第31話

 ただのごっこ遊びに等しかった。

 退屈な思いをするくらいなら、本を貸してくれれば良かったのに。

「……っ、ははっ。これで僕をどうするつもりですか? 夫人……」

 血を吐きながら横たわるカレオスに、私は歩いて近寄った。

 こんな無様な魔塔主の姿なんて、誰が見たいのだろう。

 勿論、私も見たくなかった。

「ふふっ、この有り余る魔力を一体どうしましょうね。あっ、そうです。また変な事をしでかさないように、私のモノにしちゃいましょう」

 いい考えだ、と我ながら思う。

 精神攻撃魔法の類に、洗脳魔法があったはず。

『……正気か、貴様』

「ええ、はい。もしかして、なにか異論でもあるのですか? ファーフ」

『いくらなんでも、それは許さん。それはワシの逆鱗に触れると覚えておけ』

「……ファーフ、そんなに怒らないでください。私はただ、平和に解決したいだけです。争いは、良くないことですから」

 私はカレオスの白髪にそっと触れ、くるくると指に髪を絡めてみたりと、遊んでやる。

「ねえ、カレオスさん。夢はなんですか?」

「……夢? そんなの、ひとつしかありませんっ……けど?」

 吐血しながらも、私の話に付き合ってくれるカレオス。

 彼は掠れた声で、こう言った。

「……この人生に飽きたので、死ねればいいな、と、思います」

 そんなのが夢だなんて、可哀想。

 昔は生きたいと願い、今は死にたいと願うのね。

 傲慢で、浅はかな人。

「そういうあなたは……どうなんです?」

「私の……夢……ですか」

 聞いといてあれだが、私の夢なんて考えたことなかった。

 多分、考えても叶わないものだと悟っていたからだと思う。

 私の夢、私の夢は──。

「ルークと、ずっと一緒にいること、ですかね」

 永遠に、私の隣にいてほしい。

 どこに行こうとも、何をしようとも、私の事だけ見ていてほしい。

 誰のものにもなってほしくない。ずっと私だけのもの。

「……それは、とても良い夢です……ね。それで、僕の夢は、いつ叶えてくれるんです……?」

 私はカレオスの額に人差し指を当て、魔力を練る。

「しばらくの間は、叶わないと思った方がいいですよ。私のモノになっている間は、ね」

 私の魔力が、カレオスの神経に流れていく。

 頭の先からつま先まで私の魔力が流れたその時、カレオスという人格は消える。

「……さあ、立ってください。カレオスさん。もうとっくに体の傷は治っているのでしょう?」

 カレオスは、無言のまま立ち上がる。

 既に血は引いていて、何事も無かったかのよう。

「私が誰か分かりますか?」

「……主、様」

 彼の持つ赤と金色の瞳は、私を上からじっと見つめる。

「いいでしょう。ええ、主人というのは良いものですね。そうでしょう? ファーフ」

『……何故じゃ。貴様はいつから、こうも狂ってしまった?』

 狂ってる、なんて冗談。

 狂ってるのは、本当に私?

「ふふっ。もしも私が狂っているとしても、それは本当に私がおかしいのですか?」

『何を……言っておる……?』

「単純な話ですよ。たとえ私がおかしくても、世界がおかしければ、私は普通の人ではありませんか?」

『……理解出来ぬ。理解したくもない』

 こんなにも普通な私を狂っていると言うのだから、あなたはまともなのでしょう。

 そもそも、何がおかしいのです。

 私は普通の生き方をしているだけ。ようやく普通を見つけただけ。

「何が、どうおかしいのですか? 人を殺したこと? 人を愛したこと? 人を洗脳したこと? 人に生まれてきたこと? 教えてください。何も分からないです、何も、何も……」

 好きな人とずっと一緒にいたいと思うこの気持ちは、傍から見たらおかしいのだろうか。

 じゃあ、何が正解なのよ。

『全て、全てじゃ。貴様のやり方は間違っておる。カレオスを巻き込まずとも、貴様はやりたいことを出来たじゃろう! それなのに……!』

 姉を殺した時から、私の全てが変わった。

 力だって以前よりも強くなったと感じるし、見える世界が違っているようにも感じる。

 誰かを操ることだってできる。

「ルークと私が幸せに生きる為に、私はなんだってやり遂げてやる。そうですねえ、まず手始めに……ルークを王にしましょう」

 そのためには何が必要か。

「そうですね。陛下を殺す必要があります。陛下だけではありません。王族の血を絶たせなければなりませんね」

 そんなの一瞬で出来てしまいそうだが、それだとつまらないので少し時間を置いてからにしよう。

 明日なんかどうだろう。

「ではカレオス。明日、王族を破滅させなさい」

「……御意に、主」

 なんだ、そんな簡単に承諾してしまうのか。

 その後カレオスは、転移魔法でどこかに消えた。

 私も家に帰りましょう。

『……なぜ、カレオスを洗脳するのじゃ』

「洗脳? ふふっ。魔法ではそうしましたけれど、元々あなたに洗脳されていたでしょう? 洗脳、という言い方は違うかもしれませんが、あなたを第一に考えていましたよ」

『ワシが、洗脳?』

「ええ。だって実際そうでしょう? 師匠師匠ーって、あなたに狂っていた」

 自分の師匠と再び出会うためならば、命なんて軽々と奪ってしまうのだ。

 そんな考えを持ってしまったのにも関わらず、これが執着していないなんておかしいでしょう。

「……なんと人たらし、いえ、人間たらしな竜なのでしょうね」

『……分からぬ。理解が、出来ぬ……』

 理解してほしいわけではないので、もういいとしよう。

「とにかく、ファーフ。大丈夫です。私が友人を傷つけさせると思いますか?」

『……したい事が終わったら、直ちに洗脳を解くんじゃぞ』

 さっき戦闘で傷つけた、というのは勿論ノーカウント。

「無論ですね。ふふっ」

 私は思わず笑いがこぼれた。

 別に笑う場面でもないのに、どうしてだろう。

『何じゃ、何が面白いんじゃ?』

 何も面白くないのに、嬉しい気持ちが心の中にじんわりと広がった。

「……自分自身、どうしてこんなにホッとした気持ちになっているのか、わからないです」

 私は胸に手を当てて、心臓の鼓動を確かめた。

 少しだけ早い気がするけれど、そのわけは分からない。

 まあ、気にしないものとしよう。

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