28.くすんだ金髪と筋肉銀髪と



 スイートだけあって部屋には幾つかのベッドがある。メインとなるベッドはクイーンサイズのベッドだったが、そこで寝たのは詩織のみ。

 俺は詩織が同衾しにきたクイーンベッドから離れ、対角線上にあったシングルベッドへ移動して眠った。暫定で親子であるとはいえ、血縁の有無は確定ではない。そのため、同部屋ではあっても同衾は避けておいた。


 堀内さんにDNA検査キットを頼み忘れた挙句、仕方なく詩織の髪の毛を切ってサンプルとして提供しておいた。俺のDNAは過去既に採取済みである。

 あとは、警察・公安関連の組織にて検査してもらえば、血縁の有無は判明するだろう。それも係って数日以内には結論も出ようというもの。


 寝ぼけ眼を擦る詩織に洗顔を勧め、本日の朝食は部屋で摂った。

 このホテルの朝食は原則一階の洋食レストランにて、ビュッフェ形式の朝食が提供されている。

 既に朝食を提供している時間帯ではない。午前十時を大きく過ぎた頃合いだが。そこはスイート宿泊特典として、メニューはお任せだが部屋まで運んでもらっている。



「お父さん。今日はどうするの?」


「今日はどうするかな……」


 正直なところ、何も決めていない。

 詩織と剛を交え、俺の過去に何があったかを話すにしても、当事者が揃っていた方が良い。

 現在進行形で家の捜索をさせている爺二人は、……あの日、あの時に、何が起こったかを知る数少ない面子の構成員。強襲された俺とはまた別の、襲撃者だからこそ語れる事実もある。

 何より、俺自身の記憶が怪しい。何せ二十年以上も前の話なのだ。整合性を図るにも、当事者が複数人いた方が確かな話も可能になるというもの。


「剛にはああは言ったが、恐らく今日の昼には捜索は完了する。早ければ、昼食にも間に合うだろう」


「お父さんのお家の?」


「そう。ひとり住まい用の平屋でね。そもそもが調べる場所も少ない。堀内さんの伝手の、鑑識チームを連れているのなら仕事は更に早まるだろう。存外、壁や天井を抜いた後の、片付けに手間取っているのかもしれないな」


 まだ、あの家に盗聴器の類いが設置されているかは不明なれど、十中八九仕掛けられていると考えた方がいい。

 臼杵さんに持たされたザックや武器ケースに仕掛けられた発信機然り、全探連印のスマホに因る罠然り。完全に彼女の掌の上で踊らされていたのも、また事実。


「午前中は部屋でゴロゴロしていようか」


「ホテル内を見学してもいい?」

「リゾートホテルならまだしも、都心のホテルに観る所なんて無いぞ。まして閑散期では特に……」


 あまりウロウロするのも従業員に煙たがられる。ホテルマン時代の記憶でも、意味もなくうろつく客には碌な記憶はなく、嫌な思い出しかない。

 ただでさえサイコ女の無理矢理な予約の影響で反感を生んでいるというのに、その感情を逆撫でするような真似は避けたい。

 まあ、相手が子供なら大目に見てくれるかもしれないが……。


「朝食がこの時間だし、昼は少し遅めにしたい。見学したいならば、詩織だけで行っておいで」

「お父さんも行こうよ!」


「お父さんは本を読みながらグダグダしてたい」

「むぅ」


 昨日、剛に聞きそびれた複合スキルとやらを考察したい。あと、魔法に関する分厚い本を読み込んでおきたい。

 爺共が来れば、否が応にも忙しくなるのは明らか。今の内に出来ることは少しでもやっておきたい。



――RIRIRIRIRIRIRI


「ほらきた、連絡だ」

「そのスマホ、わたしも番号教えて?」

「これはちょっと特殊でな。許可が下りれば、詩織にも支給できるかもしれない。確実に許可が下りるとも言えないが」

「えぇ……」


 形こそスマホだが、正確には携帯できるホットラインと評した方がいい代物。秘匿回線は言うなれば軍用回線。しかも米軍の、と付く。

 一応はサイコ女の絡みではあるものの、また別の人物に由来するブツである。


「――俺だ。あぁ、やはりあったか。うん、うん、モノは鑑識に任せてしまって構わない。こちらも堀内さんに預けてある。……アンディも居る? なら、こちらに合流してくれ。久しぶりに飯でもどうだ? ほぅ、ドロシーにも手伝わせたのか。折角だからドロシーも連れて来ればいい。……ああうん、待ってる。じゃあな」


「終わった? ドロシーって女の人?」


「家は青梅だから少し時間は掛かるが、遅めの昼食は一緒に摂れるだろう。えーと、ドロシーはお父さんと剛の弟弟子……いや、妹弟子と言ったところか。詩織よりもずっと幼い。まだ十歳くらいだったはず」

「女の子!」


 スチュワートの弟子。より正確には、スチュワートが本国から押し付けられた身元不明な子供、女児。初対面の際に、オズの魔法使いの英書を所持していたため、俺が勝手にドロシーと呼んでいるに過ぎない。

 そんなドロシーの正式なコードネームは、ライア――Liar――〝嘘つき〟という何とも酷いコードネーム。命名はスチュワート。


「スチュワートもラルフもだが、もうかれこれ二十年以上日本で暮らしている。アンディに限って言えば、二十年では利かないがな。だから、あの年寄りたちは日本語が達者だ。で、ドロシーは五年くらい前に来日してる。子供故なのか物覚えも良く、日本語も堪能ではある。でも、彼ら彼女らの母国語はまた別。切羽詰まると、母国語は前面に出てくる。その辺りを、覚えておくといい」


 語学が得意ではなかった俺も、彼らと過ごしている間にいつの間にやら英会話が出来るようにはなった。だがしかし、英語ならばそれ相応に理解できるのだが……それ以外の言語は早口で捲し立てられるとまず聞き取れない。

 スチュワートとドロシーは母国語が英語だからいいものの、ラルフはドイツ語なので厳しい。まだイタリア語の方が分かり易いかも。


「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ!」


「お父さんと一緒に行動するとね。知人は外国人ばかりなのものだから英語は自然と身に付く、かもしれない。何も読み書きはできなくてもいい。聞き取りだけは頑張ってほしい」


 DNA鑑定前ではあるが、詩織が我が子である可能性は高い。この言語に関して割り切った態度など、昔の自分を客観視しているかのような気分になる。





――RURURURURURU


 十三時を少し過ぎた頃。

 備え付けのインターホンが鳴る。


「はい。はい、部屋へ通してください。お手数でしょうが、よろしくお願いします」


「来たの?」

「今、フロントにいるそうだ。とりあえず、ここに案内してもらった」


「どんな人かなぁ?」

「くすんだ金髪爺と筋肉銀髪爺と、赤茶髪少女だな」


 外国人も加齢によって白髪になる。

 ただ、元が金髪や銀髪だと、色素が抜けても日本人ように真っ白な白髪にはならない。グレーヘアと呼ばれるだけあって金銀に混じると、くすんだ色合いに見える。



コンコン


『お客様をご案内しました』

「どうぞ」


 流石に昨日で満足したのだろう。フロントマネージャーは来なかった模様。

 代わりに、見も知らぬ女性従業員が来客たちを案内してくれた。


「くくく、ご無沙汰しております」

「実の娘を連れて来たと聞いた!」

「元気?」


 三者三様ながらも、自己主張の強い面子たち。

 俺の知る外国人は、こういう感じの人間が多数を占める。アンディのような例外もいるが。

 含み笑いはスチュワート。単刀直入なラルフ。我が道を往くドロシー改めライア。


「半年ぶりだ。ところで、アンディは帰らせたのか?」

「彼は車を置きに行きました。ラウンジで待つそうです」

「そうか」


 一切頼みもしていないのに、送迎役を買って出てくれるアンディは労っておきたい。本来、アンディは仕える相手が存在する。ただ、その相手は現在職務中とあって、昼間の彼が暇なのも事実ではある。


「そちらが?」


「ああ、紹介する。娘の詩織だ。血縁関係は調査中だが、どちらであろうと私の娘として親権は得る。佐藤家も親権の譲渡には前向きな姿勢だ。

 詩織。この金髪爺がスチュワート。この筋肉爺がラルフ……ルドルフ。で、この子が――」


「ライアです! シオリ」

「ドロシーちゃんじゃないの?」

「そう呼ぶのは兄さんだけです」


「初めましてお嬢さん。私はスチュワート」


 スチュワートはコードネーム。ライアもまた然り。


「自分のことはルドルフと呼ぶといい」


 ルドルフの愛称がラルフ。

 ルドルフは本名。由緒正しいファミリーネームもある。ちなみに傍系だがお貴族様だったりする。


 コードネームのスチュワート&ライア、本名のルドルフも共通して幾つものIDを所持しているため、ファミリーネームは覚えても意味はない。

 間違っても漏洩してしまわないよう、詩織には敢えて教えない。この措置は剛もまた同様である。


「詩織。今はまだ佐藤姓ですが、小坂詩織になる予定です。よろしくお願いします」

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