12.宴は終わり、



 本来は私たちが主役であったはずのパーティーは妙なことが起こるでもなく、騒々しいままに終わりを告げた。一本締めにて。


 賭け事関係で強引に主役の座を捥ぎ取った臼杵さんは揉みくちゃにされながらも余裕の態度を崩すことなく、脂ものばかり料理に舌鼓を打っていた様子。所々で怨嗟の声も聞こえたきたが、それはもう勝者である以上受け流すほかなかったのだろう。

 臼杵さんへ向けた怨嗟の声も当人が相手にしないとなれば、こちらへと向くのは当然の成り行きなのだが……。


 中でも多かったのは、初日に課題をクリアしてしまったことへの疑念だった。


「今期の成績優秀者二人と、普段であれば及第点を与えられる子の組み合わせよ。まず、おかしいのはあの二人であって佐藤ちゃんが劣って見えるのは仕方がないわ。一番おかしいお爺ちゃんが道なき道を進むの。木々の障害をものともせずに突き進むのよ。そうなればもうメイズはメイズではなく、ただの森に成り下がるわ。他のチームみたいにモンスターと罠を警戒しながら一歩一歩着実に進む? あの二人がそんな辛抱強い真似すると思うの? 出来るけどやらない、そんなタイプが二人もいるのに」


 下草を人為的に払ったような通路では罠を警戒する必要がある。団体行動をしていた折に学んだことだ。しかし私たちのチームの斥候である田所さんが、そんな定石など遵守するわけがない。

 モンスターへの警戒と罠への警戒という二重苦は、斥候の集中力を徐々に削ぎ落していく。そうならないためにも、どちらか一方へ偏らせるとなれば動くことのない罠への警戒を無視するに至り、木々の障害の中へ踏み込むことを選択した。


 理路整然と私たちが出口まで至った道のりの過酷さを伝える臼杵さんだったが、サキュバスとの戦闘に関しては多少の脚色はあった。田所さんが呆けてしまったことには一切触れなかった。

 臼杵さんが敢えて触れなかったことで田所さんが少々不機嫌にはなったが、その程度だ。それも臼杵さんが牛を担いで持って帰ってきた話に及べば、田所さんの機嫌も直る。

 あの臼杵さんの姿には私たちも呆然としたものだったが、職員の皆さんも似たようなものだった。中には受講生の成果を横領する行為と非難する人間もいたのだが……臼杵さん曰く、私たちが快諾したことになっていた。




「……さてと、今後のことを話すわね。あんたたち二人の目論見通りで癪だけど、あたしたちのチームは全員が近い内に家へ帰れるわ。

 元々の制度がそういうものなのよね。因子保持発覚者が全探連預かりとなってから養成所にて最短で六カ月、最長で十二カ月。本来の実地研修は十二カ月だけど、最短では六カ月まで短縮されるわ。要は全期間通しで十八カ月間を満たせば問題ないわけ」


「「「?」」」


「ああ、うん。担当講師が〝順当にいけば〟っていう文言を端折ったのね。この制度が出来て以来、順当に養成所を卒業した受講生がいなかったから仕方がないのよ。でも、あんたたちは初めて順当にカリキュラムを消化した実例となったわ。今後は省略されることはないでしょうね」


 私が収容所もとい探索者養成所に入所した折、様々な説明がなされた。何をどうすれば家に帰れるか等の。その際には養成所で半年の研修を終え、各地方自治体が管轄する探索者協会にて一年間の活動を以て、正式な探索者として認められる。と教えられていた。


「順当でない、場合は如何に?」


「メイズを順路通り進むのなら、大荷物を背負って一週間は必要ね。もちろん、道を間違えないことが大前提よ? モンスターとの遭遇戦もあれば、物資不足が生じることもある。引き返すことも念頭に置いた作戦が立案されるでしょうね。

 地図をじっくり見たら判ると思うけど、中域へ抜ける通路は南北の二カ所しかないわ。まずはそこへ辿り着くことを目的として、こことの往復を繰り返すことになるの。受講生の誰もがあんたたちと同等に戦えるわけではないし、血塗れになることも辞さず魔石を抜けるわけでもないわ。何度も往復することでチームの連携強化を図り、探索技術や戦闘技術を磨いていく期間を設けるのが普通ね」


 メイズとは言ってみれば巨大迷路である。あくまで順路通り進めばだが。

 それにしても心外だ。私たちも普通? 一応、普通の枠内に収まるはずである。

 まして、私は魔石採取担当を消去法で仕方なく引き受けていたに過ぎず、嬉々として行っていた臼杵さんにどうこう言われたくはない。


「ショートカットなんて普通は考えもしないの。モンスターだって、こっちの気配を察して待ち構えたりするものよ。ここのメイズにはそういった賢しいモンスターは少ないけどね」


 広範囲の気配が読める田所さんが存在して初めて機能するショートカットなのは承知していたが、そこまで埒外な行動であったとは思いも寄らなかった。

 田所さんと同等か劣る程度の気配察知能力のあるモンスターも存在するとは何とも恐ろしい。今更ながらに田所さんが待ち伏せを察知して回避していたと考えれば、どれだけ負担を強いていたのかが理解できてしまう。


「申し訳ありませんでした」

「適材適所じゃよ」


 改めて頭を下げるも田所さんは意に介してすらいない。そういうものと最初から割り切っているらしい。


「儂もお前さんほど破壊に精通してはおらぬし、何よりお前さんは器用じゃからな」

「ご謙遜を」


 私は何も破壊に精通しているわけではない。師範に叩き込まれた古武術は、今でこそ人を殺すことを前提としたものであると理解していても、詳しいことは師範に再会して問い質さなければ何もわからないままである。



「――で、帰れることが決まったあんたたちだけど、今日言って明日とはいかないの。幾つかの手続きもあるし、スキル判定だってあるもの」


「スキル判定!」

「「魔法!」」


 臼杵さんのスキル判定と言う言葉に私が反応を示せば、佐藤さんだけでなく田所さんまでもが魔法という言葉に魅了されている様子だった。

 スキルとか魔法とかゲームみたいな感じだ。私がゲームに触れたのは家族に内緒でアルバイトを始めた高校生以降のこと。大学生時代には家から正式に出たこともあり、ネットゲームにも多少触れる機会もあった。

 あの家では子供に娯楽など一切与えられなかったから、自力でどうにかするしかなかったのは姉も一緒だ。


「スキルはメイズやダンジョンに準拠したモノね。分かり易く言うと、モンスターが持っているスキルなり魔法なりが使えるようになるわ。だから人間社会で培われる武道や武術、武芸といったものはまず手に入らないと思いなさい。例外もあるにはあるのだけど、それらは二足歩行モンスターが所持するものと同等。あたしたち人間と較べると骨格や体形が異なる場合も多いから、運用に難が生じることも多々あるの。

 そしてスキルの発現に関する見解として、潜在意識下の願望が顕在化する。と謂う説が最も有力とされているわ」


「願望とな」


 願望、ね。

 師範夫妻に救われた姉弟の片割れとして。また、叩き込まれた技術を蔑ろにした身としても、会って謝罪したいというのが私の願いだ。だが――


「潜在意識下の願望なんて、本人に自覚があるとは限らないわよ? あくまでそういった説が有力だと謂うだけで、真偽のほどがはっきりするには百年は必要よ。あんたたち、難しい顔をしても意味はないわよ。結局は、なるようにしかならないもの」


 潜在意識を掌握できるのならば、私が悩む必要など最初からない。無意識の反応を抑えることも容易であっただろう。となれば、考えるだけ無駄だな。

 後は野となれ山となれ、だ。


 ちらと二人を見る。もちろん田所さんと佐藤さんであって、間違っても臼杵さんではない。

 田所さんは恐らくは複数の武術や兵法なりを修めた武芸者だろう。源流を辿れば、武家かもしれない。私はそういったものは学んでいないので武術家、それも現在は紛いもの。

 そんな田所さんは何やら思うところがある様子。長年抱いた願望に思いを馳せているのかもしれない。

 佐藤さんは……こっちを凝視していた。振り返ることも周囲を見回すことないが、彼女が見ているのは私なのだろう。彼女が私に執着する理由は未だ判明していない。ただ、向けられている感情が単なる恋愛感情でないことは最近やっとわかってきた。



「今日はもう職員が機能してないから明日ね。明日、スキル判定を受けた後に諸手続きを済ませて、明々後日には帰路に就けるよう動くわよ」


 事務方や施設を管理する技師たちは皆揃ってとは言わないが泥酔している者が多い。主たる原因は臼杵さんなので、無理も言えないのだろう。

 結構な量の酒を注がれていた臼杵さんだが、酔っ払っている感じがしない。それを言い出せば、早めに始めていた田所さんと私もまた例外ではあるか。佐藤さんは未成年でアルコールの摂取はない。

 チーム内に二日酔いに悩まされるような愚者がいないのは良いことなのか? 誰かの二日酔いを理由に休息を取る手がつかえないが……。

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