6.目指すは



「今週の目標はメイズ内縁から中域へと侵入すること。今まで外縁と偽っていた内縁から更に内部へと至ることが目標になるわ。目標達成の可否はあたしが職務規定に従い、厳正に審査するよ」


 今週の目標を臼杵講師が告げた。

 私としては少々疑問に思い質問する。


「今週の目標と言っても、もう五カ月目でしょう? 今週を含めて残すところ四週間の、最終目標は何なのですか?」


「小坂さんは基礎訓練の時もそうだったけど、向上心が高いよねえ。最終目標は東西南北のどこでもいいけど、どこかの出口に到達することよ」


 臼杵さんに最終目標を問うたのには大した理由などない。ちょいと興味があったというだけ。だけど、それを聞いていたのは何も私だけではない。

 遊撃に出ている田所さんなど、モンスターの後方に回り込んでいながらも臼杵さんの声を拾っていたようでニヤリと笑う姿が見えた。いいや、あれは嗤ったのだ。


「それにはサキュバスを討伐することも含まれるのですか?」

「佐藤ちゃんは前を向きな。あんたに田所さんや小坂さんと同等の余裕なんて無いだろ?」


 田所さんの嗤う姿を見ていない佐藤さんが、私に続くように質問するも臼杵さんは一顧だにせず、注意を促すのみ。ぐうの音も出ない佐藤さんは大人しく前を向く。

 佐藤さんは現在、田所さんに代わり前衛を務めてもらっている。余所見が原因で怪我などされても困るので、臼杵さんの忠言には感謝したい。

 たぶん、田所さんがあの嗤いを見せたのは私に対してのみ、臼杵さんにも見せてはいまい。田所さんの底はとても私の尺度では計れそうにないな。

 あの爺様、どんだけだよ。


 ただまあ、あの嗤いの意味は理解できる。

 今回で達成しても構わないのだろう? という挑発的なものだ。

 実際に田所さんはモンスターを出来る限り避けて移動し続けている。今回は運悪くなのか、避けようがなかったのか、モンスターとの遭遇戦の真っ最中だがそれもあと少しでケリがつく。




「小坂君、わかっておるな?」

「はぁ、まあ一応は」


「ちょいと待ちなよ。何するつもりだい?」


「どうかしたんですか?」


 臼杵さんが何かに気付き、佐藤さんは何も思い至れない。

 臼杵さんはどうか知らないが、田所さんと私と佐藤さんの違いは明白だ。

 田所さんは剣術道場の元師範。私も子供の頃から当時は空手だと思っていたナニカを嗜んでいる。それこそ中学高校では空手らしきもの一辺倒。大学では面倒なので部活には所属していなかったが、都大会に出場して入賞するくらいの成績は残している。

 しかし佐藤さんにはそういった武術経験者特有の痕跡は一切見られない。武術でなくとも日本舞踊でも習っていれば、もっとしっかりとした体幹をしているのだろうが、そういった傾向もない。至って普通の子供だ。

 百戦錬磨の探索者であろう臼杵さんは、ある種の野性を宿している存在ではあるのだろう。その勘の鋭さから鑑みて、の話になるが。


「私はこのチームのリーダーとして、田所さんの意見を尊重します」

「よう言うた!」


 誰も待ってはいない家ではあっても、植えてある庭木の世話くらいはしたい。強制連行される前に種を蒔いた一年草の花はもう諦めるとしても。

 また、田所さんの奥様は息災でいらっしゃると聞く。道場を継がれた息子さんのことも心配であるのだろう。

 要は、私にしても田所さんにしても早く家に帰りたいのだ。こんな茶番のような訓練に長々と付き合ってなどいられるか。


 もうひとつ正直な気持ちを述べれば、飽きたとも言う。

 どんな訓練が施されるのか、少し期待していたのは私だけでなく田所さんも一緒だったらしい。その期待は大幅に裏切られる結果となった。

 〝だからもう潮時だろう〟というのが田所さんの主張。そんな田所さんの主張に私が同調した結果が今の状況にある。それも風呂場会議、裸の付き合いの賜物よな。


「あんたたちは現役の探索者に引けを取らないくらい強いけど、佐藤ちゃんはどうするのさ!」


「佐藤君は小坂君が守ろうよ」

「そこは首謀者の田所さんがどうにかするのがお約束でしょう」


「ちょっと、今更仲違いしてるんじゃないわよ!」


「儂も努力はしよう」

「なら任されましょう」


「えっ、どういうことですか?」

「佐藤ちゃん、もう手遅れだよ。この人たち、今日中に出口まで突貫する気だよ」


 突貫とは大幅に異なる。そんな危険な玉砕戦術など選びはしない。

 田所さんが索敵の手応えから安全なルート模索して、どうしようもない場合のみ交戦するという堅実な方法を取る予定でいる。田所さんも私も、巻き込んだ形の佐藤さんを危険に晒すつもりは最初から存在していない。

 ちょっと冗談が過ぎて互いに押し付け合っただけだ。その押し付け合いも端から既定路線ではだったりする。監督者の毒気を抜くことを主眼に置いての。


 ただ、私からも一言だけ申しておきたい。

 今日が決行日だとは全く聞かされていない! もう少し猶予があるものかと思っていた。この爺様、とにかく突っ走り過ぎだ。まるで、私を鍛えた師範を彷彿とさせるくらいには破天荒なところがある。


「お前さんも気配くらい読めよう?」

「いやぁ、遠くは無理ですよ。至近距離なら体が勝手に動きます」


「あんたら、スキル判定もまだなのに……」

「何ぞ、その判定とは?」


「因子保持者はスキルというものを身に宿すのよ。モノによっては魔法だって使えるようになるわ」


「ほう、術か。利便性はどのようなものか?」

「魔法とはまたファンタジーな。温い訓練に堪えてきた甲斐もありましたね」

「本当ですか?」


 魔法が使えるという言葉には心が躍る。若干一名、戦闘狂がおかしな解釈を始めたが、相手にしなければいいだけのこと。

 探索者というものに興味がなかった影響で、そちら関係の技術の知識が全くない。大体、普通に暮らしていた私は寡聞にして聞き覚えがな……い?


「魔法が使えるなんて夢物語。隠れた因子持ちも興味を示すでしょうに、ひょっとして国や全探連が秘匿していたりしますか?」


「そりゃそうよ。メイズやダンジョンに入れば、誰でも魔法を取得できると勘違いされては困るの。非因子保持者がメイズやダンジョンに侵入するとどうなるか何て子供でも知ってる常識。でもね、欲望は目を曇らせるのよ。その結果死者が量産された挙句に、場所に因ってはアンデッドの大規模な群れが発生するわね。そんなの悪夢以外の何ものでもないでしょ。だからあれよ、サキュバス対策と一緒ってこと。

 それでも一部にはもう露呈してるわよ? 攻略を配信してる現役探索者が垂れ流しているもの。加工された映像だと思っている人が多いのは事実だろうけどね」


「へぇ」


 私は幸いにも、アンデッドモンスターというものに遭遇したことはない。

 メイズに入ったのも生まれてこの方、ここに来て初めてのことだ。普通かどうか微妙な半生ではあるが日常生活ではまず出遭うこともなければ、メイズ攻略が始まって以降も出遭ったことはない。


「あんたねぇ、アンデッドは鼻が曲がるほど臭いし、蛆とか細菌塗れで汚いし、やたらしぶといわで、良いところなんて何もないモンスターの代表格よ。何でか、このメイズには出没しないけどね。それが、こんな僻地で講師なんてやってる理由でもあるんだけどさ」


 人間は生きているだけで何かと問題が発生する。私がそうであったように。

 臼杵さんも探索者としての活動中に、アンデッドモンスター関連で何かあったのだろう。勝手な想像でしかないが、私の諸事情を黙っていてくれていると思われる講師陣だ。

 特に深く追求する必要のある場面でもない。ここで引き下がるのが礼儀だろう。


「二時方向、距離六十から八十。迂回しようぞ」

「了解。佐藤さん、左へ回り込むよ」

「わかりました。茂みに入るんですね!」


「ほんと、あんたら異常だわ」


「異常なのは田所さんですよ。私など一般人です」

「静かにせんか」

「すみません」


 視線も通らない森の奥の気配を読むなど、尋常ではない爺様だ。こんな人物と一緒にされては、一般人に申し訳が立たない。



「――あ?」

「無意識にそのような動きをするお前さんが、一般人であるわけが無かろうが」


 右側の木々の隙間から襲い掛かってきた何かを、右肘で叩き落としてから気が付いた。

 黒い、ネズミ? ネザーランドドワーフみたな短耳の兎かも?


「コイツ相手だと、普通は的が小さくて苦労するんだけどねぇ。急所を一撃でしっかり仕留めるなんてのは異常そのものよ」

「凄いです!」


 田所さんは、私が異常呼ばわりしたことを根に持っていらっしゃる様子。臼杵さんは呆れており、佐藤さんは瞳をキラキラさせている。

 これは鍛錬という名の地獄を生き抜いた影響なのです。褒めるのであれば幼少頃から私の肉体と精神を徹底的に鍛え苛め抜いた、空手道場に偽装していたナニカの師範を褒めてあげてください。


「囮としよう」

「どちらに?」

「二時へ、投擲」

「了解」


 田所さんは脇差を抜き、私が右手に持つ黒い齧歯類モンスターを刺し貫いた。このまま放置していると血の臭いが別のモンスターを呼び寄せてしまう。

 メイズやダンジョンに棲むモンスターは、その領域内部で完結する独自の生態系を形成している。弱肉強食の捕食関係。食物連鎖も領域内で完結するとの論文が発表されて久しい。と、先日の試験にも出題されたので覚えている。

 脇差の血振りをしつつも右前方斜め上を指差す田所さんの指示に従い、モンスターを投げた。このモンスター自体が小さく軽いのでそれ程遠くには飛ばないだろうが。


 このメイズは山中の森のような構成で、ダンジョンとは異なり頑強な岩盤の天井はない。人為的に刈り払われたような通路と、それを通路たらしめている連なる木々の障害が主な構成要素。途中途中でやけに拓けた空間があるのが、このメイズの特徴なのかもしれない。

 しかも通路を隔てている木々や繁茂した下草の障害の領域にも、入ろうと思えば入れてしまう。蔓延った木の根に躓いたり、体中に木の枝が引っ掛かったりと、非常に歩きにくいのだが……田所さんの道案内では既にそんな場所さえも踏破させられている。

 何度もショートカットを繰り返しており、私にはもうどうやったら支部へ帰れるのかも判らない。


「投げた以上は落ちる。物音を立てる。しかも血を流している。血の臭いが周囲のモンスターを誘う。その間に逃げるよ」

「はい」


 田所さんはもう駆け出している中、何をしたか理解していない佐藤さんに説明する。佐藤さんも田所さんが一目散に走り出したことで、概ねの理解を得てくれた。

 臼杵さんは私が何も言わずとも田所さんと私の目的を理解していた。そこは現役の探索者ならではだろう。


「あの大きさでは魔石を抜いても小指の爪程もない。いい使い方だわ」


 魔石を抜き取るか破壊すると、モンスターはぐずぐずに溶けて崩壊する。そのくせ、魔石を抜く途中の工程では血が流れる。この特性は本当にいやらしい。

 魔石以外の部位を欲するのならば、魔石を抜く前に処置する必要がある。皮下脂肪に刃やヘラを入れる皮剥ぎは別としても、爪や牙を抜く場合には当然出血することになる。出血すれば、その血臭はモンスターを呼び寄せてしまう。

 今回のように囮に利用したり、敢えて呼び寄せることに利用したりするテクニックも教えられてはいる。


 しかし私には、このモンスターの存在そのものがメイズが用意した罠であるように思えてならない。

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