26.師範の探し方




「で、何だったか……。あぁ、そうそう、複合スキルとは何だ?」

「まてまてまてまてまて! おま、お前、幾ら何でもマイペース過ぎるだろうが!」


「そんなに慌ててどうした?」

「ふざけ……いや、英一は元からそういう奴だった。

 俺が言いたいのは、何で俺なんかを監督役にねじ込んだか、だ。……あの時は顎が外れてたし、エントランスじゃ他人の耳目あったから遠慮したんだよ!」


 スナイパーとスポッターを感知した折、剛が宣った言葉が気に掛かり問うてみると、その剛は他の事柄を気にする様子だった。


「まず、ひとつ目。剛の第三子が生まれるとラルフから聞いた。何事にも先立つものは必要になるだろう? 堀内さんの裁量で動かせる金にも限界はあって、限度額に迫ると零していたからな。別に祝い金は出すが、それだけで妻子を養うには厳しいだろう。

 今回のお前の働きを考慮も、私と詩織の護衛に伴うあれこれで支払う金銭もそれなりの額にはなる。それもまたはした金に過ぎない。昔馴染みとしても剛とその家族の困窮は見過ごせるものではない。故に補助を申し出たいとも思う次第だ。ただ、私は仕事の対価を支払う用意はあっても、無償の施しをするほどの徳を積んではいない。ならば、大黒柱たる剛には相応の勤労精神に期待したい。


 ふたつ目。アンディもそうだが、所属が異なる勢力の指揮権こそ私に委ねられてはいる。だがな、人事権を得ているわけではない。中には探索者の本免許持ちもいるわけだが、事前交渉なしに引き抜きなど以ての外。そういった意味でも剛の存在は希有なものなんだよ。私の意志ひとつでどうとでもなる、という意味でな。


 三つ目は、全探連で蒔いた餌に起因する。お前をねじ込んだ際、会長の応答を覚えているか? 『妨害が入らなければ』だ。もし妨害が入るのであれば、それを追えばいい。仮に妨害の大本が臼杵さんを動かした後ろ盾と違っても、今回はそれらを除外すれば良いだけの話。当然、捜査対象は絞られていく」


「俺はコマセかよ」


「そうだ。撒き餌ではあるが、その一方では本命でもある。相手が、余程の阿呆でも無ければ妨害などしはしない。その場合は正しくお前が監督役に収まり、私や詩織にとって好ましい状況なるだろう」


 田所さんという少々厄介な老人が私のチームに所属している事実は、この場では伏せておく。現在の剛の人柄からして、特に問題ならないと私は判断した。


 ふた昔前の剛ではまず考えられなかった脳筋的思考及び嗜好を優先していること。次点で、うちの爺の内のひとり。ラルフと馬が合うところがまた脳筋具合を加速させる。

 ただまあ、ラルフはあれで軍服には多くの勲章と参謀モールが付随していて、退役する直前の階級は少将である。ただの脳筋ではそこまで階級を昇り詰めることはできまい。剛もまた私よりも地頭の遥かに勝る工学部出身者だ。


 一見してこの二人は、とても頭が良さそうには見えないのが玉に瑕ではあるが……部外者が勝手にそう判断するのもまた自由ではある。

 国家も形態も全く別の組織では〝能ある鷹は爪を隠す〟に等しい評価を受けてはいることに、私とスチュワートは揃って異議を申し立てたい内容ではあったが。



「ねえ、お父さんは何なの? 偉い人に会えたり、北川さんみたいな知り合いがいたり……」


 似通った質問を少し前に聞いたばかりではある。質問の意味も十分過ぎる程に理解している。

 詩織にとって私の存在とは、祖父母から相応の評価を受けた人物であった。しかし実際に相対してみれば、得体のしれないナニカなのもまた事実だろう。特に、親子であるという事情を明かされて以降の行動と、そこに絡む人物たちを知れば。


 そして私自身は頑なに一般人を自称している。以前は一般的な建設会社で働いてはいたが……裏を返せばそうではない。一般人に偽装している裏社会に属す人間だ。

 一応は政府寄りではあるものの、完全にそちら側かと問われると否定しかできない。多くの子供たちが、他の子供に自慢できるような職業に就く父親像にはそぐわない。その自覚は十分にある。


「答え合わせはもう少し先になるかな。家捜しもあと一日は要するだろうから、剛が漏らすかもしれない内緒話程度なら見逃すよ」


 実際に剛がどこまで知るのか、私は全く把握していないが……。

 何度も言い訳を重ね、待たせ続けるにも詩織の限界は近そう。時間稼ぎに、詩織の耳目は剛に引き付けてもらうとしよう。


「いいのか、俺は概ね知っているぞ? 鬼神と呼ばれるに至った経緯も、謎武術の師範が行方不明な理由も。……ガキの頃のことは当時を知る人間が、身近にお前しかいないのもあって、家庭環境が少々おかしかった程度にしか理解は及んでいない。爺さんたちも意図して俺に教えなかった可能性も高い」


「好きにしろ。どうせ、お前にも詩織と一緒に立ち会ってもらうつもりだ」



「……若様、首を増やすに至りましたかな?」

「防御を固めるにも人材が要る。三つ首のヒュドラに新しい首が生えるか、それとも手足が増えるにだけで終わるか。どうなるかは分からんがな」


「お嬢様も若様のようにもう少し落ち着きを持っていただければ……」

はこうなるよう徹底して教育されている。他ならぬ、あの二人にな。対してアイツはある種の天才だ。そもそも、直感で行動するヤツに落ち着きを求めること自体が間違いだ。その点、過剰な人見知りの影響で外部の人間が持つ印象は、凛とした人柄に映るようだから救いはあるんじゃないか」


 剛の独白に応えつつ、アンディの質問にも答える。

 私が想像以上に剛は私の事情を知っている様子だった。主な情報源はスチュワートやラルフだろうが、それ以外にも助言したであろう人物に心当たりは複数ある。

 過去の不幸話が幾らか漏れたとて、詩織の感情が揺らぐとは思えない。今現在も詩織の視線に含まれている感情は好意のみしか感じられない。

 ただ、盲目的なまでの好意を向けられている側としては、少々心配な部分もある。他者を安易に信用することは危険を伴う。騙され易いという側面を持つとも言える。その辺りは追々諭していくべきだろう。


 話を戻そう。

 私の根っことなるのは、やはり剛が知り得ない幼少期にある。

 両親によって感情を壊されていた私を、更に破壊したのは師範。忽然と消えた師範とその家族の行方は現在も不明なまま。


 その理由は私も十分に理解している。

 私の幼少期から少年期に於いては、紙メディアからデータとして取り込まれる作業のあった時代だった。市議会議員であった母と取り巻きに因る犯行で、紙メディアの改竄や焼却があったことは既に調査済み。

 そして母の身柄は現在獄中にある。過去、母の取り巻きであった者たちの供述もあり、次から次へと別件で刑事訴訟に問われ、大幅に刑期の引き延ばしが図られた。

 日本政府がそこまで私に阿る必要は実際にはないのだが、……過去の失態を塗りつぶす目的があるようにも映ってしまう。


 某国の諜報機関の出身であるスチュワートを以てしても、師範に関する情報に辿り着けていない。田舎の役所なんて外国人が目立つ環境とあって、スチュワート自身が直接動いたことではない。それでも信用の置ける外部組織に依頼してさえ、何の進展も得られなかった。


 だから、

 捜すという選択肢はもう捨てた。


「師範に関しては気にしなくていい。他の手段を考えた」

「そんな、あれだけ渇望していただろうに! 今になって、どうしたよ!?」


「師範は、あの変人は強者が何よりの好物だからな。見つけるのではなく、見つけてもらうことに切り替える。それまでに力を取り戻す必要はあるが、一年もあれば多少は何とかなるだろう」


「見つけてもらうって、お前……協定に触れるんじゃないのか?」

「抜け道はなくもないさ。あの爺二人と一緒じゃなければ、とわかる奴は元から事情を知っている連中に限られる」


「――んな屁理屈が通用するわけねえだろっ!」

「あの協定は元より、私と件の国々の面子を守るためのものだ。少々の我儘は許されて然るべき、だ。……それに、まだ構想の段階でしかない」


「頼むから危ない橋を渡るのは止めてくれよ。巻き込まれる俺や堀内さんの身にもなれって!」


 切実な思いを訴えられても、私の心は疾うに決まっている。剛にも堀内さんにも、それ以外にも多くの人間に迷惑は掛かるだろうが……もう決めたことだ。


「それによ。配信活動には本免許が必須なのは勿論だが、最低でも段位が必要になるはずだぞ」

「養成所では等級制だと教わったが?」


「全探連が組織されたばかり頃はな。権力者やその関係者に忖度する阿呆がいたんだと。その当時制定された級位には、今はそれ程価値はないんだよ。

 忖度された大して成果も挙げなかった八百長の一級と、現役バリバリで八百長どころか正規の一級すら霞むほどの成果を挙げ続けるヤツを、同じ位置に置くほど馬鹿なことねえ」


「なるほど。苦し紛れに段位を設定したか。やるじゃないか、全探連も」


 現行の会長に対面した感想では、正しく事務局であるという印象を受けたものだが……相応の権力を振ってはいるようで安心する。

 剛の文句が正しければ、全探連発足時の人事には物言いが付いていそうだ。だからこそ、その後継には公正で実力派の高級官僚が据えられているのかもな。

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