28.安息を得る
「で、剛は何段なの?」
「俺は一級だ」
「一級?」
段位うんたら言った剛ですら段位認定を受けていない事実。
師範に見つけてもらう為には段位持ちの人間が必要不可欠だというのに、ここぞという場面で役に立たない野郎だ。
「養成所と実地研修が終わり次第、三級になる。ここまでは国民としての義務だ。その後は成果に依って昇級・昇段されるんだ」
「因子の萌芽が四年前で研修期間を除外しても、二年半は経過と。遅いのか早いのか、判断に困るな」
「俺は遅い方だよ。例に挙げるとすれば……あの、臼杵美玖。あの女は確か二段だったはずだ」
「なるほどな。剛の成果は芳しくなく、当然進級も遅いと……」
「俺はほら本業もあるし、ソロ探索者だと行ける場所も限定的だ。だから探索者稼業は小遣い稼ぎと割り切ってる」
臼杵さんも因子が萌芽した時期は剛とそう違いはなかったはずで、剛との差を感じざるを得ない。その差が実働時間であり、且つ成果であることは明らか。
「成果とは何を示す?」
「魔石の品質や納品数がモノを言う。どこのギルドもモンスターの毛皮や筋骨、または鉱物や粘土にしか関心がない。最近は食肉にも一部の関心は寄せられているか。ただ、魔石に関しては研究対象としての価値しかないと思われている」
「思われている?」
「魔石を研究してるのは、どの国でも政府関係だ。その出先機関は全探連のような組織で、そういった組織は悉く魔石を求めている。結局は、大手ギルドも政府の意向には逆らえないという社会の略図だな」
「ギルドとは何だ?」
「そこからかよ! まず、クランの呼ばれる組織がある。端的に言えば、探索者の集団だ。サークルみたいな和気藹々とした烏合の衆もあれば、相互扶助を主目的とした互助会みたいな組織まで、ありとあらゆる団体が存在する。
そんなクランに、スポンサーとして企業が付随した場合。若しくは企業が探索者を囲い込んだ場合など状況に由って様々だが、そういった営利団体をギルドと呼称している。ただ、一口にギルドと言っても、その形態は多々ある。複数の企業が資金を提供した上で株式制度を執っている場合が大半だが……大企業がひとつの資本で牛耳っているギルドも少なくない。ちなみに、警察や自衛隊の探索者チームも国や都道府県が抱えるギルドと揶揄されることがある」
「……ふむ、ギルドか。考えておこう」
「おい、やめろ! 西園寺を巻き込むと大事になる」
剛は声を大にして止めようとする。しかし、西園寺家(分家)は俺がこんな立場になった事件の発端であり、諸悪の根源と言っても過言ではない人物が存在している。そして資金源として視るのならば、彼女ほど適当な人物もいない。
自分の母以上にぶっ壊れた、母と同年代の女性。一連の事件に関してのみ業腹ではあるものの、一応の手打ちも済んでおり、現在は休戦状態にある。
彼女がまたぞろ突飛な行動でも起こさない限りは、まず対立することもない。
「大丈夫。俺は何故か、あのサイコパスのお気に入りだからな」
「英一、お前だってソシオパス予備軍じゃねえか!」
「異常者の親戚みたいに言うな」
「お父さん、ダメ!」
「若様、そろそろ到着します」
裏社会で生き残るには罪悪感は邪魔、と教育された。そういった意味で、スチュワートの教育が施された俺と剛は揃ってソシオパス予備軍と言えなくはない。
どの口がほざくのかと剛の顎に手を掛ける寸前に詩織の叱責が飛び、続いてアンディがホテルへの到着を報せる。
「鏡を見ろ。俺も剛も同じ穴の狢なんだ」
「ちっ……一人称は戻しとけよ。師匠にどやされる」
「いいんだよ。たまには素に戻らないと、自分が何者か忘れてしまう」
剛のように、素のまま生きられるならそれでいい。
しかし、俺はそうではなかった。衆人に紛れ込み、一般人に擬態して生活する。これは俺が望んだことでもあり、スチュワートに課せられている修行の一環でもある。
〝
だが、せめて関係者や娘の前に限定しては素に、元に戻っても良いのではないだろうか。勝手ながら俺はそう思う。
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「どうぞ若様、お嬢様も」
「ありがとう。アンディ、剛を送ってやってくれ。――剛。爺共の手が空き次第、詩織に事実を告げるつもりでいる。日程に関しては無理はするな、擦り合わせる用意はある。あと、全探連から監督役の正式依頼があれば、実地訓練の工程を組んでくれると助かる」
「言われずとも同席させてもらうし、監督役もやる気でいる。――嬢ちゃんは、この機会に英一に甘えるといい。――安藤さん、すみませんがよろしくお願いします」
「北川さん。お話し、ありがとうございました。あ、あと、お父さんがごめんなさい」
高級ホテルにリムジンが横付けすれば、当然の如くドアマンがすっ飛んで来てベルボーイが荷物を引き継いでくれる。俺も詩織も荷物はザックと武器ケースといった重量級だが、彼らもそれが仕事なのでお任せしてしまおう。
「西園寺美咲か、小坂英一で予約が入っているかと……」
「はい、承っております。こちらに記帳をお願いします」
フロントで宿帳に記入。詩織の現住所など諸々の情報を知らないため、本人に任せた。
記入し終えると、荷物をワゴンに載せたベルボーイが先導してくれるようだった。ついでに中年のフロントマネージャーまで付いてきたが。
「小坂さん、お久しぶりです。毎度ご利用いただき、感謝の念に堪えません」
「ああ、堤さん。こちらこそお久しぶりです。あのおばさんが無理を言ったようで申し訳ないです」
「いえいえ。この時期、都心のホテルはオフシーズンですからね。元ご同業の小坂さんならご承知でしょう。どうぞ安心してお過ごしください」
堤さんとは同僚だったことがある。また、このホテルを利用する際に何度か顔を合わせたこともあった。
ただ、ホテル業界は人員の出入りが激しい職場である。次回もまた顔を合わせられるかは分からない。賃金や役職待遇など、より良い職場環境があれば、さっさと乗り換えてしまうのがホテルマンというもの。
「最上階のロイヤルスイートルームです。ちょうどいい具合に空いていたんですよ」
「ほんと、すみません」
ここぞと強調してくる言葉尻を捉えると、清掃や何やとギリギリ間に合わせた部屋なのだろう。
あのサイコパスめ、本当に碌なことをしない。
「うわぁ、すごい綺麗! すごく広い! ほら見て、お父さん!」
「そうでしょう、そうでしょう。当ホテルに於ける最高のお部屋ですからね」
堤さんも、詩織の素直な驚き具合に留飲が下がった模様。
これ以上、嫌味を言われても対応に困る。それは言う側も言われる側も、互い気分の良いものではなかったろう。
「こんな可愛らしい娘さんがいらっしゃったなんて……」
「ええ、まあ」
俺も知らなかったんですがね。
とはいえ、それほど親しくもない堤さんに教えてやる義理はない。
荷物を置いたベルボーイと堤さんは、自然な笑顔を浮かべたまま部屋を立ち去った。エレベーター内では二人の笑みは引き攣ったものだった。当然だが客に向ける顔ではなかったもの。
「今日は疲れたろう? 早めに夕食を摂ったら、風呂に入って寝よう」
「お腹減ったぁ」
「昼は剛の所で菓子を摘まんだ程度だものな。何を食べたいかでレストランを選ぼう」
「ガッツリ食べたい。お肉!」
この歳になると、肉よりも魚が恋しい。肉は肉で嫌いではないのだが、どうしても脂を受け付けない日があったりする。体調によるとも言う。
だからといって、娘の我儘を蹴散らすほど大人げなくはない。個々人でメニューを選べばよいだけの話。
全探連本部とアンディの自家用車では冷房が利いて汗も引いた。その前はもう汗だくで逃げ回っていたこともあり、若干汗臭いかもしれない。
ただまあ、先に風呂に入れるだけの体力が、詩織にはもう残っていないと思える。風呂に入るだけで力尽きて眠ってしまいかねない。
ここは汗臭さも気にならない中国料理でも食べに行くかな。詩織のリクエストにも応えられるだろう。
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