31.学校へ



「――いじめ、ですか?」


「はい。お嬢さま……詩織さんは全く意にも介していない様子ですが、担任教師の目にはそう捉えられる節が幾つかあるそうです。ですから、この度の転校手続きは我が校としましても、渡りに船と申しましょうか。

 主な要因としては、詩織さんは予てから因子持ちであったことが挙げられます。そして高等部の在学中にありながら養成所入りを申請したことが、その他因子を持たない生徒の嫉妬という感情を露わにしたものと考えられます」



 剛の都合が付かないことをいいことに、本日は詩織の学校へ赴いている。

 既に全日制から通信制に切り替わっている訳ではあるが……転校を視野に入れ、寮生活であった詩織の荷物を引き上げにやってきた次第。

 訪れたのが平日の午前中ということもあり、校内は授業の真っ最中。担任教師も担当する科目の授業があり、対面すること叶わなかった。そこで白羽の矢が立ったのは、ちょうど手隙だった学年主任を務める教員だった。


 現在詩織はドロシーと連れ立って寮の荷物を引き上げに向かい、この場に同席してはいない。だからこそ、この学年主任は〝いじめ〟の事実を私に告げたのだろう。


 父親歴三日目の私に、詩織が相談を持ち掛けることはなかった。詩織から私への迷惑云々という話ではなく、実際に〝いじめ〟があるという事態を詩織が認識していない惧れがある。

 そういう部分が佐藤家生まれの詩織が有する、ズレなのだろう。


「主導する生徒は同じクラスの女子生徒なのですが、ご実家の職業が職業でして……担任教師も二の足を踏まざるを得なかったのです。もちろん、担任から相談を受けた私も校長や教頭と相談していたのですが、解決の糸口すら見つけることも出来ず、誠に申し訳ありません」


「……」


 詩織本人が〝いじめ〟の事実を意にも介していなかったことで、教員たちはそれに乗じて有耶無耶にしていた様子だった。

 学年主任の独白によると、いじめっ子の実家がヤクザか何かなのだろうと、想像はつく。教員と言えど――一部は探索者らしいが――ほぼ一般人ばかりだと言う。過剰な反応を恐れて行動に出られない理由としては尤もな言い訳だろう。


「どうしたものか……」

「報復ですな?」

「遺恨を残すのは良くない」


 この場に詩織とドロシーはいないが、金銀爺二人はいる。

 会社勤めを辞めた私には常に、こいつらが付き纏う。因子萌芽以前も休日の度に、付き纏われていたもので私本人はあまり気にはならない。

 それでも外国籍の爺二人を背後に引き連れ、娘の学校を訪問するのもどうかとは思ったが……どうしようもなかったとも言う。

 また、送迎は当然の如くアンディである。アンディ自身は車中にて待機している。


 良心の呵責からか、正直に打ち明けてくれた学年主任を睨む二人。他人のことは言えないか、私も相応に目付きは鋭い方だった。

 ただ、びびり散らしている学年主任には本当に申し訳なく思う。リムジンで乗り付けた上、この爺二人の存在が私をその筋の人間に見せていると思われる。本質的には、あまり変わらないが。


「では、いじめを主導していた女生徒の、氏名と実家の住所をお教えいただけますか?」

「それは……あくまで個人情報でして私個人の判断では開示いたしかねます」


「当然と言えば当然なのですが、ね。あなた方の責任は問わない代わりに、その情報をいただければ幸いに思います。昔馴染みの藤堂会長に相談するという方法もありますが、その場合はこの学校でいじめがあった事実を詳らかにせねばなりません」


「……あの少々、お待ちいただけますか? 上司に相談してきます」


 私としても、脅すような手段を取りたくはなかった。

 良心の呵責だか何だろうが、弱みを見せたが最期。こういう手合いの相手は心得ている。スチュワートの薫陶が活きるというものだ。


「隠蔽するのならば、墓まで持って行く覚悟が必要でしたな」

「脅し過ぎだろ」

「藤堂氏とは馴染みでも何でもない、ただの知人だけどな」


 最初に脅したのはお前らなのに、どの口が言うのか。

 冷めてしまったお茶を啜りつつ、学年主任が戻るのを待つこと暫し。







「……お待たせして申し訳ありません」

「校長の渡辺と申します」


 私を中心に、三人掛けのソファの後ろに立つ爺たち。その対面に腰掛けたのは、先程の学年主任と新たにやってきた校長。

 例の如く、その顔色は悪い。悪くしたのはこちら側なので、何も言うまい。


 校長は二枚の普通紙を持参してやってきていた。

 一枚には何やらプリントされた文字の羅列が見られ、もう一枚は白紙だった。


「こちらに念書をいただけますでしょうか?」


 ああ、なるほど。早々に折れたわけか。

 ならば、こちらも誠意を見せるべきだろう。


「白紙をあと二枚用意していただけますか。内容証明としましょう」

「は、はい。ただいま用意します。おい、紙を――」


 校長に言われ、学年主任が一目散に紙を取りに行った。

 普通紙なのだから、そこら辺にありそうなものだが。


「印鑑あったっけ?」

「こちらに」


 スチュワートが懐からソーイングセットのような小さな入れ物を取り出すと、中からは私の印鑑が出てきた。実印・銀行印は元より三文判まで、朱肉もセット。

 預けた覚えもないのだが……まあいいや。大方、倉庫の隠し収納に仕舞っておいたものを、家捜しの際に回収していたのだろう。


 内容証明の誓約書は書き慣れている。

 ほぼ相手に何かを強要する形が多く、こちらが誓約を受ける機会はまず以て存在しないのだが……。弁護士が同席しない場合、この手段を執ることが多いかな。


 三枚とも寸分違わぬ文言を書き連ねる。この三枚を縦に重ねるように並べ、割り印を押せば出来上がり。


「郵便局へは――」

「それは、こちらで承ります。……では、こちらをお納めください」


「ほう、本人の氏名と保護者の氏名と住所ですね」

「はい。ですが――」


「わかっています。このことは一切口外しませんよ」

「何卒よろしくお願いします」


 校長と学年主任の、青を通り越して白かった表情に赤みが差す。それでもまだ青いが……。脅しておいて何だが、心底ほっとしたのだろうな。

 

「私はこれにて失礼します。多田君、あとは頼むよ」

「はい。お任せください」


 校長と学年主任の会話を静観する。

 詩織の普段の生活や授業態度などは、もう話し終えてしまっている。最後の最後に、この〝いじめ〟問題が浮上してきた。



「……転校先は都内であれば、いくつかの区にひとつという形で学校が設けられています。地図でいうと、このような分布になっています。そして都内に限らず、他県であれば県庁所在地にひとつの学校があります。

 詩織さんは既に通信制に移行していますので、テストだけならばどの学校でも受けられます。実地訓練での移動を鑑みますと、そのように対応せざるを得ませんので」


「理に適っていますね」


「はい。ですので、所属そのものは本校のままでも可能ではあります。ただ、卒業式で同席することを踏まえますと、他校への転校をお勧めします」


 学年主任は〝いじめを主導していた生徒と鉢合わせる〟とは言わない。その話は、校長が同席して先程終わっているからだ。

 テストを受けるのも他校で、卒業式も他校でした方が無難だろうという理屈はわかる。


 幼年教育がどこだか知らないが、少なくとも小中高はこの学校で詩織は育ったのだ。慕う教員がいても不思議ではないし、校舎や寮に何らかの思い入れがあってもおかしくはない。

 当初の目論見とは異なってしまうが……テストは他校で受けさせるとしても、卒業式は出来得る限りこの学校で出席させてやりたい。

 詩織が意に介していない以上、卒業式も問題はあるまい。気分を害するのは、いじめを主導していた女生徒とその取り巻きでしかないからな。


 ただまあ、後顧の憂いを取り除く必要はある。

 その女生徒と取り巻きが、恨みを更に拗らせては詩織の人生に影を落としかねない。なので、早い内に手を打っておくべきだろう。

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