13.スキル判定
「スキル判定を受けて初めて探索者の道が開けるの。あんたたちみたいにスキル判定も受けずに試験を突破する輩は滅多に現れないものよ。スキル判定が救済措置とされているのも、サキュバスを越えられないという理由からね」
「その言い分だと、以前にも存在したということでは?」
「今みたいな制度が出来上がる前の話。突出した天才たちが徒党を組んで七日で達成したという記録が残っていたわ。そのレコード持ちも、まさか半日足らずで攻略されるとは思ってもいないでしょうけど、ね」
なるほど。田所さんの存在が異常すぎたのだ。
普通に生活する人間に気配など読めはしない。私は一時期酷い目に遭った影響で、他者の視線や動作に生じる音などに敏感になったことはあるが。
「その顔は他人事だと思っているでしょうけど、あんたみたいな破壊者は普通は存在しないの! 現代の武術や武道に精通した人でも普段はルールに縛られるものよ。でも、あんたはそんな感じはしないわ」
元が対父親戦を想定したもの。
の、父親に一切の悪意が無かったことで師範の教育方針に変更が加えられたなどと、臼杵さんが知るはずもない。父親は完全に躾のつもりであったことなど。
だからこそ、私は怯えという感情を徹底的に排除された。子供が真顔で親の恫喝に対応するがために。親の恫喝に全く堪えるでもなく、じっと目線を外さない子供など、親の視点であれば奇異に映るだろうと。そんな奇妙な子供に誰が暴力を加えられようか。実際に家庭内暴力が止んだのだから師範夫妻には感謝してもし足りないが。
「私は半端者だからな。半端者なりに出来ることを模索したまでのことだ」
私はどこまでも半端者だ。武芸を学んだでもなく、武術や武道に秀でるでもない。習いはしたが真理に至ったわけではない。逆に、自ら枷を嵌めたほどの愚者だ。
「か、悲しそうな顔をしたって何も変わらないわ。あんたが暴力の権化であることには変わらないもの。……スキル判定に移るわよ!」
学舎に似ているとはいえ、受講生は自由に動けるものではない。
移動教室なんてものはなく、全ての受講は教室内で行われていた。理由としては、他の期の生徒が面白半分に混じることを危惧してのことだろう。
▽
「この、真実の口っぽいものに、手を突っ込めと?」
真実の口よりも抽象的な目鼻すらない、ただの口。
摩訶不思議がまかり通る場所ともなれば、細かい文字の羅列でしかない保険の約款だって慎重に読みたくなってしまう。
「嚙まれたりしないから平気よ。あくまで目隠しだし……この先にLV3以上の鑑定持ちがいるだけって話よ」
「鑑定もち?」
「どこから持ってきたかもわからない知識の中から検索するスキルが鑑定LV3以上よ。このスキルには当たり外れがあってLV3未満は役に立たないの。LV2以下では自分の脳内を検索する機能でしかないのよ。
そんなこともあってLV3以上の鑑定持ちを確保するには全探連の強権を以ても難しいのよ。この壁で目隠しをしているのも個人を特定されないためのものね」
それだけ特異な能力ともなれば、欲しがる人間に数の限りは無いだろう。
想像するに悲惨な目に遭うこと以外の未来が見えてこない。親兄弟が人質に取られたり、配偶者や子供が危険な目に遭うことと引き換えになどと。まず碌な目に遭わないことは間違いなさそう。
「で、誰から行くの? あんたたちのために急遽呼び寄せられたにも拘らず、返事ひとつで来てくれたんだから感謝しなさいよね」
感謝はする。が、それだけリスクがある能力であれば、十分な報酬が得られるはずである。そうでなけらば成り立たない。
今回も臨時報酬と言う形で増額されている可能性すらある。態々来ていただいたことに感謝はすれど、それ以上はお互いに過剰であろう。
「儂が」
「そう、左右どちらでも良いから差し込んでね。あの人の場合は、手先を二度叩いたら完了よ。向こうから回り込んで結果を聞いて来てね」
「それでは顔が見えてしまうのではなかろうか?」
「不特定多数に晒されないための処置でしかないわ。個人のスキルを見る以上は、その本人には素性を晒すことは厭わないの」
この場所には所長を始めとした職員数名が待機している。所長も職員もこの壁の裏に誰が居るかはもちろん把握しているはずである。
「普段のスキル判定であれば、あんたたち以外にも受講生がわんさといるのよ。でも今回に限ってはそうではないでしょ。他の受講生は今もメイズ内で四苦八苦しているはずよ」
全探連も第三セクターだけあってか、杓子定規に運営されている模様。お役所仕事といってみればそれまでだが、慣例に基いた措置である以上は個々のイレギュラーに対応する方法を持たないのも致し方ないのかもしれない。
今回で言えば、私たちがそのイレギュラーに該当するわけだ。
名乗りを上げた田所さんが早々に、壁の裏へと向かう。
「次はわたしが」
「あんた、無理しなくてもいいのよ?」
「裏切り者の美玖ちゃん、うるさいです」
「裏切りも何も、時間がないって教えてあげただけでしょうが!」
佐藤さんは一度私へと視線を向けた後、臼杵さんに喰って掛かる。臼杵さんも臼杵さんで反論しているが梨の礫の様子。
この二人の間にある取引に関する何かである以上、私や田所さんが何か言える立場にはない。田所さんは裏に回って以降戻って来ておらず、この場の部外者は私以外では同席している所長と職員くらいなものだが、彼らも何も主張しようとしない。
ということは、所長を筆頭とする職員たちも、彼女らの関係を熟知しているということになる。講師と受講生の癒着を許す環境というのは如何なものだろう?
佐藤さんは臼杵さんの弁明やら釈明やらを躱すと、田所さん同様に壁の裏へと言ってしまった。
黄昏ている臼杵さんに声を掛けづらく、私は彼女が立ち直るまでたた待つのみ。無視して壁に手を突っ込むのもどうだろうと考えてしまう。
「……その態度、他人事だと思っているでしょ?」
十代と思しき佐藤さんとの姉妹と呼ぶには、臼杵さんはやや薹が立つ。とはいえ、私たち中年男性と同年代を自称する彼女ではあるが、実際にはもっと若いと思われる。チームの監督役として同行した臼杵さんを観察した結果、凡そ二十代後半から三十代前半といった感じだろうか。
探索者も社会人である以上、やはり男性主体であるのだろう。女性の講師として舐められることを懸念したのか、上方向にサバを読んだ形であるようだ。
肌年齢というものがある。炊事等で水仕事をする手や化粧が施される肌はどうしても実年齢とズレが生じるが、普段酷使されず露出されにくい肌であれば、ある程度だが年齢を予測できる。
これは私が前職で培った技術のひとつ。当時であれば一・二歳の誤差で年齢を判別できた。今だと少々ブレるだろうが、それでもそう大きく違いはしまい。
そんな臼杵さんが訳知り顔で私へと問う。
が、私にとっては他人事以外の何ものでもない。
「佐藤ちゃんは訳アリなのよ。探索者も未成年である以上は保護者の同意が必要なのだけど、あの子は家出同然でここにいる。当然、同意など得られていないわ。今後、チームで活動するのならば、あの子の保護者に同意を求める必要が出て来るわ」
「同意が得られないのならば、それまでだろう」
それならそれで修羅の道を再びこじ開けることが出来る。既に田所さんの同意があり、臼杵さんが付属する程度の話で済む。
「そうはいかないわ。あの子がチームを外れるとなると、同期の中から欠員を補充しなくてはならないの。現状メイズ探索に夢中の同期からでは無理だから、残留組の中からになるわね」
「それは困るなぁ」
残留組といえば、チーム構成から溢れた者たちだ。
顔見知りも数人いるが、彼ら彼女らは佐藤さんと比べると数段落ちる。運動神経という意味でも、気遣いという面でも。
「あの人らを招くくらいならば、佐藤さんのご両親を説得した方が早い」
「まあ、あんたならそう言うでしょうね」
修羅の道が閉ざされたままであるにしても、今更チームメイトを変えられない。いや、変えたくない。佐藤さんはあれで中々にいい仕事をするのだ。
「帰りに寄っていくから、そのつもりでいてよ」
「私や田所さんもか?」
「そうよ。その方が好都合なの。……じゃあ、さっさとやっちゃって。鑑定士さんも痺れを切らしちゃうわ」
「ああ」
臼杵さんの話が長引いて、私の番になってからも数分が経過していた。
壁に穿たれた隙間に手を入れると、しばらくして指先を優しく叩かれた。叩かれた際の感触は柔らかく、女性の手であることはわかった。
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