5.メイズ中域



 試験が終わった。

 スッカスカな試験内容で、不合格者を出さないための問題のように思えた。

 試験勉強など資格試験を目指して以来であり、気合を入れて臨んだというのに、とんだ肩透かしにあった気分だ。


「こんなもんじゃろう」

「丸暗記でいけました」


 と、私のチームメンバーの二人は言う。

 まあ、そうなのだろう。試験に落第する愚か者がいれば、チームを組ませようとした講師の言葉が意味を失う。

 座学の単位も必須である以上、いずれ再試験が行われるはずであるが、実践訓練で満身創痍となっては勉強に身も入らなくなるだろう。だから一般常識レベルの試験のみが実施され、法令に関する試験が無いのだ。よく考えられている。悪い意味で。



「全員注目!」


「おはよう。諸君には今日からメイズをチームで攻略してもらう。そのための準備期間を設けたつもりだが、チームを組めていない人はいるかな? 組めていない人は手を挙げてほしい」


 若い講師が大声で注意を呼びかけ、臼杵さんが講師を代表して挨拶した。

 土曜は試験のみで午後に訓練はなかった。休日としての日曜を挟んで今日月曜の朝までの間が準備期間であったのだ。まあ、普通に考えればわかることだが。

 管理職を何度か経験している私は、普通ではとても信じられないような考え方をする人間が実在することを知っている。だから何の驚きもない。

 しかし、そういった経験のない者たちからすれば、驚きは一入であるようで周囲は騒然となっている。


「一、二、三、四、五、六人ね」


 集合場所に集った受講生の多くは、チーム単位で集合が掛かるのを待っていた。

 だというのに、チームを組めていない者たちは制限時間が差し迫る中でも動じず、チームに加入するために行動を起こすでもない。ただ、そこに突っ立っているだけ。

 しかも、支給されたトレーニングウエアを着用しているものの、その他の準備が全くなされていない。先週までならば自主的に準備していた物まで、準備できていない。


「全くやる気がないね? チームに溢れてもひとりで参加しようという気概もない。ならば、どこかのチームに加えてもらおうと最後まで足掻くでもない。既に断られた? そんなことはこっちも承知だよ。

 確かにこんな気持ちの連中は仲間にしたくないよね。必死さが全然足りない。自分の命を預けるには全く足りない奴の加入など認められるものか!」


「どうどう、臼杵君。チームを組めていない諸君は残留だ。支部から出ようにも周囲はメイズに囲まれている。脱走を図るにしてもチームを組む必要性が求められているのだがね」


 声を荒げる臼杵さんを制止し、脂の乗り切った四十代後半から五十代前半と思しき男性講師が口を開く。そして告げられた真実。


「このメイズは特殊な形状をしている。多くの受講生諸君が想像する通り、穴のあいたドーナツ型をしている。諸君が昨日まで攻略していたのは実は内縁部だ。内縁部は外縁部と遜色ないモンスター密度でしかないから比較的安全ではあるね。

 ドーナツであればチョコやクリームが挟まっているかもしれないのが中域となる。中域には男性の天敵となるサキュバスの存在が確認されている。このサキュバスが非常に問題のある存在でね。

 ここのメイズは内包する資源の種類も豊富で希少なものもそれなりに採取できるにも拘らず、近隣の自治体が運営する探索者協会は、このメイズの管理権を放棄している。だから仕方なく、全探連が管理しているに過ぎない。

 その理由がなぜか理解できるかな? 物語に登場するサキュバスというモンスターに纏わる事柄に、興味を惹かれるであろう非因子保持者の行動を恐れての措置だ。

 だからね。ここは最初から探索者養成のために用意された土地などではない。このメイズを世間から隔離するために出来た施設を、探索者の養成に流用しているに過ぎない。

 もう一度言うよ? 周囲にあるメイズは新人育成に適した初心者向けのメイズなんて都合のいいものではない。男性陣には上級者向けと言っても過言ではない程に危険なメイズだ」


「外縁部の更に外側には円形の壁が築かれている。出口があるのは東西南北の四方向のみ。出口には当然だが全探連の職員が駐留している。まかり間違って中域を突破できたとしても出口で捕まるよ。まあ望みは儚いほどに薄くティッシュ一枚分もない。だから正規の手続きを踏み、仮免許を得て堂々と家に帰ろうじゃないか」


 その方が圧倒的にお得だ。

 強制収容された私たちではあるが何も無償で、ということはない。

 月額五十万円の手当が現在も支給されている。その上で、既婚者であれば更に手当て加算され、ホームセキュリティと弁護士まで手配される。

 探索者を求め留守を強要せざるを得ない国と全探連は、配偶者の不貞行為にまで目を配っている。講習受講者が帰宅した後に、離婚問題に発展すれば恨まれるのは当然国と全探連だろう。

 しかしあまりに手際が良過ぎないか。ここまで受講生側に都合の良い配慮が為されるまでには、相応の苦労があったのではなかろうか。それこそ離婚訴訟のみならず、国や全探連を相手取った民事訴訟など……。

 過去に実際あった出来事としても何ら不思議には思わないが、現在進行形で不貞を貪っている配偶者にとっては不幸以外の何ものでもないだろう。

 ちょっと自虐に近い心の痛みががが。そんな連中のことなど、端から私の知ったところではないな。


「何も諸君らのような人物が初めて出現したということもない。今回の残留者は残留グループに組み込む関係上、今期の受講生グループからは除外となる。他の残留者と合流してもらうことになるが、もう少し前向きに考えて行動してほしい」


 残留者の内四名はいずれも二十代の若者たちだが、残りの二名は見知った中年男女の姿だった。私が早々に見限り、同年代たちも見限った者たちだ。

 今後も同じグループに置かれても互いに気まずいのは言うまでもないし、逆恨みされても文句は言えない。なので、こう言った配慮には感謝したい。


 しかし、そんな話よりも何よりも重要な問題がある。

 いや、先程提議されたばかりだ。


「私は……正直、どうなるかわかりません」

「心配です!」

「何ぞ?」


 佐藤さんが私に向ける感情が読み切れない。嫉妬にしては妙に柔らかいような生温かいような……何とも表現のしように悩む態度である。

 サキュバスと聞いてもピンと来ていない田所さんは放置でいい。まさか、その歳で現役ってことはないだろうし。いや、まさか……な?




 

「今期最年長エースと中年の星のチームか。佐藤ちゃんはよくもこんなトップチームに潜り込めたね。ああ、これは一応褒め言葉だから勘違いしないようにね。ちなみにあたしはこのチームの監督役に任命された臼杵さ。余程の危機でもない限りは手出し無用の傍観者だから期待しないようにね」


 今期の受講生は二十人足らずにも拘らず、既にマイナス六名となっている。

 我がチームこそ三人構成であり、他チームは四人構成が多くを占めるも、例外が居ないとは言わない。


「田所さんに関しちゃぐうの音も出ないが、何が中年の星だ! ふざけんじゃねえ、この細マッチョめ!」


「そうです。もっと言ってやりましょうぜ、アニキ」


「二人とも、見苦しいから止めなさいな」


「「でもママ」」


「個人の努力や才能を羨むよりも自身の向上に重きを置くのよ」


「「……はい」」


 私よりも若干若い中年男性と二十代後半男性に、四十後半から五十代前半下手をすると六十代のおば……お姉さんで構成された三人組。

 呼び方を間違えた瞬間に睨まれた。あのお姉さんは田所さん並みの強者なのかもしれない。お姉さんが事実を呈すれば、うるさかった二人の威勢も急速に萎む。


「で、このチームのリーダーは誰だい?」


「それは年功序列で田所さんですかね」

「いいや、最後に加入した儂ではあるまい。小坂君じゃな」

「はい、小坂さんです」


 その論理で言うと私は最初からリーダーなのだから、次のリーダーを指名できてもいいはずだが。そんな屁理屈を捏ねても田所さんにはのらりくらりと躱されるだけで時間の無駄にしかならないか。

 佐藤さんに関しては、リーダーを引き受けたくない田所さんの金魚の糞とでも思っておこう。


 あの三人組に限らず、意外にもそれぞれのチーム内の年代はバラバラだ。それを言い出せば、我がチームもまたバラバラではあるが。

 あれだ。中高年男性があまりにもあんまりなのを、さては自分たちも認識していたな? そこで若い力に頼ったり、リーダーを張れるだけの気概のある中高年女性に頼ったのだろう。


 私は率直に口を開くでもなく、それぞれのチームから視線を逸らして考える。でないと、おば……お姉さん方に一睨みされてしまう。

 私はそれなりに学習能力のある人間であるが、女性関係は特に苦手な分野だ。

 一時期、酷い目に遭った経験があるのでね。



「小坂さんは大変だね」


 そう感想を述べた臼杵さんは、たぶん私の諸事情を知っている。

 講師という職責にある以上、受講生の個人情報もある程度握っているのだろう。そこは守秘義務があるものだと思っておきたい。実態はどうか知らないが、その方が精神衛生上の問題も少なくなる。


「大丈夫ですか?」

「ああ、気にしなくていいよ。毎度のことだからね」


 佐藤さんが心配してくれるが、真実を述べるまでもない。こんな少女に男女間の重い話をするべきではない。

 そのくらいの分別は私にだってできる。

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