4.チームを組む
講習も五カ月目となると詰め込み具合が酷い。
比較的余裕のあった最初の三カ月にもっと割り振っておけ、と言いたくもなる。まあ、あの三カ月は私たちを訓練に馴染ませるための準備期間として設けられたものだろうが。
「来週からは全員での行動ではなく、少人数での行動に移行する。来週の課題はフォーマンセル以下での行動となる。四人組、三人組、二人組、可能なら個人でも構わん。各員、月曜までに好ましい相手と組んでおくように。では解散!」
今日までは受講する全員が一丸となってメイズを攻略していた。ところが本日の講習も終わりが見え、さて一風呂浴びようかというタイミングで講師が告げた言葉に受講者全員が驚いた。
だが、当然と言えば当然の成り行きではある。探索者はあくまでも個人事業主である。気の合う仲間同士で組むことは否定しないが、頭数が増えればどうしたって仲違いの機会も増える。
主義主張が異なっても妥協の末に、一応の纏まりを得ることは可能だろう。ただ、それは互いの能力が必要になるからであって、ひよっこ同然の私たちでは成立しない条件だ。
更に、全く同じ条件の教育途上にあって、能力の差異は明らかに存在する。
私の目から見ても、友として認めるのも吝かではない中年男性とはチームを組みたいとは考えない。言葉にするには良心の呵責もあるが、命を預けるにはかなり不足する。
正直、足手纏いだ。彼らと共に行くくらいならば、個人である方がまだマシかもしれない。
そういった思いが誰の心の中にでもあるのだろう。解散を言い渡されて以降、誰も行動に移そうとしない。
と感じたのも束の間――
「――小坂さん、私と組んでください」
「……佐藤さん。こんなおじさんに命を預けても平気なのかい?」
「はい、よろしくお願いします」
佐藤さんは黒髪ロングの眼鏡少女。ちょっとストーカーちっくな、あの少女だ。
こんな私を取って食おうとする物好きな肉食女子だと、周囲に考えられていることを本人は知りもしないだろうが。
私が中年男性の嫉妬の的にされる理由のひとつでもある。最近は嫉妬の視線を向けて来るのは何も中年男性に限った話ではなく、二十代の男性や少年らからも向けられているような気もする。
この佐藤さんなのだが、若手の中でも特別優秀なわけではない。可もなく不可もなく、強いて言えば中高年より若干マシな程度の運動神経の持ち主でしかない。
一個人として評価するなら難のない性格の少女であるが、ちょっとポンコ……天然なところもある。それと私個人に対する何とも例え難い執着を感じる部分がある。
「私としては田所さんにお願いしようと思っていたのですが……」
「おう、そら僥倖よ。儂も小坂君であれば心強い」
実力的に中年組よりマシな部類とはいえ、未成年の少女との二人組と言うのは色々と拙い。彼女はそれを良しとするかもしれないが私が対応に困る。これ以上、無遠慮な嫉妬の視線に晒されるのは御免被りたいという思いが強い。
そこで白羽の矢を立てたのは田所の爺様。この爺様は受講者の中でも最も優秀なのではないかと私は思っている。剣術道場の元師範は伊達ではない。
佐藤さんが田所さんの加入に反対することもなく、来週からこの三人で行動することになった。そして役割分担も早々に決まった。
移動時は三人が横並びの横陣。戦闘時は田所さんと私が前衛、佐藤さんは中衛という陣形を組む。
斥候の役割を担うのは気配を読めるという田所さんは、場合によっては遊撃も担当する。私は主力となる前衛アタッカーを。佐藤さんは基本は中衛として前衛のサポートを担う役目だが、田所さんが遊撃に出る場合は前衛も務めてもらう。
携帯する武器は田所さんは言うまでもなく日本刀。打刀と脇差しの二本差しが基本。大太刀も欲しいと言っていたが在庫に現物がなく断念するしかなかった。
私の得物はスレッジハンマー。現場仕事でも使い慣れた杭打ちハンマーに似て非なるモノ。
佐藤さんは薙刀と槍の講習双方を受講していたらしいが、最終的に短槍を選択した模様。
防具は田所さんは当たらなければどうということもないと、蟲系モンスター素材を用い紡績された糸で布を織り、縫製したという作務衣を選択。
私は全探連から支給されているトレーニングウエアに部分鎧を装着する。ヘッドギア・胸当て・肘&膝当て・脛当てといったプロテクター各種と革手袋を選択。
佐藤さんはというと、モンスター皮革製のヘルメットに軽量な簡易鎧と乗馬ズボンを選ぶつもりのようだ。
田所さんと私は体の動きを阻害しないことを念頭に置いているのに対し、佐藤さんは防具の構造上の問題で多少動きが制限される惧れはある。それでも怪我をするよりはだいぶマシだと田所さんも納得の表情だ。
「私は重量物を、田所さんは刃物を振り回す。あまり近くに寄らない方がいい」
「儂が左、小坂君は右。変則的な陣形になるが佐藤君は儂の後方、やや左寄りに位置するが良い。小坂君のハンマーは当たると洒落にならんでな」
私の振り回すハンマーは、長柄でハンマーヘッドは重量級の質量兵器。
現場仕事でも慣れていないとハンマーヘッドが杭に当たらず、柄をへし折ってヘッドを飛ばす事故を起こす奴もいる。どちらかというと真っ直ぐ振り下ろすことが出来ずに、脛や足の甲を殴り自傷する奴の方が圧倒的に多い。
ただ、慣れ親しんだ杭打ちハンマーに比べると支部に置いてあったものは柄まで金属で出来ており、その上ハンマーヘッドがやたらと大きく酷く重い。大工さんが用いる掛矢ほど大きくはないにしても、あれは木製でこっちは鋼製だ。
自分の中ではこれはもう杭打ちハンマーではないと判断を下した。敢えてスレッジハンマーと横文字呼称することで区別しているくらい全くの別物だった。
それに扱いも違う。
杭打ちハンマーは柄元に近い部分と柄頭に近い部分をそれぞれの手で握って扱う道具なのだが、このスレッジハンマーは柄頭に近い部分を両手で握り振り回す。いや、振り回すというよりは、振り回されるという感じだがそんなことは些事だ。
振り回す・振り回されるを問わず、ハンマーヘッドが届く範囲に人が居てもらっては困る。思いっきり振りかぶった挙句、背後で味方に直撃していては目も当てられない事態と惨状に陥るだろう。
今日までのメイズ攻略でも、当たるに任せるだけで一撃必殺の威力を誇っている。胴体と頭部当たれば一撃必殺ではあるものの、空振りさえしなければという注釈がどこまでも付き纏う。
田所さんの振う刀は、訓練で巻き藁を瞬断している所を何度か見たことがある程度。メイズ攻略時にモンスターを斬っているところは見ていない。
自分のことで精一杯なのもあり、近い位置にいる仲間以外には目を向けていられる余裕などなかった。その点、なぜか最近はいつも私の近くにいる佐藤さんの様子を見る機会はあった。
前衛の背後から、前衛の動きを邪魔しない範囲で長柄の武器を差し込んでいた。私のハンマーのような強力な一撃はないが、モンスターに出血を強要することで体力や集中力を削るには適切な方法であったと思われる。
講師たちもそういった戦い方を推奨している以上、一撃必殺を旨とする私や田所さんの方がイレギュラーなのかもしれない。
また、メイズ攻略に際して講師が増員されている。
今までの基礎訓練では女帝臼杵さんのみであった講師も、メイズの中で全員を一人で監督するには限度がある。総員十名にも及ぶ講師が動員されており、中には座学の講師を務めていた常澄さんの姿までもがあった。
メイズ外縁をぐるりと回るだけの集団戦ではやや過保護なきらいもあったが、それだけ新人育成に期待と金がつぎ込まれている証左ではあるのだろう。
来週からの課題では講師はどのような扱いになるのか、少し気になるところではある。他のチーム構成など、所詮他人事なので気にしない。
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