるとするならば、この二人は姉妹で、しかも仲がとても悪いということだ。

 



「マグナスさん、ですよね。改めて自己紹介をさせてください。私はフィーナ・キャペルです。私の妹がお世話になってます」

 桃色の髪を腰まで伸ばし、綺麗な顔立ちの女性あるいはネフィアの姉はそう名乗った。

「なんでお姉ちゃんなんかがここに来たの? バカにするためでしょ?」

 ネフィアは顔を伏せ、怒りを隠していたのが伝わった。

 ネフィアからは、教会に捨てられたとしか聞いていなかった。

 それよりももっと複雑で、深刻な過去があるのだろう。

「ネフィア。今はそんな冗談を言っている場合じゃないの。分かる? そんな言うなら、私とマグナスさんの二人で話し合いをするわ」

 フィーナ様は、先刻よりも声が低くなった。

「私がマグナスと二人で話す。お姉ちゃんなんか必要ない!」

 ネフィアは顔を上げ、向かいのソファに座る姉を見た。

「私は協会から来たの。個人の事情なんか、関係ないわ。……こほん。ごめんなさい、マグナスさん、

話を戻すわね」

 フィーナ様は、咳払いをひとつした後、今の状況説明を始める。

「予言よ。簡潔に言えば、邪竜が復活して、世界が危ないということらしいわ。それを知らせに魔塔に来たら、なんとカレオス様があなた達に危害を加えようとしていて……そこから今に至ります」

 正直、フィーナ様がいなければ俺達は死んでいただろう。

 俺達の実力じゃ、到底敵わない。

「……ありがとうございます。あなたは命の恩人です。実は俺達もよく分かっていなくて、突然転移魔法で転移してきたかと思えば、俺達を攻撃してきたんです」

 師匠は隣の部屋で眠っている。

 そういえばこんな事が起こる前、クロエ様と何か話していたような。

 だがクロエ様がそんなことするはずない。

 ならば一体、誰が、何のために?

「なるほど。カレオス様のあの魔力、少し変でした。何か心当たりはありますか?」

「心当たりなんか……」

 俺が否定しようとした瞬間、ネフィアは口を開く。

「……あれは闇魔法だよ。それも洗脳魔法だから、余計厄介だし」

 闇魔法。人の命と引き換えに、とても強力な魔法を使用することが出来る。悪魔をも召喚できるのが闇魔法だ。

「ま、私の神聖力で浄化してやるけどね。お姉ちゃんにはできっこないでしょ?」

 そうだ。ネフィアは神聖力の使い手だった。

 さすが聖女の妹だ。

「……そう。なら、頑張って。カレオス様が起きたら教えて。私はあっちで本読んでくる」

 フィーナ様は椅子から立ち上がり、部屋の隅にある本棚に向かって歩き始めた。

 俺とネフィアは隣で顔を合わせながら、とりあえず師匠を回復させようと、師匠が眠っている部屋に移動した。

 


☆☆☆


「ルーク、ルーク聞いてください! とうとうこの日がやって来るわ!」

 私はルークの部屋で、軽いステップを。

 剣の手入れをしているルークはその手を止めずに、話を続行するように言った。

「あなたはようやく、国王になれるんです!」

「……今、なんと?」

 ルークは手を止める。

「ですから、あなたは国王になるのです。そして私は、妃となって──ルーク?」

 ルークは恐ろしい形相でこちらに向かってきた。

 そして私の手首をガシッと掴み、こう言ってきた。

「陛下を……殺したのか?」

 私の目を見て、そうはっきりと問いかけてくる。

「……まだ、ですよ。どうしたのですか、あなたらしくないです」

 私は理解出来ず、ぽかんとした顔を浮かべているだろう。

 それよりも、手首が痛いのだが。

「ルーク、手を離してください。痛いですっ」

 私が振りほどこうとしても、中々手を離してくれないルーク。

 おかしい、こんなの今までなかったのに。

「まだ、だと? お前は反逆者になりたいのか?」

 彼の声には、怒りが乗っている。

 それを感じ取った瞬間、涙が溢れそうになる。

「……わ、私、あなたのために──」

「俺のためだと? ふざけるな。俺はそんなの求めてない」

 ルークは私の手首を離すも、この会話からは抜け出させてくれなかった。

 何故、そんなに怒るのだろう。

「どうして、私を怒るの、ですか? わた、私、あなたが喜ぶと思って、それで……」

 だめだ、涙が溢れそうだ。

 どうにかしないと。

「……とにかく、その計画は破棄しろ。その話が俺以外の誰かに聞かれたら、お前の首が跳ぶことを覚えておけ」

「……私、強いので死なないですよ。ですからルーク、安心してください。私は絶対、死なないですから」

 なんだ、死んでほしくなかっただけか。

 それならそうと素直に言ってくれれば良かったのに。

「クロエ……?」

「良かったです! あなたは私に死んでほしくなかっただけで、この案は賛成してくれていたんですね!」

 私はルークに抱きついた。

「心配いりませんよルーク! 明後日には王城で暮らし、戴冠式も挙げるでしょう! ふふっ、楽しみですね!」

「……何を、言って……」

 ルークは嬉しさからか、戸惑っているようだ。

 だがそんなの、明日になればもっとパニックになってしまう。今のうちに慣れておかなければいけないでしょうに。

「あ、そうです! ルークが国王になったら、レインを騎士団長にしましょう! それで、大臣達も解体して、気に食わない貴族を粛清してやりましょう!」

 我ながらいい案だ。

 先のことを考えるだけでワクワクしてきた。この鼓動が、ルークにも伝わっているだろうか。

「言ってる事が、分からない……」

 ルークはまだ状況が掴めていないようだが、とりあえず私は明日に備えて睡眠を取ろう。

「じゃあルーク、おやすみなさい。いい夢を見てくださいねっ」

 私は彼の部屋から出て、軽い足取りで自室へと向かう。

 さて、今日はもう寝よう。きっといい夢を見られると思うから。

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